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はじまりの夜-7


「さて、取り出しましたはこちらの予めカクテルが合わされたシェイカー。あとはこちらをシェイクするだけでとってもおいしい『アリスちゃんのスペシャルカクテル』が完成致します。

で・す・が、こちらのカクテルを更に美味しくしてしまうおまじないがあるのです。

そのおまじないを一度唱える事であら不思議、こちらの美味しいカクテルが更にとっても美味しいカクテルに大変身してしまうのです。

そのおまじないがいったいどういうものなのか?気になります?気になっちゃいます?

もちろんお教えいたします。が、このおまじない、私だけがただおまじないをかけてもしっかりと効果が発揮されません。

皆さんのお力が必要なのです。

さあ!みなさんわたしのあとに続いて!おまじないを大きな声で!唱えて頂たいと思います。

あ、おまじないは振付もありますので、みなさんわたしのあとに続いて同じように振付してくださいね(はあと)。

よろしいですか!?」


「う、うす…」


「はあ…」


野太い声が要領得ない感じでまばらに返ってくる。

みんな突然のことで驚いているようだ。お互いの顔を見合わせたり「なにがはじまる?」「俺らもやんないといけないのか…?」と呟く者がいたり、

場は少し混乱しだした。

そんな場にわたしは更に追い打ちをかけるべく言葉を続ける。


「みなさんいいですか?これは親父さんに美味しいお酒を飲んでもらう為の大切な、とっても大切なことなのです。

皆さんの想いがしっかりとおまじないに乗ってこのカクテルに集まる事によってそれはもう素晴らしく美味しい萌え萌えドリンクが完成するのです。」


「も、萌え…?」


バンッ!!


机を叩いて見せる。痛い。めちゃくちゃ痛いが今は我慢。


「遊びでやってんじゃねんだ!親父に最高のお酒を飲ませてやろうとは思わねえのかお前ら!それが親父に対して忠義を示すってことじゃねえのかっ!!


いやわたし何言ってんだろう。意味分かんない。

いいや、勢いだ。このままこの勢いに任せていくしかない。


「よく言ったぜお嬢。あんたの言うとおりだ。よしお前ら!親父に俺たちの忠義をしっかり見せてやろうぜ!」


海堂が立ちあがり、わたしに続いて声を上げた。

少しまだ戸惑いながらも、海堂が立ち上がったことにより他の面々も立ち上がり声を上げる。


「よっしゃあああぁぁぁぁ!」


「姐さん、お願いしやす!」


ヤクザ達が一斉に席から立ちあがる。海堂がうまく盛りたててくれたおかげで彼らの息も沸き上がる。

これは非常に助かる。


「親父さんもご一緒にお願いします!」


「お、俺もかぃ?」


「もちろんです!本来はお飲みになる方がわたしと一緒にやるのが習わしなのですから」


「お、おうわかった…」


島田もしぶしぶ立ち上がる。でも満更でもないような表情をしていた。


「では参りましょう!」


拳を強く握り締め、高らかに振り上げる。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


男たちがそれに続き高らかに声を上げた。凄まじい熱気。場が一つにまとまろうとしていた。

いける。この勢いならいける。相手がヤクザのおっさん達だろうと関係ない。


深く深呼吸をして、両手を頭の上に当てて手の指はまっすぐ伸ばし、ちょこちょこ折り曲げながらうさぎさんのポーズ。

そしておまじないを唱える。


「ぴょんぴょん」


「ぴっ、ぴょっ!?」


会場に激震が走った。わたしの『お・ま・じ・な・い』というものがどういうものなのかを悟ったのだ。

そう、わたしはメイド喫茶で働いていた元メイドさん。わたしが出せるおススメと言ったらもうこれしかない。

これ以外の中途半端な対応は許されない。絶対に。これはわたしと、あなた達との真剣勝負。


「ぴょんぴょん」


硬直したまま動かない彼らに、わたしは促すように再度おまじないを唱える。うさぎさんのポーズは保ったまま。


「あれれ〜?やらないんですか〜?忠義は〜?みなさんの忠義はどうしちゃったんですかねぇ〜?」


更に彼らに追い打ちをかける。ここから始めなければ始まらないのだ。


「びょ゛ん゛びょ゛ん゛っ!」


きたっ!この会場にいる全員が今、一つの目標に向かっていこうとしている。

丸刈りのお兄さん。サングラスかけた天然パーマのおっさん達がわたしに続いて同じようにうさぎさんのポーズを決めながらおまじないを唱える。


続いて手の位置を顔の横に、軽く拳を握るようにして猫の手をつくる。ねこさんのポーズ。


「にゃんにゃん」


「に゛ゃ゛ん゛に゛ゃ゛ん゛っ゛!!」


禿げ散らかしたおっさんも、色黒アロハシャツのパツキンおにいさんも、完璧なねこさんのポーズを決める。なかなかやるじゃない。

でもまだまだこれからなんだから。今度は手のひらを大きく開いて、親指側と小指側を交互に前後させながら、おほしさまのポーズ。


「きらきら」


「き゛ぃら゛き゛ぃら゛あ゛ぁぁ!!!」


すごい!全員が見事なきらきらおほしさまのポーズを決めてくる。さすがヤクザの方たちねっ。わたしも負けていられないわ。

一歩後ろに下がりテーブルから少し距離をとる。テーブルの影に隠れて足が見えなくては意味がない。両手は軽く拳を握り体の少し前で肘を曲げて構える。

そして最大のポイントは足。右膝をなるべく横方向に、正面からでも足を曲げてるってわかるくらいに膝を曲げてうきうき気分なポーズ


「るんるん」


「ぅる゛ぅんっ゛る゛ぅんっ゛!!!!」


なんてことなの。彼らの適応能力ったら半端ないわ。渋いハードボイルド系なおじさまも、小太りでいかのも下っ端なおじさんも、皆がみんな完璧なポーズを決めている。

こんな場所にこんな逸材たちがいたなんて…ヤクザ…恐ろしい子達。


さぁ、そろそろラストスパートよ。みんなついてこれるかしら!?

握り締めたままの両拳をそのまま顎の下に、少し唇を尖らせて姿勢は低めにして上目づかいに。


「きゅんきゅん」


「き゛ゅぅぅ゛ん゛き゛ゅ゛ぅ゛ぅ゛ん゛!!!!!」


最高よあなた達!唇のとがらせ具合、上目遣いの目線の角度、これが天性の才能ってやつなのね。こんなに素晴らしいポーズは生まれて初めてよ!

いけるわ!これなら最高のいおまじないが完成する。この最後のおまじないによって!今!


「おいしくな〜れ」


「ぅお゛いぃ゛いし゛く゛な゛ああ゛あぁぁぁれ゛ええぇぇ゛ぇ!!!!!!」


「もえもえきゅん」


と唱えながら両手でハートマークの形をつくり、そのハートの形を崩さぬまま左右に動かす。

そして最後にそのハートをシェイカーに向けて突き出す。


「も゛え゛も゛え゛き゛ゅう゛う゛ぅぅぅぅ゛ん!!!!!!!!」


みんなの形作ったハートからそれぞれの想いが解き放たれる。おまじないによって高められた力がシェイカーの中に一つに集約されていく。

わかる。わたしにはわかるわ。このカクテルは最高の仕上がりになった。だってこれだけの、みんなの想いが、たくさん詰まっているんですもの。


全てが終わり、場は静寂に包まれる。誰も、何も話そうとせず、ただ、一つのシェイカーを見つめていた。

その表情は皆、全てをやり遂げた満足そうな、とても穏やかなものばかりだった。


「ありがとうございます。みなさんのおかげで、完成しました最高のカクテルがっ!!」


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


歓声をあげる男たち。互いの健闘を讃えあう。涙するものまで。美しい、これこそが真の極道…。


「さぁ、みなさんのおまじないによって最高に美味しくなったこちらのカクテル。お召し上がりください」


シェイカーの蓋を開け、カクテルグラスへと注がれる黄金の液体。その美しさに思わずため息を漏らすものもいた。

注がれたカクテルグラスを島田が持ち上げる。少しの間まっすぐにグラスの液体を見つめたのち、ゆっくりと口元へと運ぶ。

唇にグラスが触れ、ゆっくりと、ゆっくりと味わうようにその液体が注がれていく。

じっくりと時間をかけその液体を飲みほし、グラスを再びテーブルに置いた。

島田はとても真剣な表情をしていた。その表情からは彼の心境を読み取ることはできない。

その場の誰もが固唾を飲み、彼の次の行動を待った。


少しの沈黙ののち、島田の口が開いた。


「おう、最高に美味いじゃねえか」


皆が待ち望んでいたその言葉。


「お、親父いいいいぃぃぃぃぃ!」


「島田組ばんざああああああぁぁいいいぃ!!」


「お゛れ゛っ、おれ一生親父についていきますううぅぅぅぅっ!!」


素晴らしい…なんて素晴らしい光景なのかしら…。あんなにいがみ合っていたみんなが(アリスの妄想です)、大きな困難に立ち向かうため(アリスの妄想です)、みんなの心を一つにして、その困難を乗り越える事が出来た…(アリスの妄想です)

こんなにうれしい事はない…。わたしも精いっぱいやった甲斐があったわ…。



部屋の扉を開くとそこは異様な光景が広がっていた。アリスの服を着た女性がヤクザよろしくな形相の男たち(というかヤクザ)を前に、メイド喫茶でよく見るおまじないドリンクを披露しているのである。

そして女性に続くようにして男達も同じようにおまじないを唱え、あまつさえポーズまでしっかりと決めているではないか。


「な、なんなんですか…これは…」


扉から顔だけを差し込むようにして中の様子を窺うピーター。彼は目の前の光景にあいた口がふさがらず、目は点になってほぼ固まっていた。


「すごいわアリス。さすがねアリス。可愛いわアリス」


同じくピーターの下から顔を扉の隙間に差し込み中を窺ううさ子。彼女は目の前の光景に歓喜していた。瞳をきらきらと輝かせ、アリスの姿にうっとりとした表情をしている。


何やら決意し二階に上がっていったアリスの様子が気になり、ピーターはうさ子を連れだってきたのだが、その部屋の中のあまりの光景に、一人は委縮してしまい、もう一人は大変満足し、結局二人は最後まで部屋に踏み入ることなく、その一部始終を扉の隙間からのぞき見るだけであった。


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