第1章:夢見の巫女
「夢の中で会うの、これで三度目だよね?」
少女の声で、目が覚めた。
——いや、目は覚めていない。これはまだ夢の中だ。
俺、斎 真は、見知らぬ和室のような場所に立っていた。畳は湿っていて、壁にはどことも知れぬ神楽面がずらりと並んでいる。そのひとつひとつが、じっとこちらを見つめているような感覚。
向かいには、あの少女がいた。
細い体、真っ白な肌、紺色の巫女服をまとった少女。年齢は十六、七に見えるが、その目には子供らしさがなかった。どこか、千年先のことまで見通しているような、そんな眼差しだった。
「あなた、覚えてないの?」
「……いや。誰だ、お前」
少女は小さくため息をついた。
「夢宮 蒼子。それが“こっち”での名前」
「こっち……?」
「夢の中。正確には、この領域って言うんだけどね」
蒼子はしゃがみ込んで、足元にあった紙人形のようなものを拾い上げた。それは、俺の顔に似ていた。
「ここは、あなたの“夢”じゃない。もっと深い、もっと古い、誰かの記憶の奥底。私たちは、そこにいるの」
「……何を言ってるんだ」
「そろそろ、気づいてもいい頃だと思ったのに」
蒼子は、紙人形をポキリと折った。
その瞬間、背筋が凍った。
どこか遠くで、低いうなり声のような音が響いた。空気が歪む。畳が波打ち、壁の面がぐにゃりと曲がった。
「封印が、壊れかけてる」
蒼子は呟いた。
「あなたの中にいる“それ”が、もう目を覚まそうとしてるの。私はそれを止めにきた。でも——」
彼女は、少しだけ哀しそうに微笑んだ。
「もう間に合わないかもしれない」
「……何が起きてる?」
俺の声が震えていた。夢だ。これは夢だ。だが、ここには熱がある。感触がある。痛みがある。
夢にしては、あまりにも現実すぎた。
「起きなさい、斎 真。目を覚まして。そうしないと——」
世界が崩れた。
畳が落ち、壁が割れ、天井が破れていく。何かがこちらをのぞいている。
それは、巨大な“目”だった。
眼球のない空洞。そこに、何百という小さな瞳がうごめいている。
俺は、叫んだ。だが、声は届かなかった。
蒼子の声だけが、最後に聞こえた。
「あなたが“ヨリシロ”なら、せめて正気のままでいて」
——そして、目が覚めた。
現実の自室。午前四時三十三分。
額には冷たい汗。体中がひどく熱い。胸に手を当てると、見覚えのない印が、そこに浮かび上がっていた。
まるで、“目”のような形をしていた。