第4話 悲報】論理の怪物(ライバル)と高度な経済戦争(おままごと)をしていたら、伝説の溶接師(親父)が乱入してきた件
公園の砂場は、社交場であり戦場だ。 ライバル女子・田中泉美との高度な論戦がヒートアップする中、作業着姿の父が乱入!? 職人のこだわりが、泥団子作りに革命を起こす!
1.砂上の経済論争
日曜の午後。三崎公園の砂場にて。 俺は、宿敵にして好敵手である田中泉美(5歳)と対峙していた。 彼女はピンク色のシャベルを片手に、冷徹な眼差しで俺を見下ろしている。
「本田氏。あなたの提案する『泥団子カフェ』の事業計画だけど、原価率の見積もりが甘いわ」
始まった。ロジカル・モンスターによる経営指導(ダメ出し)だ。
「甘いとは心外だな、田中氏。泥は無料。水も公園の水道水。つまり原価はゼロだ。利益率は100%のボロ儲けビジネスモデルのはずだが?」
「人件費を忘れているわ。私たちが泥を丸めるのに費やす労働力は? それに、泥団子の強度が低ければ顧客満足度は下がる。リピーターがつかなければ破綻よ」
ぐぬぬ。正論だ。 彼女は、俺が作成した泥団子を指先でつついた。
ポロッ。
表面が崩れ、無惨な姿になる。
「脆い。これでは商品価値がないわ。球体としての精度も低いし、表面の研磨も不十分。これじゃあ、三崎のマダムたちは唸らせられないわね」
悔しいが反論できない。 俺の泥団子は、どうしても歪な楕円形になってしまうのだ。技術不足。それが俺の限界か。
2.溶接ゴリラ、降臨
「……貸してみろ」
その時、頭上から重低音が響いた。
見上げると、そこには休日だというのに作業着のような恰好をした男――「溶接ゴリラ」こと、父・晃が立っていた。
手には『ミサキ・マート』のレジ袋。中身は補給用のビールと、奴の好物であるいぶりがっこだろう。
「お、おじさま……?」
泉美が少し怯えたように後ずさる。無理もない。
洗濯しても落ちない、鉄粉と油にまみれた作業着姿で、無精髭を生やした巨漢は、女児にとっては恐怖の対象だろう。
だが、溶接ゴリラは泉美の言葉など意に介さず、無言で砂場にしゃがみ込んだ。そして、俺が作りかけだった無惨な泥団子を、その巨大な手で掴んだ。
「球ってのはな、中心を決めるんだ」
ボソリと呟くと、親父殿の手が動き出した。早い。そして繊細だ。
ゴツゴツとした指先が、泥の塊を優しく、しかし確実に削り、撫で、圧縮していく。 その目は、現場で溶接の継ぎ目を見つめる時と同じ、職人の目になっていた。
「水分量が多すぎる。乾いた砂をまぶして、脱水しながら締める。……こうだ」
数分後。
溶接ゴリラの手のひらに乗っていたのは、泥団子ではなかった。
それは、完全なる球体。表面はピカピカに磨き上げられ、夕日を反射して黒真珠のように輝いている。
「……す、すごいわ」
泉美が息を呑んだ。 彼女は恐る恐るその球体に触れた。
「硬い……! それに、真円だわ! どうやって目視だけでこの精度を!?」
「……勘だ」
溶接ゴリラは短く答えると、立ち上がって砂を払った。
3.マイスターの称号
「鉄も泥も一緒だ。歪みを見極めて、均す(ならす)。それだけだ」
カッコいい。悔しいが俺は素直にそう思った。
普段は家でゴロゴロして、親父の嫁に怒られているだけの男が、今は輝いて見える。 これが技術。一つの道を極めた男だけが持つ、説得力。
「おじさま……いいえ、マイスター本田!」
泉美の目がキラキラと輝いている。彼女の中で、親父殿の評価が「不審者」から「伝説の職人」へと爆上がりした瞬間だった。
「その技術、ぜひ我が社の技術顧問として招聘したいわ! 報酬はどんぐりでいかが?」
「……いらん」
親父殿はつれない返事をしたが、その口元は少しだけ緩んでいた。
帰り道。
俺は親父殿と手を繋いで歩いた。その手はザラザラして硬かったが、あの完璧な泥団子を生み出した魔法の手だ。
「父上殿。……尊敬に値する」
「……そうか」
親父殿はそれだけ言うと、レジ袋から「いぶりがっこ」を取り出した。
論理では説明できない職人芸。俺がこの男を超えるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
(第4話 完)
【作者より】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回「「今日から夕飯は豆腐よ!」 我が家の絶対権力者(母)が、高らかにダイエットを宣言!。 しかし、ここは美食の街・三崎。 商店街の誘惑が、母の決意を揺さぶる!
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