はじまりの昼-3
がちゃっ
何のためらいもなく、わたしはその扉のノブを回す。
扉は簡単に動き出す。押す扉。押す扉は明日を動かし、引く扉は昨日を変える。そして引き戸は今日を車線変更する。区切られた空間をつなぎ合わせるとはそういうことなのだと思う。
だから扉を押し開けたことで明日が少しでも良い方向へと動き出すよう、ちょっと祈ってみた。祈りながら、扉の向こうへと一歩踏み出す。
風がわたしの身体を邪魔だと言いたげにぶつかりながらも意志を押し通すが如く流れていく。この風は素直で真っ直ぐな風。
その風の流れていった方向へと視線を移す。
そこは、どこにでもあるような、ビルの横にある階段の踊り場。
あずき色?みたいな鉄製の非常階段。ところどころが錆びて少し欠けているところまである。
踊り場から広がる景色は、どこかで見たことあるようなありふれた街並みがただただ延延と広がっていた。
目の前に広がるその世界は、不思議の国でもなんでもなかった。
ありふれた景色というのは、場所を特定することが難しい。
「ここ…どこだ?」
「あれ?アリスさんじゃないっスか?」
不意に聞こえてきた声。
私は少し驚いて、その声の方へと反射的に視線を向けた。
見ると、階段に腰掛けた男が二人。
スーツ姿で一人は金髪ロング、もう一人は黒髪で眼鏡。二人ともスーツだけどネクタイはしていなくて、シャツのボタンをずいぶん下まで開けていた。きっと普通にイケメンな人たちなんだろうけど、わたしは
大して興味がないのでなんの感情も湧いてこない。世のイケメン大好き女子が見たらきっとキャーキャー言うんだろうな。まあようするにそれくらいそこにいた二人の男はイイ男だった。
う~ん、あれだな。ホストだな。雰囲気というか、格好がそうとしか思えない。
って、別にホストに行った事もないし、詳しくもないから実際のところはわからないのだけれど。
ただ…いや、あからさまにおかしなオプションが一つ…というか1セットか…。
ま、まあさっきも同じような光景を見たわけだし、初見ほどの驚きはないのだが……。
なぜ二人ともウサミミなんだ…?
現実へと押し戻されつつあったわたしの思考回路が再び不思議の国仕様へと切り替わっていく。
「あ、あのぅ…」
「アリスさん、こんなとこに来て、どうかしたんスか?」
笑顔の金髪ロンゲウサミミホストくん。結構可愛い。
「って、な、なんですかその格好。だめですよ、女性がそんな格好でふらついてちゃ」
眼鏡をくいっと上げるお決まりのモーション。クールな黒髪眼鏡ウサミミホストくん。こちらもなかなか…。
二人は吹かしていた煙草を携帯灰皿に入れ(格好の割りに律儀だなぁ)、立ち上がるとわたしに近づいてくる。行動があまりに素早かくて、わたしは何の反応も出来ないまま、二人に手を引かれて出てきた扉へと連れ戻されてしまった。
「部屋に戻るっスよ」
「出歩くのなら、ちゃんと服着てください」
二人はわたしを強制的に、でも優しく手を引いていってくれた。美男子二人に手を引かれるのは悪い気はしない。ちょっとドキドキしさえする。
しかしわたしのこの格好は確かに頂けない。素っ裸の上に布団を身体に巻いただけという、コントとしか思えないような格好。これが薄いシーツとかならまだいくらか様になっていたかもしれない。ででも、あの時は咄嗟にこの分厚くて温かくて、それでいて羽毛なのでちょ~軽くて通気性にも優れた布団を選んでしまったのだ。確かにこちらの方が機能的には優れている。が、しかし、しかし、女性はやはり機能より見た目、デザイン命なのだ。これじゃあなんかスマキにされてギャング(二人ともスーツだしね)に連行されるおバカなスパイみたい。ああ、わたしってばこのまま東京湾に沈められるのね……。