3,ぬいぐるみさん
アンは驚愕していた。ぬいぐるみが自分で勝手に動いているという、摩訶不思議な現象に。
ぬいぐるみはそのまま何処かに去って行こうとしていたが、その足の短さでは逃げ切るよりずっと前に再びアギーに捕まって甘噛みされるのがオチだろう。
アンは奇妙に思うところはあれど、アギーが戻ってくるより前にぬいぐるみを地面からすくい上げ、穿いていたスカートのポケットの中に突っ込んで隠しつつアギーを諫めて寮の中に戻ることにした。
自室に戻り、机の上に解放したぬいぐるみを置くと、直立したまま固まっていた。さっきのはただの勘違いだったのではないかと頭で処理しようとしたアンだったが、少ししてやはりぬいぐるみは自分から動いてお辞儀をしてきた。
「や、やっぱり動いてる! ぬいぐるみが動いてる!!」
アンが興味津々に顔を近付けると、ぬいぐるみの方が驚いたようで後ろに重心が向いてその場に転んでしまった。
「ああ、ごめんなさい。動くぬいぐるみなんて初めて見たから、興奮しちゃって……」
ぬいぐるみは口を開くことは出来ないのか、何も返事の言葉は返ってこない。妙な沈黙が流れ出しアンもここからどう切り出すべきか悩んでいたところ、突然部屋に腹の虫が大きく鳴り響いた。
グルルルルルルルルルルルルルルルウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!!!!
「うわ! 大きい音!! ん?」
アンが前を見ると、ぬいぐるみが恥ずかしそうにお腹を両手で押さえている。
「もしかして貴方、お腹がすいているの?」
少し考えたようだが、素直に首を縦に振って工程を伝えてくるぬいぐるみ。
「そう。ちょっと待ってて、いまお部屋にあるお菓子持ってくるから」
アンは棚の中にあったお菓子類々を取り出すとぬいぐるみの前に広げた。広げてすぐにアンは自分がやった行動に疑問を抱いた。
「あれ? ぬいぐるみってお菓子食べるかなぁ? というか、口も開かないのにどうやって食べるんだろう?」
ぬいぐるみの食事に興味が湧いていたアンだったが、まじまじと眺めていたところに扉からノック音が聞こえて来た。
「あれ? 誰だろう。は~い! 今行きま~す!!」
アンはぬいぐるみから目を離して扉の方に行き、鍵を開けて開いた。するとノックしたのはダンテだった。
「あれ? ダンテ君!? どうしたんですか突然」
「ああ、突然ごめんね。回復したって聞いたんだけど、やっぱり心配で……」
『あぁ、やっぱり優しい……』とほがらかな顔を浮かべてしまうアン。すぐに惚気をやめてまともな顔に戻しつつダンテを案内した。
「それは! わざわざありがとう!! どうぞ中に入って、お茶を用意するから」
「ああ、いや病み上がりの所をわざわざもったいないよ。でもお話はしたいかな。場所を言ってくれたら俺が入れるよ」
お言葉に甘えてダンテにお茶を入れるのを頼むことにしたアン。すると部屋を歩く道中にダンテは不自然に机の上に置かれているぬいぐるみの存在に気が付いた。
「おや? 机の上にぬいぐるみが」
「あ! 忘れてた!!」
お茶をするならばぬいぐるみを退かさなければと机に振り向いたアキは驚いた。つい先程ぬいぐるみの目の前に置いていた様々なお菓子が全て消え、乗せていたカゴのみが残っていた。
「い、今の一瞬で食べ切っちゃったの?」
「え?」
「ああ! いや、何でもないです」
アンは優しくぬいぐるみを持ち上げると、ベッドの枕元にそっと置いてからお茶が用意された席について談笑を楽しんだ。
ぬいぐるみは空気を読んでか動きはしなかったが、二人の仲睦まじい様子を一部始終見て何処か楽しそうにしていた。
しかし幸せな時間はもう短い。ダンテが帰っていき、静かになった部屋の中でその事実がアンの心に重くのし掛かってきた。
後どのくらい生きられるのだろう。そんな不安でいっぱいになってベッドに座り込むと、枕元にいたぬいぐるみが心配に思ったのか、彼女に近付いて手の甲をさすってきた。
「あなた……もしかして、励ましてくれているの?」
二度ほど頷くぬいぐるみ。可愛らしい仕草に少し毒気を抜かれたような思いを感じたアンは少し口角を上げつつぬいぐるみに掌を向けて乗るように進めた。
ぬいぐるみもこれに従ってアンの掌に飛び乗ると、アンはぬいぐるみを顔に近付けて今自分に起こっている現状を話した。
当然理解されるなんて思ってはいない。ただ押し潰されそうになっているプレッシャーを、誰かに話すことで紛らわせたかったのだ。
「私ね、この先処刑されちゃうの……この未来はもう今更変える事は出来ない。受け入れないといけないのは分かってる。
でも悔しいの……私は一度死んで、この世界に転生して、好きな人も出来た。やっと幸せになれそうっていうのに、もうどういっても破滅だなんて……ホントに……そんなのないよ……」
ほとんど独り言状態で話しながら、アンの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「変えられるなら、変えたいよ……こんな運命……私、ダンテ君に好きって伝えたい。あの人と、幸せになりたいのに……」
腕の力が弱くなり、ゆっくり下がっていくぬいぐるみ。ぬいぐるみは彼女の腕をさすって励ましそうとしてきたが、アンからすれば突然こんなことを言われて困惑しているのではないかと思った。
「変なこと言ってるよね。ごめん、忘れて……」
その日、アンは精神的な疲れからぐっすり眠ってしまった。ぬいぐるみは、そんな彼女を見て何かを思い立ったようだった。
翌朝、アンが目を覚ますと、部屋の中からぬいぐるみの姿が消えていた。
「何処に行っちゃったんだろう? 帰って行ったのかな?」
たった一日の縁ながら相談事をした相手と言うこともあって心配に思うアン。そんな彼女に、突然扉からノック音が聞こえてきた。
もしかしてまたダンテではないのかと飛び出して開けたアンだったが、そこにいたのは複数人の武装した男達だった。
(この人達……もしかして!!)
頭に悪い予感がよぎる。その予感は男の口から出て来た台詞によって当たっていたことが分かった。
「アン・ヌタリーだな! お前を国家反逆罪で逮捕する!!」
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普段は下記の作品を連載しております! ジャンル関係無し、何でもありの世界観を巡る冒険譚。ご興味がありましたらこちらも一読して貰えると嬉しいです!!
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