表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

第8章:夢と現(うつつ)

────


目が覚めた。


最初に感じたのは、ひどい吐き気と頭痛だった。

自分の呼吸音が、まるで別人のもののように遠くに聞こえる。


視界はぼやけ、まぶたの裏には、まだ無数の“目”がこびりついていた。


「……真、起きて……」


微かな声。


意識の底から這い上がるように、斎 真はゆっくりと目を開いた。


そこは、病室のようだった。

だが、どこかおかしい。

壁は白すぎて、天井の蛍光灯は微かに"揺れて"いる。空間そのものが、わずかに歪んでいた。


傍らにいたのは、蒼子。

しかし、彼女の目も焦点が合っていなかった。


「ここ……どこだ……」


「わからない。でも、"目"の夢の中じゃない。もっと、外側」


真はようやく上体を起こした。

体は重く、手のひらの印はまだ赤黒く脈打っている。


「俺は……“見た”のか?」


「うん。あなたは神を"見た"。

 だから、こうして戻ってこられた」


「戻ってきた? 戻れたのか、本当に?」


蒼子は、答えなかった。


────


部屋の外は静かだった。

誰もいない廊下。無音の受付。非常灯だけが、かすかに空間を照らしている。


まるで世界全体が“深夜2時”のような静けさ。

いや、これは——丑三つ時そのものだ。


ふと、真は窓の外を見た。


——世界が、逆さまだった。


道路に建物が突き刺さっている。

人の影が、空を歩いている。

電柱が折れては戻り、折れては戻りを繰り返している。


「ここは……夢なのか? 現実なのか?」


「“うつつ”だよ。でも、“目に視られたあとの現”」


蒼子の声が、どこか遠く感じた。


────


廊下を歩く。


扉のひとつを開けると、そこには巨大な目の壁画があった。

何百もの眼球が重なりあい、笑っていた。


それは記録館にあった神影録の一節に酷似していた。

だが、あれは本の中の話だったはずだ。


そしてその中央に、“誰か”が立っていた。


白い衣。

人のようで、人でない何か。

その存在が、空間そのものを支えているように見えた。


「……兄さん……?」


真の声が漏れる。


だが、その“誰か”は、何も言わず、ただこちらを見ていた。


見ているのではない。

彼の“目”を通して、誰かがこちらを“観察している”のだ。


蒼子が、真の腕を引いた。


「まだだよ。そこに近づいたら、もう戻ってこれない」


「でも、あれは……兄の……」


「"だったもの"、だよ」


────


彼らは再び病室へと戻った。

そこは確かに異常だったが、まだ“自己”が保てる範囲だった。


蒼子が壁にもたれかかりながら、ぽつりと呟く。


「神域から戻ると、必ず“重なり”が起きる。

 夢と現が重なる。自分と他人が重なる。死者と生者が交わる」


「この場所も、その重なりの中ってことか」


「うん。でも、あなたはまだ人間でいられる」


「まだ、ってことは……」


「“目”が完全に開いたら、あなたも“誰か”になる」


蒼子はそう言って、真の胸元に手を当てた。

そこには、もう“目”の印はなかった。

だが、代わりに微かな熱だけが、脈打つように残っていた。


────


そして、その夜。


真は、誰かの夢を見た。

それは、記憶でも予知でもない、"別人の人生"だった。


夢の中で、彼は知らない言葉を話し、知らない風景を歩いていた。

だが、その“知らない感覚”が、やけに懐かしかった。


(→第9章:神の視座)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ