『恋愛陰謀論 ─告白は罠のはじまり─』
─先に告白したら、負け。
昼休みの教室。静寂に響く、カリカリというシャーペンの音。
「……恋なんて、非効率だと思うんだよな」
突然の発言に、教室の空気がピタリと止まった。
瀬川 蓮。口を開けば、何かと“否定”から入る男子高校生。
──そして、三列後ろ。
(きたわ……また“恋愛否定シリーズ”)
早乙女 こはる。策士系女子高校生。
彼の発言を、今週三度目の“布石”と判断していた。
(いい加減気づいてもよくない? こっちは半年かけて、じわじわ好きアピールしてんのに……)
しかも今日は、こはるにとって“勝負の日”。
「──瀬川くん。もし、誰かが君のこと好きだったら、どうする?」
昼休み明け直前。あえて、みんなの視線が散っている絶妙なタイミングで仕掛けた。
作戦名:「質問型逆誘導告白」
相手の回答次第で、そのまま告白に持ち込む算段だった。
だが。
「……そいつには悪いけど、気づかないフリするかもな」
(は!?なにそれ!?え、え、え!?)
想定外の“回避回答”。
(ちょっと待って、これって「好きな子いないよ」って意味!? いやでも、「気づかないフリ」って……え、ワンチャンある!?)
「なんで?」
「恋愛って、結局どっちかが先に好きになるだろ。その時点で、勝負は決まる気がして……嫌なんだよな、そういうの」
(うわ……!そういう理屈で逃げる!?)
こはるは机の下でギュッと拳を握った。
(よし、ならば! 直接聞くわ!!)
「じゃあさ、瀬川くん。君って、誰かのこと好きになったことある?」
「……あるよ」
(えっ)
「今も、たぶん、好きだと思ってる」
(えええええええ!?!?!?)
「でも俺は、言わないよ。告白なんて、負け戦だ。……その人が、先に言ってくれたらいいのにって、ずっと思ってる」
──沈黙。
こはるの頭の中では、「告白作戦ファイルNo.213〜315」まで一斉に再構成が始まった。
(……もう無理。これ以上の作戦、存在しない)
(……告白するしか、ないじゃんか)
「──あのさ。私、もう耐えらんない」
「えっ?」
「……瀬川くんのこと、好き。ずっと前から」
瀬川は、ほんの一瞬驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。
「そっか。……ありがとう」
「うん」
「じゃあ、俺の負けだな」
「……え?」
「“先に言ったら負け”なんだろ、恋って。ルール、お前の中ではそうだったんじゃないの?」
「……もしかして、全部気づいてた?」
「全部はわかんなかったけど……でも、今日のは完全にバレバレだった」
こはるは真っ赤になって、叫んだ。
「だったら先に言ってよバカーー!!」
「だから言ったじゃん。“告白なんて、負け戦だ”って」
「……じゃあ、私の勝ち?」
「うん。完敗」
──けれどその表情は、どこか誇らしげだった。
---
エピローグ(数日後)
「それで、付き合ってるの?」
「うん」
「早乙女さんが告白したってことは、彼女の勝ち?」
「……いや、1秒だけ、俺が“好き”って心の中で呟いたから、たぶん俺の負け」
「うわ、何その負け方ダサい!!」
「うるさい。幸せだからいいんだよ」
---
(おしまい)