はじまりの昼-10
早速その服を袖に通してみようとして、ふとあることを思い出して止まった。
下着がない。
「あ、あの、うさ子さん…」
「ん?なあにアリス」
ベッドに座り、わたしが着替えようとしている姿を満面の笑顔で見ているうさ子さん。ウサミミが踊っている。
あのウサミミは本人以上に気持ちが現れているのだろうとわたしは思う。
まあそんなことは今はいいとしてですね。
「あの、わたしの下着って…どこですか?」
「下着?あ、そっか。ごめんね。アリスの服全部洗濯して干したままだったのよ。取ってくるからちょっと待ってて」
うさ子さんは立ち上がるとそのまままた部屋を出ていってしまった。またタオルだけで出ていってしまったのは言うまでもない。きっとあれが彼女にとっての普通なのだ。
わたしはまたベッドに腰掛け、そのまま後ろに倒れ仰向けに寝っ転がった。
天井を見つめる。
真っ白な天井。今日、最初に目を覚ましたときもこの天井が最初に視界に入ってきた。
聞きたい事は山ほどある。でも、今はいいか。この流れに身を任せちゃうのも。みんな悪い人たちではなさそ…
ドバタンっ!
「おぉいてめぇら!!いい加減早く来いってんだよ!店開ける時間だぞ!」
…なんだろうこれ。遠い昔に確かこんなことがあったような気がする。
そうそう、ノックもなしにいきなり入ってきて人の裸を見やがった男がいたんだ。丁度この今目の前にいる金髪のチャラ男みたいな感じに入ってきたんだ。
悪い奴一人だけいたわ。
「おら早くこ…い……ちょ…ぉ…」
そうそう、こんなリアクションしてたな。んで顔がゆでダコみたいになって…。
「っざけんなあああああああぁぁっ!!」
全てを理解し切る前に、わたしのスイッチはオンになった。
ベッドから勢い良く飛び起きると、その反動のまま玄関でオロオロしていたあの金髪男(確かドウドウとか言ったか?まあ名前なんてどうでもいい)に向かって一瞬の間に突っ込んでいく。低い姿勢から速度は落とすことなく男の三歩手前あたりの所から反動を付けて跳び、右足を奴の顔面目掛けて突き出した。
「ふごぉっ!!」
わたしの足の裏が見事に顔面に命中し、男は鈍い音と変な叫びを小さく上げる。そしてそのまま蹴りの反動で男は後方へと放られるように飛んだ。その姿をうまく床に着地しながらわたしはとても愉快な気持ちで見ていた。裸でこんな風にキレイに蹴りを決められて実に気分が良い。とてもすっきりした。
しかしその反面、わたしの中で煮え滾っていた怒りも大きく爆発してみせた。
「おいこのチンカス野郎!!一度ならず二度までもわたしの裸をタダ見しやがってぇ!乙女の部屋に入るときはノックをしてからお伺いをたててちゃんと了承を頂いてからドアを開けるのが筋ってぇもんだろがっ!!そんなこともわからねぇなんて脳みそゾウリムシ以下かおめぇは!!」
「が、がぉ…」
部屋の外まで吹っ飛んだ男は、倒れたまま顔面を両手で押さえながら呻いていた。
「あら、どうかしたの?」
そこへうさ子さんが戻ってきた。服と下着を抱えている。見覚えがある。
「あ、それわたしの服ですよねっ」
わたしが聞くと、うさ子さんはにっこりと微笑んで「そうよ。はい」とわたしに差し出してきた。
いやー目が覚めたときは服が無くてすごく焦ったけど、こうして戻ってきてなんだかほっとした。
「ドウド君、こんなとこで寝てる場合じゃないわよ。もうすぐお店開ける時間なんだから準備急いでくれるかしら?」
「う…お、俺は…呼びに…き……」
「まったく困ったものだわ。下ごしらえとかちゃんと済ませてあるんでしょうね?イスミがいないんだから君がしっかりしてくれないと…」
わたしは敢えて何も言わなかった。彼の弁明をする気は毛頭ない。
「私達もすぐにおりていくから、早く準備お願いね」
うさ子さんは彼の返事を待たず、扉を閉めた。可哀相とは思わない。いい気味だった。