はじまりの夜-5
☆
「いやぁ、俺はてっきりコイツが姐さんの胸を揉んでしまったんかと思いましたよ、アハハハっ!」
「い、いやいや、肩がぶつかっただけですから……」
色々とあったけど、なんとか宴会が始まった。
パンチパーマの男、ジロウはどうやら勘違いしてスキンヘッドの男、サブロウことサブをぶん殴ったらしい。
「オメェもそれならそうと言えやコノヤロウ」
「すんませんアニキ。でも言う前にもう殴ってましたよアニキ」
「そうだっけか?アハハハ、そいつぁ悪かったなぁ兄弟」
「まあ飲めや」と、ジロウはサブのグラスにビールを注ぐ。サブはそれを一気に飲み干した。
「美味いか兄弟?」
「美味いっす、アニキ!」
二人は肩を組み楽しそうに笑っていた。さっきまでの事が嘘のようだ。わたしは苦笑いしか出来ない。
「あ、ビールの追加持ってきますね……」
「おぉ、姐さん、すんませんねぇ」
だれが姐さんやねん。なんて突っ込む気も起きず、なんとなく一旦この場から離れようと思い、部屋の端に置いてある冷蔵ショーケースに向かった。大きいタイプのショーケースで、持ってきた瓶ビールは全てここに一旦収められた。
何本か取り出し、テーブルの何ヶ所かに適当に置く。ジロウとサブにも渡して、そのまま周りを一周する。空いているお皿やらグラスやらを確認するためだ。
それにしても皆すごく楽しんでるなあ。
「おぉ、お嬢」
海堂がわたしに手を振っている。来い、と言っているのだろうかもしや。少し緊張しながらわたしは彼に近づく。
「さっきは驚かせちまってすまなかったな」
「あ、いえ……」
この人の雰囲気というか出で立ちも近寄りがたいものがある。サングラス越しでも彼の視線の圧力が伝わってくる。
「まあそう怯えんなって。取って食ったりしねぇから」
わたしの様子を察したらしく、彼はニッカリと笑ってみせた。こういう年上男性の無邪気な笑顔はなんとなく魅力的というか、格好良いなと思う。思うけど、まあ怖い。
「海堂さん、アリスに手を出したら私が許しませんよ」
いつの間にかうさ子さんがわたしの隣に立っていた。笑顔だが、目は笑っていない。
「わかってるって。うさ子さんを怒らせるような真似はしないさ。殺されちまう」
海堂はそう言って大袈裟に笑ってみせる。どうやらこの場で一番の強者はうさ子さんらしい。うさ子さん、本当に何者なのだろう……。
うさ子さんはわたしと海堂を交互に何度か見てから不気味な笑みを浮かべ部屋を出て行った。あれは…あれだ、何かあれば確実にヤる気だ。
「どうだ、店は慣れたか?」
と、言われても……。
「いえ…まだ今日が初日なのでなんとも……」
「あー、そうだったそうだった。まあ悪い場所じゃねぇだろ?ゆっくりやんなよ」
「はい……あの……」
「ん?なんだ?」
「どうしてわたしは、ここにいるんでしょう……?」
「……はあぁ?」
わたしの問いに、海堂は驚いたような意味がわからないというような表情を見せた。
「それは、あー…テツガク的な話か?」
「え、あ、いや、そういうことではなくて…あの、わたし…目が覚めたらここにいて、どうしてここにいるのかとか、うさ子さんやここの皆が誰なのかも記憶になくて…」
「記憶にない?それは、お嬢は記憶喪失なのかい?」
「い、いえいえ、自分のことはちゃんと覚えているんですけど……昨日どうやらわたし飲み過ぎてしまったらしくて……」
「飲み過ぎって、ハッハッハッ!そうか、それで記憶がないってか」
海堂は片手で頭を抱えるような仕草で大げさに笑った。
「あ、あの、笑い事ではなくてですねぇ、わたしほんとに困ってるんですよ」
わたしが反論しようとすると、彼はさらに笑いながら「ああ、もうわかった。わかったから…クックっ……ハッハッハッ!」という感じで静止される。
「あんた変わってるなぁ…」
失礼な!ヤの付く人に言われたくないわ!という言葉が喉まで出かけたが、さすがに飲み込んだ。
「な、なんでですか?わたしおかしいですか?」
いまだ笑いが止まぬ海藤に不満をぶつけるように聞く。
「おかしいだろ。記憶がなくてうさ子さん達の事も記憶にないってことだろ?そんなどこの誰かもわからんモン達の手伝いわざわざ引き受けてるってんだからよ。しかも極道の相手までさせられてんだぜ。普通断るだろ」
「う…た、たしかに……」
あー言っちゃった。この人極道って言っちゃった。なるべく考えないようにしてたのに、あー言っちゃった……ま、まあそれはもう考えない。うん。
しかし言われてみれば、わたしは特に断ることもしなかった。確かに出来たはずだ。断ることも、ここから逃げ出すことだって。
それをしなかったのは何故か?分かっている。うさ子さんだ。
「えーと…うさ子さんに頼まれると、なんか断りづらいというか、力になってあげたいなって思っちゃうんですよね……それに、初対面の筈なんですけど、なんとなく、初めて会った気がしなくて…なんだかとても懐かしく感じて……」
「ふーん、まあ縁ていうのは大事にしなきゃなんねえ。俺達の仕事もそうだしな。だから親父もあんたとのことも何かの縁だと感じ取ったのかもしんねなえなぁ」
サングラス越しではあったが、彼がわたしに対してすごく優しい目をしているように感じた。当たり前なことではあるけど、こういう人達でもこんな顔をするのだと思った。
しかし待て。今の話は……?
「なんのことですか?」
「ああ、そこら辺も覚えてないんだな。うさ子さんからも何か…聞いてないか?」
「はい……」
わたしはまた少し不安になったけど、彼の表情を見ると悪い話ではなさそうだ。
「そうか。まあ後で聞いてみな。楽しい話が聞けるぜ。それと一つ忠告しといてやるが、あんたはお人好しすぎるきらいがあるみたいだから、十分気をつけな。特にこの街では、な」
「え、あ……はい……」
この街……歌舞伎町……