はじまりの夜-3
「よう、うさ子さん。久しぶりだね」
「こんばんは、海藤さん。三か月ぶりかしら?確かボウリング大会で…」
「そうそう。あのときは惜しかったねえ。やっぱうさ子さんには敵わねえや」
「そんなご謙遜を。あの時はたまたまですよ、運がよかったんです。ひなこママもいなかったし」
先ほどわたしに話しかけてきたあのサングラス男とうさ子さんが親しげに話し始めた。どうやら知り合いらしい。
もしかしたらこの人達は見た目がアレなだけで、普通にカタギの方々なのだろうかと考えてみる。
わたしの視線に気づいたのか、その男、海藤はこちらの方を向き「おっと、悪いねえ」と言ってまた顎に手を当てる。
「つい話し込んじまうところだった」
「ごめんなさい。席は用意できているのですぐに案内しますね」
うさ子さんは入口に立っていた男たちを奥へと導く。その先はわたし達部屋からが下りてきた階段だった。わたしも後についていく。
歩きながらうさ子さんが振り返り口を開く。
「そういえば島田さんは?」
「ああ、親父も直に来るよ。なんで早速始めちゃって構わんよ」
「フフ、わかりました。すぐに料理と飲み物を運びますわ」
親父…それはあれよね。父親ってことよね。
なんてことを切に願っていると、一行は階段を上りすぐ側の両開きの扉に入った。
そこは、下のレストランと同じようなインテリア、広さも同じくらいの部屋だった。
しかしテーブルは大きな長テーブルが中央に一つ鎮座しており、椅子は数何十人が腰かけられるように並べられていた。
ここは団体のお客用の部屋なのだろう。
「こちらにお願いします」
「ああ、じゃあ失礼するよ」
海藤と数人の男たちはそれぞれ席に着く。
「アリス、お料理を運びましょう」
「あ、はい」
わたしとうさ子さんは一旦下の階に戻り、厨房へと向かう。
「さあ、ご予約の団体様がお着きよ。よろしくお願いね」
「うぃーーーーーっす!」
厨房の料理人達の勢いある声が上がる。しかしあの堂戸とかいうクズを見るとあまり覇気が感じられない。まあ特に相手をするのはよそう。
わたしとうさ子さんは出来上がっている料理を順番に運び始める。
再び上の階に上がり団体用の部屋に行くと、先ほどより人数が増えていた。十五人くらいかな。相変わらず皆カタギには見えない。
しかし深くは考えないほうがいい。彼らはただのお客様だ。見た目がアレでも、大丈夫。チャカで撃たれたりなんかするわけないじゃない。
そうだ、早く料理を運んでしまおう。あくまで落ち着いて、冷静に、クールに、クールよアリス。
「すまん皆、待たせたな」
テーブルに料理を並べ、準備を進めていたところに一人の着物姿の男性が姿を現す。
六十代くらいだろうか。初老と呼べるくらいの年齢だと思う。身長は高い。白髪交じりの長髪、立派な髭を生やし、左目に眼帯をしたその人物は杖をつきながらゆっくりと部屋へと足を踏み入れる。
傍にはサングラスに黒スーツの男が二人。
「親父、こちらへ」
海藤がすぐさま男のもとへ向かい、そして席へと案内する。
男は上座の席に着く。そのすぐ傍に海藤。サングラスの男二人は表情を一つも動かすことなく、席にはつかずすぐ後ろの両脇に立ったままでいた。
そしてまるで何かの流れでもあるかのように他の者達も直ぐに席につく。
初老の男が部屋に入ってきてから、空気は明らかに変わった。とても重く張りつめている。おそらく皆緊張しているのだと思う。それだけ男の放つ雰囲気が普通なものではないのだろう。
わたしにもなんとなくわかる。あれは絶対何人かヤッてる。うん、たぶんきっと。
「皆今日は久々の食事会だ。気を楽にして、大いに楽しんでくれ」
周囲の空気を察したのか、男は静かに皆に告げた。渋く低い声。わたしの好みだ。
「島田さん、本日はご来店ありがとうございます」
「やぁ、うさ子さん、今夜は世話になるよ。さっそくお酒を頂けるかな?いつものやつを頼むよ」
「かしこまりました。アリス、下からお酒を運んでくれる?ピーターに聞けばわかるわ」
「わ、わかりました」
うさ子さんは全く動じることなく、初老の男、島田と会話をしている。やはり海藤と同様に親しいようだ。つまりお店の常連、ということなのだろう…か?
なんて考えている場合でもないか。わたしは部屋を出て下の階へと向かう。「彼女が例のかね?」「ええ、そうです。あとで…」部屋を出る際、そんあ会話が微かに聞こえた気がした。