第4章:巫女と真影録
神話災害記録館からの帰り道、真はふと足を止めた。
住宅街の中にぽつんと佇む、古びた木造建築。
瓦屋根と朱の鳥居。今どき珍しい、無人の小さな神社だった。
気まぐれのように、鳥居をくぐる。
境内には誰もいない。風の音すら聞こえなかった。
だが、気配だけはあった。
見られている——そんな感覚。
「また、来たの?」
背後から、声がした。
振り返ると、そこにいた。
白い巫女服に紺の袴。夢の中と同じ姿。
夢宮 蒼子。夢の巫女。
だが、今回は夢ではない。現実の空気。現実の光。現実の距離感。
「……現実にいるのか、お前」
真はそう呟いた。
「いるよ。こうやって話してるでしょ?」
蒼子は、境内の端にある古びた賽銭箱の横に腰を下ろしていた。
その手には、一冊の書物があった。
分厚く、古びて、表紙には眼のような文様が刻まれている。
「これ、見覚えあるんじゃない?」
彼女が軽く持ち上げたその本に、真は覚えがあった。
——“真影録”。
記録館で、ガラス越しに見た“禁書”。
「なんでそれが……?」
「正確には、これは写し。あの本は読める人が限られてる。
でも、記憶の中にある内容なら、私の夢で再現できる。
夢と、記憶と、神様は、だいたい同じところにいるからね」
意味がわからない。
でも、わからないなりに、言葉の端々が心に引っかかる。
「お前、何者なんだ。なぜ俺の夢に出てきて……今、ここにいる」
「……私も、よくわかってない」
蒼子は、少しだけ俯いた。
「たぶん、私は“扉”なんだと思う。あなたが“鍵”なら、ね」
真は、言葉を失った。
鍵と扉——それが意味するのは、ただの比喩ではない。
もっと、根源的な何かが開かれようとしている。
そのために、ふたりは“夢の中”で出会い、今、“現実”で再会した。
「この世界には、“見てはいけないもの”がある。
でも、あなたはもう見始めてる。だから」
蒼子は本を閉じて、真に差し出した。
「逃げるなら、今のうちだよ。
この先は、たぶん戻れない」
真は、迷わなかった。
本を受け取った。
「兄貴も、たぶん……もう戻ってこられないところにいる。
なら俺は、そこまで行くしかない」
蒼子は、ほんの一瞬だけ、悲しそうに笑った。
そして、彼女の背後の社の奥で、何かがうごめいた。
“目”だった。
神社の奥に、ひとつの“目”が、こちらを見ていた。
まだ眠っている。けれど、わずかに瞬いたような気がした。
夢と現実の境目で、神は目を覚まそうとしている。
ご覧いただきありがとうございます。
この第4章より、物語は本格的に“夢と現実の交差”が始まります。
真と蒼子の再会、そして“真影録”との接触により、いよいよ神の記憶が少しずつ現実に滲み出してきます。
次章以降は、世界観がさらに深まり、視点も広がっていきます。
読者の皆さまも、ぜひ“目を逸らさず”見守ってください。
なお、次回更新からは演出として**「丑三つ時(午前2時)」**の投稿に切り替えます。
怪異の時間帯に、そっと扉が開かれますように。




