第3.5章:夢宮蒼子は夢を見る
夢は、いつも白い。
色のない空。色のない畳。色のない私。
目を覚ましているのに、目を閉じているみたいだった。
まるで、自分が誰かの夢の中に存在しているかのような、そんな感覚。
——また来たのね。
声がする。
自分の声。でも、もうひとつの“私”の声。
私は、夢宮蒼子。
そして、私の中にはもうひとりの“私”がいる。
彼女の名前は、ミコ。
私の夢の奥で、いつも目を覚ましている。
「また“あの子”が来たわよ」
ミコは、微笑んでいた。
「ヨリシロ……ふふ。選ばれちゃったのね」
私が夢の中で彼を見つけたのは、偶然じゃない。
彼の中に、“あれ”がいるとわかったから。
星の神——名前を持たない、目の神様。
「斎 真。彼、まだ知らないのね。
自分がどこに触れてしまったのか」
私は頷く。
「でも、彼は優しいわ。夢の中でも、私に名前を訊いてくれた。ちゃんと」
「そんなの関係ないわ」
ミコは無表情で言った。
「目醒めたら、すべて飲み込まれる。
“封印”なんて、もう持たないのよ。あの印はその証」
「……でも」
私は言いかけて、言葉を飲み込んだ。
私は、ミコと違って、まだ人間の形をしている。
まだ、彼と話すことができる。まだ——何かを選べる。
「もし彼が“鍵”だとしたら、私は……」
「あなたは“扉”。」
ミコが遮った。
「あなたは、開かれるために生まれたの。
彼が触れた瞬間から、世界は動き始めた。
もう、止まらない」
私は、自分の手を見つめた。
この手がいつか、誰かを壊す日が来るのだろうか。
「……せめて」
私は、小さく呟いた。
「せめて、彼には目を逸らさずにいてほしい。
“神”がどんな姿をしていても」
ミコは答えない。
ただ、微笑んで、夢の奥へと沈んでいった。
——その夜、彼はまた来る。
また、私の夢の中に、迷い込んでくる。
そして私はまた、“目”の夢を彼に見せる。
世界の果てにある、神の記憶の夢を。