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第3章:記憶の底の“目”

地下鉄の車窓を流れる景色は、やけに静かだった。


東京の片隅、世田谷区某所。

「神話災害記録館」と呼ばれる建物は、正式には国立民俗遺産管理センター第七分室という。

普段は研究者しか立ち入れないが、真はゼミ教授の紹介状を使い、特例として入館を許されていた。


ビルの外観はごく普通の公共施設。だが中に入ると、空気が違った。


——重い。


空気そのものに重さがあるようだった。

それは科学では説明できない、どこか原始的な、人の本能をざわつかせる気配だった。


案内してくれたのは、白衣を着た中年の女性だった。名前は名乗らなかった。

彼女は無言で歩き、真を館の奥へと導いていく。


地下のアーカイブフロア。そこには、ガラス越しに展示された資料が並んでいた。


・昭和期に発生した“白昼夢症候群”の報告書

・神社跡地から発掘された“刻印付きの眼球石”

・破損した絵巻物に記された“目の主”という神の伝承


どれも、常識では片づけられないものばかりだった。


「こちらを」


女性職員が案内した先にあったのは、一冊の書物だった。


防火ガラス越しに展示されているそれは、分厚く、表紙に奇妙な文様が刻まれていた。


それを見た瞬間、真の胸の奥が熱くなった。

何かが反応している——そう確かに感じた。


「……これ、何ですか?」


「閲覧許可はありません。ただ、これだけは伝えておきます」


女性は静かに口を開いた。


「これは“真影録しんえいろく”。閲覧した者の三割が正気を失い、五割が死亡しました。

 残る者は……何かが、変わったまま、戻らなかった」


「……兄が、これを見た可能性はありますか」


「名簿には名前はありません。ですが——あなたの印、その痕跡。

 まさか、目覚めるとは思いませんでした」


真は、思わず問い返した。


「何を、知っているんですか?」


女性はほんの少しだけ、視線をこちらに向けた。


「夢に、少女が現れたでしょう?」


真の喉が詰まった。


「……なぜ、それを」


「彼女は“封印の鍵”。でも、同時に扉でもある。

 あなたがその夢に入ったのなら、もう後戻りはできません」


「俺はただ……兄を探してるだけなんです」


「兄君は、神の門を見たのですよ。生きていれば、まだ間に合う」


そう言って、女性は一枚のメモを渡してきた。


そこには、地図のような図形と「ヨミ」と書かれた奇妙な文字列。

そして、地下鉄の廃駅名「東練馬四丁目遺跡」と書かれていた。


——そこに、何かがある。


真はそう直感した。


このまま進めば、人ではない何かに触れる。

でも、それでも進まなければ、兄には会えない。


だから——


「行きます。俺は」


そう言うと、女性は微かに微笑んだ。


「ならば、せめて“目”に飲まれぬように。

 あの娘は、まだ人間の形を保っています。今のうちに——支えてあげてください」


静寂の中、真はもう一度、夢に堕ちていく。


あの白い世界。あの湿った畳。

そして、彼女がそこにいた。


変わらぬ巫女服の少女。けれど、どこかが違っていた。


その瞳の奥に——

誰かが“目を覚ましている”ように見えた。

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