第1話 覚醒した5歳児の俺が、家族のステータスを覗いたら、親父の「筋力」と母上の「収納魔法」がバグっていた件
一.ステータス・オープン
午前6六時。三崎の朝は早い。
俺はトイレットペーパーの芯――通称『真実の魔眼』を右目に当て、リビングの偵察を行っていた。
昨夜、俺はとある仮説に到達した。
なぜ、俺はこの過酷な家庭環境で、理不尽な命令(ピーマンを食べろ等)に逆らえないのか。それは俺のレベルが足りていないからではない。この家に生息する他の2体のスペックが、異常値を示しているからに違いない。
ならば、まずは敵を知ることだ。俺は『真実の魔眼』を通じて、対象を鑑定する。
対象A:本田 晃(34)。職業:溶接工。
現在、食卓にて六枚切りの食パンを捕食中。
「……鑑定」
俺はボソリと呟いた。脳内CPUが高速回転し、奴のステータスを算出する。
【名前】本田 晃(通称:溶接ゴリラ)
【種族】霊長類ヒト科……に限りなく近い何か
【筋力】SSS(限界突破)
【魔力】0
【知力】E(※食事中はさらに低下)
【スキル】
・剛腕:ジャムの蓋をねじ切る
・火炎耐性:Lv.MAX
・無言の威圧:半径5メートル以内の園児を沈黙させる
……やはりか。
奴は今、食パンを二つ折りにし、一口で口内に格納した。咀嚼回数はわずか三回。これは食事ではない。燃料補給だ。この圧倒的な物理特化型ステータスに対し、身長105センチの俺が正面突破を試みるのは、竹槍で戦車に挑むようなものだ。
次だ。キッチンの支配者へ視線を移す。
対象B:本田 花代(推定34)。職業:よろず屋兼・主婦。
現在、行楽用のお弁当を作成中。
「……鑑定」
【名前】本田 花代(通称:絶対権力者)
【種族】最強の主婦
【筋力】A
【魔力】測定不能
【特殊スキル】
・アイテムボックス(四次元トートバッグ):容量無限
・マインドコントロール(精神支配):「ご飯抜き」の一言で配下を従わせる
・全方位探知:隠したお菓子を即座に発見する
恐ろしい結果が出た。
特に警戒すべきは「アイテムボックス」だ。彼女が準備しているトートバッグは、物理的なサイズを見る限り、どう見積もっても容量は20リットル程度。
だが、彼女はそこに、重箱三段、水筒1.5リットル×2本、レジャーシート、着替え一式、そして俺の予備のパンツまで、次々と放り込んでいく。
物理法則が仕事をしていない。あれは間違いなく、異空間収納だ。
「よーし! 準備完了! 今日は荒崎公園にピクニック行くよー!」
母上が高らかに宣言した。
俺の意思確認は行われない。この家において、彼女の決定は王命に等しい。俺は『真実の魔眼』をポケットにしまい、静かに溜息をついた。
このチート級の能力を持つ二体のモンスターに囲まれて、俺のような一般人が生き残るにはどうすればいいのか。今日のクエストも、困難を極めそうだ。
二.荒崎ダンジョンの死闘
午前11時。
俺たちは三浦半島の景勝地、荒崎公園に到着していた。
ここは隆起した岩場が続く、天然の要塞だ。打ち寄せる波が岩を削り、荒々しい造形美を作り出している。まさにダンジョンと呼ぶにふさわしい。
「うわー! 海だー! 晃くん、あそこの岩まで行こうよ!」
母上は、例のトートバッグを軽々と肩にかけ、岩場を跳ねるように進んでいく。足元の悪さなどものともしない。
一方、溶接ゴリラは無言で俺を抱え上げると、ひょいと肩車をした。
「……高いな」
視界が急激に上昇する。俺の視線の高さは、いまや二メートル超。
ゴリラの歩みは揺れない。岩場の凹凸を、その強靭な足腰と体幹が完全に吸収しているのだ。高級セダンの乗り心地にも匹敵する。
俺たちは「夕日の丘」と呼ばれる広場に陣地を構築した。
「お弁当にしよっか!」
母上がバッグから重箱を取り出す。唐揚げ、卵焼き、タコさんウインナー。茶色と黄色と赤のコントラスト。栄養バランスなどという軟弱な概念は捨て去り、ひたすらに「男児が喜ぶもの」を詰め込んだ、カロリーの宝石箱だ。
俺がタコさんウインナー(足が六本ある生物学的変異種)に手を伸ばそうとした、その時だった。
ヒュゥゥゥッ!!
頭上から、鋭い風切り音が聞こえた。
「――ッ!?」
空のギャング、トビだ。
三浦の海岸線において、観光客の弁当を狙う空中の暗殺者。奴らは上空から獲物をロックオンし、音もなく急降下してくる。
狙われたのは、俺のタコさんウインナー。
回避不可能。俺の動体視力では、反応した時には既に手遅れだ。奪われる! 俺のタコが!
バシィッ!!
乾いた音が響いた。
俺の目の前、わずか数センチの空間で、茶色い影が静止していた。
いや、静止させられていた。
「……食事中だ」
低い声。
溶接ゴリラだ。
奴は、唐揚げを咀嚼しながら、左手一本で、急降下してきたトビの脚を空中でキャッチしていたのだ。
トビが驚愕に目を剥き、バサバサと羽ばたいている。
「……行け」
ゴリラが手を離すと、トビは「解せぬ」といった顔で、慌てて空へと逃げ帰っていった。
【鑑定結果】:本田晃の反射神経=神速。
物理法則を超越している。野生動物の捕食行動を、箸を持ったまま無効化するとは。
俺が呆気にとられていると、今度は横から母上の声がした。
「あらら、リタくん。ビックリしてウインナー落としちゃったの?」
見ると、俺の手から滑り落ちたタコさんウインナーが、無惨にも砂まみれになっていた。
絶望。
この世の終わりだ。俺のささやかな楽しみが、砂上の楼閣のごとく崩れ去った。
「……母上。俺は、もう……」
「大丈夫! はい、予備!」
シュパッ!
母上がトートバッグから、即座に「予備のタコさんウインナーが入ったタッパー」を取り出した。
予備? ウインナーに予備などという概念が存在するのか? しかも、まだ温かい。
「ついでに、お手拭きと、驚いて喉乾いたでしょ? 冷たい麦茶。あと、もし怪我した時のための消毒液と絆創膏と、念のための風邪薬と……」
次々と出てくるアイテム。
この女は、未来予知でもしているのか? トビの襲来と俺のドジを予測し、その全てに対するカウンターアイテムを、あの小さなバッグに装填していたというのか。
【鑑定結果】:本田花代の危機管理能力=予知能力。
三.最強のテイマー
俺は、新しいウインナーを齧りながら、目の前の二体を改めて観察した。
空中の敵を素手で撃墜する、物理最強の溶接ゴリラ。
あらゆる事態を想定し、無限の物資を供給する、後方支援最強の母。
……勝てない。
どうシミュレーションしても、俺のスペックではこの二人に勝てる要素がない。俺のステータスは、せいぜい【運】が良いことくらいか。
だが、待てよ。
「りたろー、口にケチャップついてるよ。拭いてあげる」
「……ん(無言で俺の分まで唐揚げを取り分けてくれる父)」
この最強の二体が、なぜか俺に対してだけは、絶対的な加護を与え、世話を焼いている。
俺が「腹が減った」と言えば食料が出てくる。
俺が「歩けない」と言えば移動手段(肩車)が提供される。
俺が「ピンチだ」と思えば、神速で迎撃してくれる。
つまり、こういうことか。
俺の固有スキルは、【最強種テイミング】。
この物理最強のゴリラと、魔法最強の主婦を、無条件で従わせる権限。これこそが、俺、本田理太郎(5歳)に与えられた唯一にして最大のチート能力なのだ。
「……ふっ」
俺は口元のケチャップを拭かれながら、ニヒルに笑った。
悪くない。この過保護すぎる最強パーティの中心で、俺は王として君臨しているわけだ。
「りたろー? なにニヤニヤしてんの? 美味しい?」
「……肯定する。母上のウインナーは、世界ランク上位に入る味だ」
「あらやだ! リタくんったら正直なんだから! 帰ったらプリンもあげる!」
チョロい。
俺の言葉ひとつで、追加報酬まで確定した。
やはり俺のスキルは最強だ。この二体をうまくコントロールし、三崎という名のフィールドで、俺は快適なスローライフを勝ち取ってみせる。
ただし、ピーマンだけは。
あの緑色の悪魔だけは、母上の「精神支配」によって強制的に口にねじ込まれるのだが……まあ、それもご愛嬌ということにしておこう。
(第1話 完)
【作者より】
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