はじまりの夜-2
「予約してた島田ってんだが、ん、ねえちゃん見ねえ顔だな?」
「あ、は、はい、あの、今日から、働いてましてですね、その…」
先ほどまではなんでもなかったのに、のどがカラッカラに乾いている。声が思ったように出ない。喋らなければと思えば思うほど、わたしののど奥は固く閉ざされていく。
「あぁ、あんたが…」
声をかけてきたその集団の中の一人、色付きサングラスにオールバックの白スーツの男は、顎に手を添えながら、わたしのことを上から下までまじまじと見つめ「なるほどねえ…」と呟く。
「あ、あのぉ…」
「あぁ、すまねえなぁ、ねえちゃん。ビビらせちまったな。うさ子さん、いるかい?」
緊張から完全に固まって動けなくなっているわたしに気付いた男は、口元を軽くほころばせると、わたしの頭を優しく撫でてくれた。
「あ、は、はい。少々、お待ちください」
その撫でてくれた手が何故か心地よくあたたかくて、わたしの緊張を少し和らげてくれた。おかげでなんとか一礼し、動くことができた。うさ子さんを呼びにく。
「うさ子さん、あの、あちらのお客様が…」
見るとうさ子さんは厨房の方でまた堂戸と何やら揉めているようだった。そこにわたしが割って入ってきたから、彼の鋭い視線がこちらに伸びてくる。しかしこのダメ男のそんな視線なんぞ気にもならない。
「あら、島田さん達いらっしゃったのね。すぐ行くわ。堂戸くん、そんなわけだから言った通りにお願い…ね?」
「あ、ちょっとうさ子さん!」
引き留めようとする堂戸に対し、うさ子さんは一切振り返ることなく厨房から立ち去ってしまった。
「くそっ…なあ、おいお前」
「ん?なに?」
なんだ、わたしのせいだと言うのか貴様は。何を話していたのか知らないがわたしは全然悪くないからな。悪いのはお頭が鶏のように足りないお前のせいなのだぞ。
と、言おうとしたが、彼の口からは思っていたセリフとは全く違う言葉が出てきたのでわたしはその言葉を飲み込んだ。
「お前…鶏肉好きか…?」
「はい?」
彼の意図していることが何だったのかわからなかったが、わたしは正直に答えた。
「大好きだけど?」
わたしの返答を聞いた途端、彼の表情は殺気に満ち満ちたものへと変わっていく。
「くそっ、これだからビッチは…」
「誰がビッチだこのチンカス野郎!」
わたしは咄嗟にファイティングポーズをとる。この男、今度こそ息の根を止めてくれよう。
「おぉやるかこのビッチ。お前なんか油断しなければ簡単にぶちのめしてやるぜ」
対峙する二人。いよいよ決着をつけてやると思ったが、二人の間に割って入る者がいた。
「アリスも一緒に来て」
「あ、は~い」
わたしはあっさりと構えを解き、うさ子さんの後についていく。
「ぅおおぉいっ!ちょっとまてぇ!」
「うさ子さん、あいつか弱い女の子に向かってぶちのめすとか言うんですよ。ビッチとかひどいこと言うんです。わたしもうショックで立ち直れない…」
「堂戸、あなた、今月給料半分カットね」
「えええええええええええええええええええぇぇぇっ!?ちょ!?ま、待って!」
騒ぎ喚く彼を無視し、まるで汚物を見るかのような顔で厨房の扉を閉めるうさ子さん。素敵です。
「さあ、行きましょうか」
「は~い」
うさ子さんの表情が笑顔に戻る。わたしはそんな素敵な彼女のあとについていく。
その先には先程のカタギじゃない人たちがいた。
「まあ、やっぱりこうなりますよね…」