はじまりの夜-6
「楽しそうじゃないか、響一」
「親父」
すぐ側に座っていた島田が声をかけてきた。今まで違う人と話をしていたみたいだけど、何度かこちらを見ていたのは気付いていたので、たぶん会話に入ってくるのだろうとは思っていたから今更怯えたりはしない。たぶん。
「親父の見込んだ通り、お嬢はなかなか面白い逸材かもしれませんよ」
「他ならぬうさ子さんの決めた方だからな。当然と言えば当然。とは言え……」
島田は一呼吸置いてわたしを見た。わたしの目を見た。静かで、重苦しい視線が向けられる。
「儂はまだ、君を完全に認めたわけではない」
島田の視線がわたしに向く。怖い。こわいこわいこわい。マジでこの人はヤバい。雰囲気とか目つきとか、常人のそれとは全く違う。
わたしは彼の視線に完全に交わらないよう、少し下を見るようにして何とか見つめ返すだけで精一杯だった。
「やはり儂自身で見極めたいところもある。さて……そうだな」
何か思いついたらしく、彼は空になったグラスを持ち上げわたしに差し出した。
「アリスさん、と仰ったかな。お酒がもうなくなってしまってね、儂はいつもこれしか飲まんから同じものをお代わりでも良いんだが、たまには違うものも飲んでみたい。貴女のオススメのお酒を儂に飲ませては貰えんだろうか?」
何をぅ。いきなりこの人は何を言ってくるのか。わたしお酒なんて殆ど飲んだことがないし。そもそも見極めたいとか言われてもやっぱり話の真意が見えてこない。まったくどいつもこいつもわたしに好き勝手言ってくれちゃって……。
「か、かしこまりました」
と、色々言いたいことはあったけれど、とりあえずわたしは大人しく、島田が差し出したグラスを受け取った。如何あっても断ることは出来ないだろうし、逆らえば命はない。絶対ない。
ここで失敗は許されない。きっと。
わたしは意を決して下の階に向かった。
お酒には全く詳しくないわたしが唯一知っているお酒がいくつかある。
「ピーター、これとこれの……」
特に、バイト時代に作っていたお酒。何回も何回も作っていたわたしの十八番。
「あぁ、それならありますよ。ちょっとだけ待ってください」
わたしが今一番自信を持って出すことが出来る唯一のお酒。
「あとこれもあると助かるんだけど……」
これは賭けだ。
「ありますよ。すぐ持ってきます」
結局、わたしがどうしてこんな状況なのかはよくわからないのだけれど。
「これで良いですか?」
何事も全力でぶつかっていけばなんとかなる。きっと。たぶん。
「うん。ありがとう。ちょっと行ってくる」
「頑張ってください」
準備は万端。さあ、わたしの本気を見せてやろうじゃあないか。