10話 新魔王歓迎パーティ計画の会議、その波乱の幕開け 2日目
魔王城の玉座の間は、昨日の嵐が去った後の海辺のように、静寂に包まれていた。激しい議論の余韻はまだ空気中に微かに漂っている。だが、その静けさこそが、新魔王が放つ新たな波乱の前触れであった。新魔王は、対立した幹部たちをあえて『ペア』として組み合わせるという、伝説で必殺の指令を下したのだ。
この突飛な発想に、各部門の代表たちは戸惑いを隠せないでいる。華美を愛するジュエルと気品を重んじるヴァパイア、そして詩的なセイレンの三つ巴。規律の権化たるガーゴイルと、ドジっ子のコボルト。さらに、歴史のグリモアと、今を生きるオニ。まるで、それぞれの哲学をぶつけ合う異種格闘技戦のようだ。
魔王軍の未来を占う、この前代未聞の試みは、果たして彼らの間に新たな化学反応を生み出すのだろうか。あるいは、ただ混沌を加速させるだけなのだろうか。会議室は、誰もが息をのむような緊張感に満ちていた。魔界の明日を占う、波乱の2日目が今、幕を開ける。
会議室は、昨日の喧騒が嘘のように静まり返っていた。ステンドグラスを透過した朝の光が、七色の光の筋となって床に降り注ぐ。その光の筋の中を、チリ一つなく、空気は澄み渡っていた。壇上に立つスラポンが、静かに、しかし威厳のある声で口を開く。
「それでは、本日の議題を始めます」
彼の声は、昨日の感情的な議論とは打って変わって、一点の曇りもない透明な響きを帯びていた。
「新魔王様からのご提案により、本日はペアを組んでの企画提出となります。昨日、意見が対立した皆さんに、あえて協力していただくことで、新たな視点と創造性が生まれると、新魔王様はお考えです」
スラポンは、手元の書類に目を落とし、冷静にそれぞれのペアを発表する。張り詰めた空気が流れ、誰もが固唾をのんで耳を傾けていた。それぞれの顔には、期待と不安、そして不満が入り混じっていた。
「まずは、ヴァパイア殿、ジュエル殿、セイレン殿のトリオです」
発表されたペアに、ヴァパイアが優雅に扇子を広げて不満を口にする。彼女の鋭い視線がジュエルとセイレンに向けられる。まるで、二人の存在そのものが、彼女の品位を汚していると言いたげだった。
「あら、わたくしとこの派手なジュエルと、感傷的なセイレンと、トリオだなんて……。品位を疑いますわ」
彼女はため息をつき、扇子の先で自分のこめかみを軽く叩いた。
「わたくしの美意識が、これほどまでに試されるとは思いませんでしたわ」
その言葉に、ジュエルは怒りで顔を紅潮させて反発する。彼女の髪飾りが怒りの震えで微かに揺れた。宝石が光を反射し、彼女の感情の高ぶりを表しているかのようだった。
「何を言っているの、ヴァパイア!」
ジュエルは、思わず声を荒らげ、テーブルに置かれた小さなクリスタルを掴む。
「わたくしの芸術は、派手さではなく美の結晶よ! あなたのような、いつの時代の遺物か分からない古臭い貴族とは、次元が違うの!」
クリスタルを指先で弄びながら、彼女は皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「品位、品位って、それしか言えないのかしら!」
セイレンは、その口論に胸を痛めたように、そっと目を閉じる。彼女の心に、不協和音が鳴り響いているかのようだった。
「あら、ヴァパイア。あなたの言葉は、まるで枯れた花のようね……。私の歌声は、人々の心に、潤いと感動を与えるのに……」
彼女は、悲しげに首をかしげた。
「あなたの言葉には、何のメロディもないわ……とても悲しい歌……」
スラポンは、トリオの口論を横目に、手元の書類を再び読み上げる。
「次に、ガーゴイル殿とコボルト殿」
ガーゴイルは、隣でビクビクと体を震わせているコボルトに、威圧的な視線を向ける。その視線は、まるで獲物を狙う猛禽のようだった。隣にいるコボルトの小さな姿が、彼の巨大さを一層際立たせていた。
「何を言っているのだ、新魔王様は!」
彼は怒りで両目を真っ赤に光らせ、低い声で唸る。
「なぜ、この規律を乱すドジっ子と、私を組ませたのだ! 規律が乱れるではないか! 会議室でさえ、いつ何が起きるか……。おい、コボルト、お前は余計なことをするな! 私の視界から消えるなよ!」
コボルトは、ガーゴイルの威圧感に、体を震わせながらどもるように答える。その小さな手が、震えながらガーゴイルの服の裾を掴んだ。彼の目には、恐怖と、それでも頑張ろうとする小さな勇気が宿っていた。
「あ、あの……! ボ、僕も、ガーゴイルさんと一緒で、大丈夫かなって、不安っす……!」
彼は、小さな声で呟き、おどおどと辺りを見回す。
「いつも転んじゃうし、物を落としちゃうし……ごめんなさいっす……。僕が、ガーゴイルさんの邪魔をしないように、一生懸命頑張るっす!」
最後に、スラポンが最後のペアを発表する。
「最後に、グリモア殿とオニ殿のペアとなります」
グリモアは、沈黙したままのオニに、困惑した表情で分厚い歴史書を差し出す。その本のページは、彼の知識の深さを物語るように、端が摩耗していた。彼の言葉には、過去の英知を今に活かそうという、強い信念が込められていた。
「オニ殿……。歴史とは、過去の出来事から未来を予測する、壮大な物語である」
彼は、歴史書を静かに開け、オニにそのページを示す。
「我々が、いかにしてこの難題に挑むか、過去の事例を紐解くべきではないか……? 歴史には、無駄なものなど存在しないのである。この書物には、伝説の英雄たちがどのように困難を乗り越えたかが記されている……」
オニは、グリモアの言葉に興味がないように、ただ黙って首を振る。彼の目は、歴史書ではなく、遠くの虚空を見つめていた。まるで、今この瞬間に起こりうるであろう、見えない敵と戦っているかのようだった。
「……くだらん。……歴史など、ただの紙屑だ。……必要なのは、今、この瞬間を生き抜く力だ。過去は、どうでもいい」
オニは、静かに、しかし断定的に言葉を放つ。
「今をどう生きるか、それだけだ。お前は紙と語っていろ」
しかし、議論が始まると、それぞれのペアは意外な化学反応を見せ始めた。ヴァパイア、ジュエル、セイレンは、互いの美意識をぶつけ合いながらも、徐々に一つの案へと集約していく。ガーゴイルは、コボルトの些細なドジを一つ一つ指摘しながらも、そのドジから生まれる新たな視点に気付かされる。グリモアは、オニの無骨な実戦論から、歴史がただの記録ではなく、血肉の通った物語であることに気付かされた。
やがて、それぞれのペアが、自信に満ちた表情で壇上に並ぶ。スラポンが、冷静な声で最初のペアを促す。
「それでは、ヴァパイア殿、ジュエル殿、セイレン殿のトリオから、発表をお願いします」
ジュエルが、優雅に身振り手振りを交えながら、誇らしげに語り始める。彼女の身振りはまるで舞踏のようだった。彼女の言葉一つ一つが、聴衆の心に魔法をかけるかのように響いた。
「聞いてくださいまし! わたくしとセイレン、そしてヴァパイアのトリオは、究極の美の宴を創り上げますわ!」
彼女は、空中に宝石の輝きを散らすような仕草をする。
「まず、わたくしの技術で、宝石の力を凝縮した特殊なクリスタルを作り、そこにセイレンの美しい歌声を反響させ、音量を増幅させるのです! そして、そのクリスタルの光源で、会場の空にヴァパイア様の気品ある動きを投影しますの!」
ジュエルは、最後に高々と片手を掲げる。
「歌と光と舞が織りなす、伝説で必殺のイリュージョンですわ! これこそ、新時代の芸術よ!」
次に、ガーゴイルは腕組みをして、隣に立つコボルトを見下ろしながら、厳格な声で語り出す。彼の声は、まるで岩が擦れ合うような重々しい響きだった。彼の背後には、コボルトが怯えながらも、誇らしげに立っていた。
「我々とコボルトの案は、心の繋がりを具現化するための、最も重要な土台だ」
ガーゴイルは、自身の拳を胸に当て、揺るぎない決意を示す。
「パーティ会場の警備を、過去に例を見ないほど強固にする。規律なくして、宴は成り立たないのだ! ……そして、その計画には、コボルトにヒアリングして判明した『不注意』と『不運』がもたらすであろう、あらゆる事態を想定し、万全の態勢を敷く」
彼は、冷徹な視線を会議室全体に向けた。
「規律とは、常に不完全な存在を前提として、その上に築かれるものだ!」
最後に、グリモアが、分厚い魔導書を胸に抱え、静かに口を開く。その隣には、無言で立つオニがいた。二人の間には、一見すると分かり合えないかのような、しかし奇妙に調和した空気が流れていた。グリモアの言葉には、歴史家の知性と、新たな発見への興奮がにじみ出ていた。
「我々とオニ殿は、新魔王様の歴史の始まりを、魔界全土に刻むことを提案する」
彼は、魔導書をそっと開いて見せる。
「巨大な魔導書を創造し、そこに新魔王様の即位の儀式と、我らの誓いを書き込むのだ。この魔導書は、急な臨戦時には、新魔王様の強大な魔力を受け、皆を守る結界の中心となり、我々の結束を示す証となるだろう」
グリモアは、オニの方をちらりと見て、微かに微笑んだ。
「これは、ただの記録ではなく、未来を築くための指針である」
それぞれの発表が終わり、会議室は再び静まり返る。スラポンは、深く感銘を受けた表情で、静かに頷く。彼の目には、この会議の成功を確信した、満足げな光が宿っていた。
「……素晴らしい。どれも、新魔王様が仰った『心を繋ぐ』という理念を、それぞれのやり方で具現化しています。……まさか、これほどまでのアイデアが出てくるとは……。この会議は、成功ですぽん!」
その時、会議室の重厚な扉が、ゆっくりと、しかし確実に開き、新魔王がジュエルと共に姿を現した。彼の足音は、会議室の床板を震わせる。その存在感だけで、場の空気は一変した。まるで、凍てついた氷の中に、熱い炎が灯ったかのようだった。
「――静まれ」
その一言が、会議室に響き渡った瞬間、空間から全ての音が消え失せた。五感から余計な情報が消え去り、ただ新魔王の存在だけが、そこに満ちていた。誰もが、息をのむことさえ忘れ、直立不動となる。新魔王は、ゆっくりと歩みを進め、三組の企画書を眺める。
「……伝説で必殺のパーティとは、それぞれの個性がぶつかり合い、そして調和することから生まれる。品位、芸術、安全、そして歴史。すべてが揃って、初めて真の宴となるのだ」
新魔王の言葉に、スラポンは深く頭を垂れ、その場でひれ伏す。彼の表情には、新魔王への絶対的な忠誠心と敬意が表れていた。
「……新魔王様のお言葉、誠にごもっともでございます。それぞれのアイデアを統合し、最高のパーティを作り上げてみせます」
ヴァパイアは、静かに頷き、トリオの企画書を広げた。その表情には、満足げな笑みが浮かんでいる。彼女は、自らの美的センスが認められたことに、密かな喜びを感じていた。
「素晴らしい御言葉でございますわ。ですが、わたくしの品位ある舞踏は、このイリュージョンの華を咲かせるでしょう」
彼女は、優雅な仕草でジュエルとセイレンに視線を送る。
「ジュエル、セイレン、わたくしがこの案を完璧に完成させて差し上げますわ。この案を、より完璧なものにするために、あなたたちの力を貸してちょうだい」
ジュエルは、ヴァパイアの言葉に高揚し、華麗なターンを決める。彼女の胸のクリスタルが、激しい光を放ち始めた。彼女は、この企画が、自分の芸術を証明する最高の舞台だと信じていた。
「あら、ヴァパイア。何を言うのよ! 私たちのアイデアは、わたくしの美の結晶に他ならないわ!」
ジュエルは、興奮して声を震わせる。
「新魔王様も仰った通り、これは、私と、あなたの、そしてセイレンの心が繋がった、伝説で必殺の芸術なのよ! ねえ、見て! このクリスタルは、わたくしの魂そのものよ! あ、ちょっと、キラキラしすぎちゃったかしら! うふふ!」
ジュエルが身に着けていたクリスタルが、強烈に輝き、会議室に虹色の光が乱反射する。その光にコボルトが目を回してよろめき、持っていた書類をばらまいた。
ガーゴイルは、ばらまかれた書類と、キラキラと輝くジュエルを交互に見て、額に青筋を立てて目を赤く光らせる。その瞳の奥には、憤怒の炎が燃え盛っていた。彼の怒りは、ジュエルの無責任な行動が、築き上げた規律を揺るがすことへの、強い憤りだった。
「何を言っているのだ、ジュエル! それで本当にいいと思っているのか!?」
彼は、雷鳴のような声でジュエルに問いかけた。
「今、お前が放った光で、コボルトが転倒し、会議の書類が散乱したではないか! 規律とは、予測不能な事故にも対処できる強固さがあってこそ成り立つものだ! お前のその無責任な行動は、伝説で必殺の宴の安全を、根本から揺るがすものだ! 分かっているのか!」
ヴァパイアは、ガーゴイルの言葉に頷き、冷静に扇子を揺らす。彼女は、ジュエルの軽率な行動を軽蔑するように、冷たい視線を投げかけた。彼女の言葉は、まるで鋭い氷の刃のように、ジュエルの高揚した感情を切り裂いた。
「あら、ガーゴイルの言う通りですわね。ジュエル、そのように軽率では、品位が損なわれますわ」
そして、彼女は優雅な仕草で唇に人差し指をあて、思案顔になった。
「それに、この壮大な計画には、莫大な予算が必要になるでしょう。財政部門のミミックが、この計画に首を縦に振ってくれるかどうか……。そこが、この宴の最大の難関かと存じます。どんなに素晴らしい計画も、お金が無ければ、ただの夢物語ですからね」
会議室に、再び重苦しい空気が流れ始めた。新魔王は、そんな幹部たちの様子を満足げに眺め、深い笑みを浮かべた。彼の目には、この新たな課題を乗り越えることで、魔王軍がさらに強固な組織になるという確信が宿っていた。
「――伝説で必殺の宴は、二日にしてならず……。次は、財政部門のミミックに、予算の査定を依頼しようではないか」
こうして、新魔王歓迎パーティ計画は、壮大な計画と、それを阻む現実という新たな課題を残して、その第二歩を終えたのであった。
新魔王の提案による「ペア制度」から、伝説で必殺の企画案が次々と生まれた。ヴァパイア、ジュエル、セイレンは美を追求したイリュージョン、ガーゴイルとコボルトは規律に基づいた安全計画、グリモアとオニは歴史を刻む壮大な儀式をそれぞれ発表。しかし、その華々しい企画の裏で、ヴァパイアが指摘した「予算問題」が、新たな火種として浮上した。莫大な費用が予想されるこれらの計画に、守銭奴のミミックは果たしてどのような裁定を下すのか。魔界の宴の行方は、いよいよ複雑な様相を呈してきた。
会議室から出た幹部たちは、それぞれの胸に、新たな波乱の予感と、まだ見ぬ未来への期待を抱きながら、静かに自室へと戻っていく。魔界の宴の行方を、誰もが固唾をのんで見守っている。




