第10章:鍵と扉
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真の指が、扉に触れる。
その瞬間、世界が反転した。
光でも闇でもない、純粋な情報の奔流。
言葉より前の意味、形より前の気配が、彼の意識を飲み込んでいく。
時間が巻き戻る。
いや、違う。時系列という概念そのものが、分解されている。
彼は、自分の過去を視た。
兄の笑顔。小さなころの記憶。母の泣く背中。
そして——兄が、“神の視線”に触れていた夜を、視た。
神は、すでに彼を見ていた。
その視線が、“鍵”である真を目覚めさせるために、兄を“扉”に変えていたのだ。
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気づけば、真は白い空間に立っていた。
かつて神が眠っていた場所——真影録に記された、起点の座。
そこに、蒼子がいた。
だが、彼女の姿は揺らいでいた。
「……真、戻ってこられたんだね」
「お前……どうした、その体」
「私は“扉”だから。君が開いたその瞬間、私も変わってしまった」
蒼子の瞳の奥で、無数の"夢"が交差している。
それは、かつて彼女が視た人々の記憶。神の断片。
「君が選んだ答え……その結末を、私は記録する」
「お前が……記録者に?」
「ううん、違う。私は“夢そのもの”。
君が神になっても、人に戻っても——どちらでもいい。
ただ、君の目に何が映ったのかを、私は夢にし続ける」
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真は、最後に問われる。
「お前は、何を選ぶ?」
神として、すべてを視る者となるか。
人として、再び現実に戻るか。
彼の胸には、まだ“目”の印が残っていた。
それは、選択の証。鍵の象徴。
彼は目を閉じた。
そして——
(→第11章:蒼き目の中の記憶)




