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はじまりの昼-11

「さあ、それじゃあ私達も早く準備しましょう」


「はいっ」


初めて着るはずの服なのに、袖を通してみると何故か懐かしさを感じる。

サイズは驚くほどぴったりだった。とてもしっくりとくるし、見た目のわりにとても動きやすい。

着てから姿見で改めてよく見てみると、本当にどこからどう見てもアリスだった。よくコスプレ用の衣装なんかで売っているやつがあるけど、ああいうのってなんとなくちゃっちぃ感じがあるよね。メイド喫茶で着ていたやつも、出来はそれなりで悪くなかったけど、それらとはちょっと比べ物にならない。これは生地の質感や細かい裁縫部分、装飾なども実に精巧に、丹念に作られている。どこかの職人さんが拘って作ったんだと思う。わたしにはちょっともったいない。


着終えてうさ子さんの方を見ると、彼女は白いシャツに細身の黒いパンツ、シャツの上に黒のベストと襟元には蝶ネクタイという、まるでバーテンダーのような格好になっていた。シンプルなだけに彼女の長身とスタイルの良さが実に引き立てられてるいる。


「か、かっこいぃ…」


思わず声に出ていた。しかしそんな一言では申し訳ないくらい、でも他にどう表現すれば彼女のその姿を表すのに相応しいのかがわからない。言葉が見つからない。

とにかくもう素晴らしい。最高、最上級なわけなのだ。


わたしの声にうさ子さんがこちらに振り向く。

そしてわたしを見た途端、彼女のウサミミがピクンと上に真っ直ぐに伸び上がる。


「アリスの方が何万倍も可愛いわよ」


にんまりと笑顔をほころばせながら彼女はわたしの頭を撫でた。


「とてもよく似合ってるわ。やっぱりアリス、私の見込んだ通りね」


わたしはなんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで、彼女に頭を撫でられている間固まったまま動けずにいた。


しかし時間を気にしていたことを思い出して、うさ子さんに告げる。


「あぁっ、そうだったわ。急いで行きましょう」



部屋を出て、さっき進んだ方とは逆方向にわたし達は進んだ。そして少し進んですぐに現れた階段を降りていく。

降りた階は広いフロアになっていた。と言っても大体教室一つ半分くらいの大きさだろうか。

階段の出口は壁際に位置していて、階段側の壁はカウンターになっていた。対面側壁には中央に大きめな両開きの扉と等間隔に窓が設置されていて、その窓の外からは夕日の紅い斜光が差し込んでいる。

フロアには可愛い模様のクロスで覆われた丸型テーブルとイスが千鳥状に並び、天井には立派なシャンデリアがぶら下がっていた。

全体的に西洋風の、とても静かで落ち着いた、しかしどこか不思議な雰囲気を思わせるインテリアになっている。


「あっ、きたきた〜っス!」


テーブルに食器を並べていた金髪君がわたし達に気付いた。今、このフロアにいるのはどうやら彼だけのようだ。


「あれっ?もしかしてアリスさんもお店に…?」


「えぇ。急だけど手伝ってもらうことにしたわ」


うさ子さんは答えながらカウンターの中へと足をを進めた。カウンターには階段側からそのまま入れるようになっている。更にカウンターの奥には通路があるらしいく、中は良く見えなかったけど、どうやらその先は厨房になっているようだ。包丁がまな板を叩く音が聞こえてくる。


「トラ吉、アリスにいろいろ教えてあげてね」


「了解っス!」


元気よく答えると、金髪君がわたしの方へと向かってきた。ウサミミが踊っている。


「トラ吉…くん?」


「はいっス!あれ?昨日教えたはずっスよね?」


だから昨日の事は覚えてないんだってば。

胸中で一人ごちてみるだけで、口には出さなかった。なんとなく…ね。

それにしても、トラ吉って、ウサミミ生えてんじゃん。と、ツッコみたかったけどそれも口には出さなかった。


「今日のレシピは?」


「そっちに置いてあるっスよ」


金髪くんことトラ吉くんの指した方に目をやると、カウンターテーブルの上になにやらA4サイズの冊子みたいなものが置かれていた。それがレストランなどで見るメニューであることは何となくわかった。しかし普通のレストランのそれなんかとは造りがぜんぜん違う。高級なレストランとかで出てきそうなやつだ。厚手でしっかりとした造りの表紙は全体が漆黒に覆われ、表にシンプルにMENUとだけ筆記体で書かれている。それ以外の装飾などは一切ないが逆にそれが気品さを醸し出していた。


うさ子さんはそのメニューを置いたままページを開いた。

目を通しながら煙草を取り出し、マッチを擦って緑色の火を生み出し煙草のその先端へとうつした。見たことのない銘柄の煙草で、色が茶色くて葉巻みたいだと思った。


「ピーターは?」


うさ子さんが煙を天井に吹き出しながら聞く。きれいな煙だった。いや、単にイメージなんだと思う。

ただ、うさ子さんのその姿があまりにも絵になっていたからきっとそう感じたのだろう。


「堂戸さんに頼まれて買い出しっス!」


「堂戸はキッチンよね?」


「はいっス!仕込み中っス!」


あいつ、さっき上で死んでたのにいつの間に…。


もう少しくらわせておけば良かったかなんて考えが浮かんだけど、さすがにまずいか。あいつもここのスタッフ?みただいだし。まあ使いモノになってるのか怪しいもんですけど。


うさ子さんはしばらくメニューとにらめっこしていたが、煙草の火を消して小さくため息をつくと「やっぱり鶏肉がないわ…」と小さくつぶやきながらゆっくりと立ち上がり、そのままキッチンの方へと入っていった。

どことなく重い空気が立ちこめていたのはたぶん気のせいじゃない。うさ子さん、ちょっと怒っているように見えたな。


「あ、いつものことっスから、気にしなくて大丈夫ッスよ」


わたしが不安そうにしていたのに気づいたのだろう。トラ吉くんが無邪気に笑って見せた。


「うるっせぇ!うさ子さんはいちいち口出ししないでくれっていつも言ってんでしょうが!!」


キッチンから男の声が響いてきた。この非常に耳障りな声は聞き覚えがある。あいつだ。ドウドってやつだ。

一体なにを叫んでいるのかよくわからなかったけど、相手はやはりうさ子さんらしかった。あの男とは違って非常に落ち着いたトーンの声がかすかに聞こえてくる。内容はよく聞き取れなかったけど、終始うさ子さんのペースであったのは確かだ。やれやれ、あのドウドってやつ、ヒステリックに叫んだりして聞き苦しいったらありゃしない。


「うああああぁぁぁっ!!俺にそんなことは出来ないって言ってるじゃないですか!!」


なにが出来ないのだろう?ま、興味ないけど。


「で、わたしはどうしたらいいのかな?」


わたしはもう聞く気もなかったので、トラ吉くんにさっさと作業を教えてもらうことにした。早くしないと開店しちゃうんだよね。


「あ、そうでしたっス。それじゃ早速アリスさんに色々説明するっスね」

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