第5話 【耐久クエスト】絶対権力者(母)が「肉体改造(ダイエット)」を宣言したが、三崎の食糧庫(誘惑)が強すぎて勝てる気がしない件
「今日から夕飯は豆腐よ!」 我が家の絶対権力者(母)が、高らかにダイエットを宣言した。 しかし、ここは美食の街・三崎。 商店街の誘惑(コロッケ、焼き鳥、和菓子)という名のトラップが、母の決意を揺さぶる!
1.食卓の危機
その悲劇は、一枚のスカートから始まった。
衣替えの季節。「親父の嫁」こと母・花代が、独身時代のお気に入りだというデニムのスカートを履こうとした瞬間。
ビチッ!!
不吉な音がリビングに響き渡った。 ファスナーが、途中でその歩みを止めている。物理的な限界だ。
「嘘……でしょ……?」
彼女は青ざめ、そして体重計に乗り、絶叫した。その数値は国家機密のためここには記さないが、彼女の顔色が全てを物語っていた。
「決めた! 今日からダイエットする! 目標マイナス5キロ!」
彼女は仁王立ちで高らかに宣言した。
それは構わない。個人の自由だ。だが、彼女は続けて恐ろしいことを口にした。
「だから、今日から我が家の夕飯は『ヘルシー豆腐尽くし』になります! 揚げ物禁止! 白米禁止!」
「なっ……!?」
俺は横にいる「溶接ゴリラ」こと、父・晃を見上げた。
普段、鉄板のように表情を変えないあの男が、目を見開き、微かに口元を引きつらせて絶望の表情を浮かべている。これは珍しい。野生の勘が、生命の危機を察知したのだ。
巻き添えだ。完全なる連帯責任。成長期の5歳児と、肉体労働者の父に対し、豆腐のみで生き延びろというのか。これは兵糧攻めだ。
2.商店街という名の魔境
翌日。
俺は母上の買い物に同行し、監視任務に就いていた。彼女の決意が本物かどうか、見極める必要がある。 三崎の商店街は、今日も誘惑に満ちていた。
「おー!花代ちゃん! 揚げたてのメンチカツだよー! 今日は何枚包もうか?!」
精肉店の前を通ると、伊勢のいい声がかかる。ラードの甘い香りが鼻孔をくすぐる。
親父の嫁は足をピタリと止めた。視線がメンチカツに釘付けになっている。喉がゴクリと鳴ったのを、俺は見逃さなかった。
「……ダメよ。私は豆腐を買うの。豆腐ハンバーグを作るの」
彼女は呪文のように唱え、なんとかその場を離脱した。だが、次なる刺客が現れる。
「あ! 花代さん! 新作の『あんこ入りみさきドーナツ』、試食していってください」
ドーナツ屋のお姉さんが、悪魔の囁きをしてきた。ふわふわの生地。こぼれ落ちそうなあんこ。彼女の瞳孔が開く。
「あ、あんこ……糖質……でも、試食なら……ノーカウント?」
論理が崩壊しかけている。 俺は彼女の服の裾を引っ張った。
「母上、正気を保て。あのスカートを履きたいのではなかったのか?」
「ッ!? そ、そうだった! リタくん、ありがとう! 危なかったわ!」
なんとか誘惑を振り切った俺たちだったが、最後に最大のボスが待ち受けていた。
和菓子屋の店頭に並ぶ、季節限定『いちご大福』だ。
その白と赤のコントラストは、芸術品のように美しく、そして凶悪だった。
「……あ」
母上はその場に崩れ落ちた。
もう、動けない。彼女の目から光が消え、ただ「食べたい」という本能だけが残っている。
3.あるがままの強さ
「……うまそうだ」
背後から声がした。 いつの間にか、仕事帰りの親父殿が合流していた。
「晃くん……ダメよ、私、痩せなきゃ……スカートが入らないの……」
母上が泣きそうな声で訴える。親父殿は、無言で財布を取り出し、いちご大福を3つ(家族分)購入した。そして、母上に手渡しながらボソリと言った。
「……新しいのを買えばいい」
「え?」
「服に体を合わせるんじゃねぇ。体に合う服を着りゃいいんだ。……そのままでいい」
ゴリラ――!! なんて男前な発言だ。
それは「太っても構わない」という諦めではない。「今の貴殿を肯定する」という、究極の愛の言葉だ。
あるいは、単に「俺も腹が減ったから飯を食わせろ」という遠回しな要求かもしれないが、今は前者に解釈しておこう。
「晃……!」
母上の顔がパァッと輝いた。そして、彼女は迷わずいちご大福にかぶりついた。
「んん~っ! 美味しいぃぃ! やっぱり甘いものは正義ね!」
復活。 絶対権力者、完全復活である。 彼女は口の周りに白い粉をつけたまま、ニカっと笑った。
「よーし! 今夜は唐揚げよ! ダイエットは明日から!」
「……了解した。それが賢明な判断だ」
俺も安堵のため息をついた。 やはり、我が家には笑顔とカロリーがよく似合う。
三崎下町商店街。お節介で温かい人々、美味いものだらけの商店街、そして最強の(色々な意味で)両親がここにある。
俺はいちご大福を頬張りながら、親父殿の背中を見上げた。いつか俺も、こんな風にさりげなく誰かを守れる男になれるだろうか。
とりあえず今は、今夜の唐揚げを楽しみにすることにしよう。
(第5話 完)
【作者より】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回第6話予告「「何でも屋」の母のもとには、厄介な依頼が舞い込む。 今回のターゲットは、三崎の港で我が物顔をする「迷惑系動画配信者」アナログ最強の母がとった撃退法とは?」
親のしみに!
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