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はじまりの夜-4

一階に戻りピーターにお酒の事を聞くと「こちらを持って行きます」と、カウンターに置かれた一升瓶と瓶ビールのケースが山積みになったものを示された。


「いっぱいあるのね……」


「ビールはボクにお任せくださいっス!」


接客を終えてこちらに戻ってきたトラ吉が言いながら間髪入れずビールのケースを山積みのまま軽々と持ち上げた。小柄で華奢そうなあの身体のどこにそんな力があるのだろうかとわたしは驚く。


「そ、それ一人で全部持って大丈夫なの?」


「大丈夫っス!これぐらい全然軽いっス!」


「こいつに持てないものはないので、大丈夫ですよ。アリスさんはこちらの日本酒を持っていってください」


ピーターは特に驚く様子もなく微笑み告げた。なんでもってなんやねん、とも思ったけどとりあえず突っ込むのはやめた。


「う、うん……」


わたしは一升瓶を抱え、軽い足取りで階段を登っていくトラ吉のあとを追う。ビールのあのケースって、一個だけでも相当重いよね。それをいくつも、あんなに軽々と……トラ吉、恐ろしい子……。

宴会部屋に戻りお酒を並べていく。

うさ子さんは島田と呼んでいた人と楽しげに話しをしていた。一体どういう関係なのだろう?こんなカタギじゃなさそうな人達と仲が良いなんて……でも歌舞伎町なら普通のことなのかな?よくそういう話や、ドラマやゲームなんかでもそういう題材があった気がする。

気になるところではあるけど、今はおしごとに集中しなければ。何かしでかしてしまえばきっと殺される。粗相のないように。ないように……。


どんっ


ぶつかった。わたしの腕が、めっちゃ厳つかれているスキンヘッドのお兄さんの肩にぶつかったのだ。ビールをテーブルに置く際に席と席の間に入って置こうとした際に、細心の注意を払っていたはずなのに……。

あぁ、オワタ……。わたしの人生オワタ……。


「も、申し訳……」


「すぅんません姐さん!お怪我はないですかぁ!?」


「おいサブ!おんめぇ姐さんになんて事しとんじゃこのヴォケがぁっ!!」


ドッゴオォッツ!!


「……え?」


一瞬何が起きたのか良く理解出来なかった。目の前で展開する光景が、まるで何かの映画を見ているかのような錯覚に陥るくらいの衝撃だった。

わたしはぶつかってしまったスキンヘッドのお兄さんに対し必死に謝ろうとした。しかしそれよりも早く、相手の方からの謝罪。しかも超絶的全力。だが、隣のパンチパーマのお兄さんからの怒号と共に放たれた拳がスキンヘッドの顔面にヒットし、彼はそのまま椅子から放られるようにして宙を舞い、そして後ろの壁に

突き刺さった。


「ず…ずびばずぇん……」


壁に突き刺さりながら、彼は微かな声を上げた。頭部と顔面は鮮血に染まっていた。身体はピクピクと痙攣している。控え目に言ってこれはもうほぼ死んでいると思う。

しかしパンチパーマは更に追い討ちをかけるように彼に近づき、両手で襟を掴んで身体を持ち上げた。


「サァブウウゥゥ!!オメェってやつぁいつもいつも……!」


「それぐらいにしとけジロウ!!親父の前だぞ!!」


海堂と名乗っていた男の一喝に、ジロウと呼ばれたパンチのお兄さんだけでなく、その場の誰もが身を竦めた。


「す、すんませんカシラ……」


「俺より親父に詫びいれろ」


「うっす!」


ジロウはサブを起こし(あんなに血ダラダラ流してるのに大丈夫なのだろうか……)、二人ですぐに島田のところまでいき深々と頭を下げた。


「親父、すんませんでした!」


「おうジロウ、サブ、指詰めろ」


「え……うっす!」


ちょ、ちょちょちょちょちょちょっと待って!

まさかわたしと肩がぶつかったくらいで、まさかそこまでやるか!?


「あ、あのっ、待ってください!」


「なんだお嬢ちゃん。何か儂にあるのかい?」


島田の視線がわたしに向く。鋭いその視線にわたしは身を震わせる。眼帯をしていて片目のみとはいえ、その眼力は凄まじいものだった。殺されると思った。それでも何とか喉の奥から声を絞り出す。


「な、なにも……そこまでしなくても……」


そこまでで精一杯だった。もう声が出ない。全身から汗が噴き出す。


「そこまでしなくてもいいんじゃないかと?残念だがこいつらはそれだけの事をしたんだ。恩人であるうさ子さんの店に迷惑かけて、儂の顔に泥を塗ったんだからな。ほらあの壁だよ。血で汚しちまって、ヒビまで入ってしまった。全く、若いもんは血の気が多くて仕方ねえ。」


言葉が出ない。島田の視線は真っ直ぐわたしの目を見続けている。その視線から逃れたくても逃れられない。まるで自分の身体ではないみたいに、指一本動かせない。


「お嬢ちゃんにも無礼を働いたしな」


いやいや、ただ肩がぶつかっただけだから!気にしてないから!むしろ悪いのわたしだから!

声に出そうとしても出せない。


「島田さん、うちのことは全然気にしなくて良いですよ」


うさ子さんが横からはいる。島田の視線は彼女に移る。彼と対峙しても、彼女は全く動じることなく、微笑んでいる。


「いやうさ子さん、ダメだよ。こいつらは頭悪いからしっかり叩き込んでやらないとな」


「私が気にしてない。って、言ってるんです……」


柔らかな表情だったうさ子さんが一変する。鋭い視線が島田に向けられる。その横顔、瞳は明らかに相手を殺すと言っている。一瞬、島田が表情を強張らせた気がした。

それからしばらく睨み合いが続いたが、やがて島田が視線を逸らせ、深くため息を吐いた。


「まあ……うさ子さんがそう言うのなら、この件はもう終わりにしよう。ジロウ、サブ、うさ子さんにしっかり詫びいれろよ。あとお嬢さんにもな。それで終いだ」


「はいっ!」


二人はわたしとうさ子さんに向き直り頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!」


「ええ。あとで壁と椅子の修理費請求させて頂きますね」


うさ子さんは再び柔らかい笑顔に戻りそう告げた。

わたしはもうなにがなんだか分からず、それでも一先ず自分が無事で要られていることに安堵し、力が抜けてその場に膝から崩れ座り込んだ。

もう訳がわからないよ……なんなのこの人達……。


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