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最終話 【最終章・後編】黒服のSP集団が「坊ちゃま」を奪還しに来たが、最強の家族が物理と人情で撃退してしまった件

一夜明け、我が家の前には黒塗りの車列が並んでいた。 翔を連れ戻しに来たSPたち。 「帰りたくない」と叫ぶ彼を守るため、最強家族が立ち上がる。 笑って泣ける三崎の日常、これにて完結!


1.黒い包囲網


 翌朝。

 俺たちが朝食の目玉焼き(俺は醤油派、母上はソース派、翔は困惑しながらもケチャップ派)を食べている時のことだ。

 溶接ゴリラは、いつものように丼飯を片手に、目玉焼きを一口で口内に放り込んだ。咀嚼回数はわずか二回。直後、凄まじい吸引力で白米が胃袋へと格納されていく。


「……えっ、噛んでない!?」


 翔が目を丸くして凝視している。


「すごい……まるで掃除機だ……」


 高級テーブルマナーを叩き込まれてきた彼にとって、この野生の食事風景はカルチャーショックを通り越して、未知のエンターテインメントだったようだ。

 翔は呆気に取られていたが、やがて「ふふっ」と吹き出し、自分も真似して大口で目玉焼きを頬張った。


「……うん。美味しい!」


 口の周りをケチャップだらけにして笑う翔。この家では、行儀の良さよりも「美味しく食べること」が正義なのだ。

 だが、そんな平和な朝の団欒は、唐突に破られた。

 表が騒がしい。窓から覗くと、我が家が数台の黒塗りの車に包囲されている。降りてきたのは、サングラスをかけた屈強な男たち。翔の親衛隊だろうか。


「西園寺 翔様! お迎えに上がりました!」


 インターホンが連打される。  翔の顔から血の気が引いた。


「……見つかった」


 彼は震えながら、箸を置いた。

 GPSか、あるいは防犯カメラか。大人の捜査網からは、子供の足では逃げられなかったのだ。


「帰らなきゃ。……でも」


 翔は視線を泳がせ、ちらりと俺と親父の嫁、そして溶接ゴリラを見た。

 その瞳には「怖い」という感情よりも、「まだここにいたい」という切実な願いが滲んでいた。


 昨日知ってしまった「温かい食卓」と「平民の生活」。それは、彼にとって未知の冒険であり、何よりも心地よい場所だったはずだ。


「……帰りたく、ない」


 蚊の鳴くような声。だが、確かに彼はそう言った。


2.抵抗


 玄関を開けると、黒服の男たちが立ちはだかっていた。先頭にいるリーダー格の男が、冷徹な声で告げる。


「坊ちゃま。社長がお待ちです。直ちにご帰宅を」


「……うん」


 翔が力なく歩き出す。俺はその背中を見て、猛烈な違和感を覚えた。

 これでいいのか? 彼は今、自分の意思を押し殺して、大人の都合に従おうとしている。


 否。

 ダンディズムを追求する男は、友の心変わりを見捨てるわけにはいかない。


「待て」


 俺は翔の腕を掴んだ。


「西園寺氏。貴殿の意思を確認したい。……本当に帰りたいのか?」


「……え?」


「帰りたくないなら、そう言え。ここは三崎だ。大声で叫べば、必ず助けてくれる人がいる」


 翔の目が揺れた。  親衛隊が苛立ったように一歩踏み出す。


「子供の遊びではありません。離しなさい」


 大人の圧力。  だが、その時、翔が叫んだ。


「嫌だ!!」


 空気が凍りついた。


「帰りたくない! あの家は寒いんだ! パパもママもいない! 僕は……もっとここで、変な麦茶飲んで、変な親父さんのいびき聞いてたいんだよ!」


 変な親父さん呼ばわりは心外だが、それが彼の本音だった。


「……坊ちゃま、わがままは許されません」


 親衛隊が翔の腕を強引に引こうとした。


3.最強の壁


 バチンッ!


 親衛隊の手が、何者かに弾かれた。

 俺と翔の前に、巨大な背中が立ちはだかっていた。

 「溶接ゴリラ」こと、父・晃だ。その後ろには、お玉を持った「親父の嫁」こと母・花代もいる。


「……子供が嫌がってる」


 溶接ゴリラが低く唸るように言った。作業着姿のその体躯は、スーツ姿の親衛隊たちよりも一回り大きく、そして圧倒的に分厚い。


「ご主人、公務執行妨害……ではありませんが、誘拐とみなしますよ?」


「誘拐? バカ言ってんじゃないわよ!」


 親父の嫁がお玉を突きつけた。


「友達が泊まりに来て、まだ遊びたいって言ってるだけじゃない! それを大人が寄ってたかって、みっともない!」


「社長命令です。退きなさい」


 親衛隊たちが強硬手段に出ようと構えた。

 数的不利。プロの護衛集団に対し、こちらは町工場のオッサンと主婦と幼稚園児二人。勝敗は明らかだ。

 だが、溶接ゴリラは一歩も引かなかった。


「……ここは俺の家だ。俺の許可なく、客人を連れて行くことは許さん」


 その目。

 鉄を溶かす火花を見つめ続けてきた、職人の目だ。決して揺らがない、鋼鉄の意志。

 親衛隊たちが、その気迫に一瞬怯んだ。


4.父の到着


「……騒がしいな」


 その時、車列の後ろから、一人の男が現れた。

 仕立ての良いスーツ。翔とよく似た、しかし冷ややかな目をした男。翔の父親だ。


「パ、パパ……」


 翔が萎縮する。

 父親は、溶接ゴリラと親父の嫁を一瞥し、冷ややかに言った。


「ご迷惑をおかけした。謝礼は弾みます。……翔、乗れ」


 問答無用。会話のキャッチボールすら拒否する、絶対的な命令。

 翔が俯き、足を動かそうとする。

 その時、俺は叫んだ。


「異議あり!」


 全員の視線が、俺(身長105センチ)に集まる。


「貴殿は、翔氏の父親か? ならばなぜ、彼の『心の空腹』に気づかない? 彼は昨日、ハンバーグを食べて泣いたぞ。熱いと言って泣いたぞ。貴殿の家には、温度がないからではないか!?」


「……なんだ、この子供は」


「俺は本田理太郎。翔氏の友人ダチだ!」


 言ってしまった。

 

 ダチ。

 昭和の不良漫画のようなフレーズ。だが、今の俺にはこれしかない。

 父親が眉をひそめる。

 nその時、翔が顔を上げた。


「パパ! 僕……昨日のハンバーグ、美味しかった! みんなで食べるご飯が、楽しかったんだ! だから……だから、今度の日曜日は、パパと一緒にご飯が食べたい!」


 翔の叫び。

 それは、反抗ではなく、懇願だった。

 父親の目が、わずかに見開かれた。忙しさにかまけて、息子に何を与え、何を与えていなかったのか。突きつけられた事実に、彼は言葉を失ったようだった。

 沈黙を破ったのは、親父の嫁だった。


「……社長さんだか何だか知らないけどさ。あんたも親なら、子供の顔見なさいよ。今、すっごくいい顔してるわよ」


 親父の嫁はニカっと笑った。

 父親は、翔の顔をじっと見た。涙を溜めながらも、真っ直ぐに自分を見つめる息子の顔を。

 やがて、彼は深くため息をつき、親衛隊たちに言った。


「……私の負けだ。」


「え? し、しかし……」


「翔。……来週の日曜、空けておく。何が食べたい?」


 その言葉は、不器用で、まだ冷たかったかもしれない。だが、翔にとっては十分だった。


「……ママの作ったハンバーグ! パパとママと、みんなで食べたい!」


 翔が満面の笑みで答えた。


5.エピローグ


 翔を乗せた黒塗りの車が去っていく。

 彼は窓から身を乗り出し、見えなくなるまで手を振っていた。


「……行っちゃったね」


 親父の嫁が寂しそうに言う。

 それを見て、溶接ゴリラが懐から携帯を取り出した。どうやら、誰かにメールを入れているらしい。


「あら、なに? こんな朝から携帯なんかいじっちゃって、さては!浮気でしょ!」


 親父の嫁が軽口を叩いて覗き込もうとする。

 溶接ゴリラは、画面を閉じてポケットにしまうと、ボソリと答えた。


「……朝蔵ジジイだ。『荷物、無事に引き渡した』ってな」


「は? じいちゃん!?」


 俺と親父の嫁がハモった。

 ……なぜここで、親父の嫁の親父である、朝蔵じいちゃんの名前が出るのだ?

 溶接ゴリラは、いつものように短く語り始めた。


「昨日の昼、ジジイから電話があったんだ。『西園寺の会長から孫を預かってくれと頼まれた』ってな。じいさんと西園寺の会長は、昔からの釣り仲間だそうだ」


「えええ!? そうなの!?」


 親父の嫁が絶叫した。

 なんと。あの寡黙な朝蔵じいちゃんが、財閥のトップとマブダチだったとは。

 そして、翔の家出は、実はじいちゃんたちの手引きによる「武者修行ホームステイ」だったというのか。


「……なんで私には教えてくれなかったのよ!」


「お前は演技が下手だからな。全部顔に出る」


「むっ……否定できない!」


 溶接ゴリラは少し笑った。

 なるほど。溶接ゴリラが翔の出現に動じず、親衛隊に対しても強気だったのは、全てを知らされ、じいちゃんから「頼むぞ」と託されていたからか。

 この不器用な男たちは、言葉にせずとも裏でがっちりと握手を交わしていたのだ。


「……朝蔵じいちゃん。恐るべきフィクサーだ」


 俺は戦慄しつつも、この街の奥深さに改めて敬意を表した。


「……飯の続きだ」


 溶接ゴリラの腹から「グゥゥゥ」という重低音が響いた。

 そうだった。今朝の食事は、翔の奪還作戦により中断されたも同然だ。


「よーし! じゃあ、朝ごはん第二ラウンドといきますか!」


 親父の嫁が腕まくりをした。


「さっきの目玉焼きは前菜! メインディッシュは、昨日の残りのハンバーグを乗っけた特製ロコモコ丼よ!」


「……母上、朝からハンバーグとは、カロリーオーバーではないか?」


「いいの! 戦った後なんだから! スタミナつけなきゃ!」


 俺たちは笑った。

 最強の溶接ゴリラと、最強の絶対権力者。

 この二人がいれば、どんな理不尽も、どんな孤独も、きっと乗り越えられる。

 俺は、この三崎のボロ家が、やっぱり世界で一番好きだと思った。


 ……まあ、ベニヤ板で補強された外観のセンスだけは、改善の余地があるが。


(完)

【作者より】

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

生意気な御曹司との交流、そして最強家族の団結、いかがでしたでしょうか。


理屈っぽくて生意気な5歳児・理太郎と、

不器用で無口な父・晃(溶接ゴリラ)、

パワフルで愛情深い母・花代(絶対権力者)。


彼らの物語は、Amazonで発売中の本編『俺の親父の嫁』でさらに深く、熱く描かれています。

・理太郎の初恋(?)

・父の過去に迫るエピソード

・涙なしでは読めないクライマックス

など、Web版にはない書き下ろしが満載です。


「ちょっと疲れたな」という時に、実家に帰るような気持ちでページを開いてみてください。

三崎の潮風と、家族の温もりが、あなたを待っています。


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