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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

イースランドの物語 ~償い~

明日への笑顔 ~『オアシスを君に』余話

作者: くじら







 あのクソどうでもいい200回位地獄の業火に焼かれてしまえ爺の国葬の後、

 マスターと一緒に遠方の国境の教会で、かつてその教会の神父でもあったマスターの無二の友・マクスウェルさんの霊の冥福をその場にいた関係者も含めたみんなで神様に祈ってもらい、

 マスターはどこか重い荷物を降ろしたような表情になった。


 前の笑顔が固かったわけでは決して無いのだが、最近のマスターの笑顔は前よりも内面がキラキラ輝いているような、透き通るような眩しい笑顔になった。

 溢れるような笑顔って言うのか?花がほころぶような笑顔って言うの?

 いや40代半ばのおじさまに使う表現でないのはこちらも承知してるんでけどね………

(ちなみにマスターの年齢を聞いたらなんとジェイムズ中佐と同じ45歳だった!見えない!ぶっちゃけ俺と近いと思ってた!)

 ………ちょっと………破壊力ありすぎなんですけど………(照)


 他の客共も一目で分かるらしく、最近マスターはよく男女問わずモーションをかけられるので、こちらとしては気が気でない。


 男の客がさりげなく(さりげなくなってないが)マスターの腰や肩や腕に手を伸ばしてソフトタッチしている時など、俺はそいつを確実に呪い殺せる勢いの殺意の眼差しで睨み続けるので、

 いつの間にか『オアシス』の常連客からの俺の呼び名は《マスターの番犬》になっていた。


 何故だろう、このカンジ。悪くない………(末期)







 そんな俺は今日も『オアシス』に癒されに行く。


「いらっしゃい、リカルド君」


 ああ、今日もマスターが眩しい………。

 今俺は言語説明の限界に苦しんでいる!

 俺は基本的にあまり人の顔に興味ないというか、(自慢じゃないが今までの彼女はみんなあっちから告られるがまま付き合っていた)

 さらに野郎の顔面になんかこれまでの人生全く興味なかったので、マスターがイケメンとかハーフっぽいとか職場のチュンチュン女子共が下世話な話をヒソヒソしてるの、今までなんとも思わず聞き流してたんだけど、

 この人の顔面て今こそそのポテンシャルを最大発揮させちゃってると思うんだよね。

 できれば抑えて欲しい。これ以上余計な虫を寄せて欲しくない。


 まぁでもマスターって元諜報部メンバーだから余計な虫来てもマスターが本気出したら瞬殺だと思うけどね?

 諜報部の隊員って一応格闘術だけでなく暗殺術も一通り使えるレベルまで習得しなきゃいかんからね。


「いつものでいいかな?」

「はい、お願いします」


 大好きな沈黙の時間。

 コーヒーを淹れる時のすごくいい薫りが辺りに漂う。

 本来このコーヒーを淹れてる時の馥郁としたアロマを味わうだけも金払うべきじゃないかと思うよね。

 あ、でも俺の決して多くない趣味の一つが

『たまに晩酌しながら毎月限りなく少額ながらも着実に増えていく銀行通帳の預金残高を見てニマニマすること』

 なので、できれば取らないでいてくださるとありがたいです………。


 そしてマスターがそっと俺の前に出してくれた、いつもの俺の大好物。マスターオリジナルブレンド・濃い目。

 ああ~しあわせ~~~………………………。

 すべてのどうでもいいストレスと雑念を一瞬で雲散霧消する最高の薫りと、この他のどこにも出せないあったかい苦味。

 俺この時間の為に生きてるわ………。






「この前、ゆっくりオリヴィエと話せたよ」


 オリヴィエというのはマスターの親友であったマクスウェルさんの妹さんのこと。

 食堂の厨房にいるという。


 あの今や本部内の新たな伝説となった『オアシスのマスターが金狼のほっぺにパーン事件』の元になった女性だ。


 驚くことに、あの国葬豚野郎(太ってはいないけど精神的に)からの遺言で、豚の死後オリヴィエさんには豚から少なくない額の遺産贈与がされたらしい。

 生前1度もまともに話した事がない豚から遺産贈与されていたと知り、オリヴィエさんは驚愕したという。


 しかしオリヴィエさんは、その全額を軍の傷痍軍人支援窓口に寄付されたとのこと。


 豚の残した途方もない額の遺産のほとんどは、同じく豚の遺言でかつての大戦被害地域の復興に寄付されるようになっていたそうで、逆になんでそれほどまでに優れた人格者でもあった豚が、マクスウェルさんに対してだけあんな風になってしまったのか理解に苦しむけど、きっと豚の脳内なんか誰にも分からないのだろう。


 豚はマクスウェルさんと(無理やり)養子縁組した段階で、自分とマクスウェルさんを同じ墓に入れるようにとも遺言書に追記させてたらしく、オリヴィエさんはそのことに泣きながら笑っていたという。

 自分の兄の汚名を耐えながら10年本部に居続けたオリヴィエさんは、その兄の遺体を取り戻そうとはしなかったとのこと。


「アドルフ大将はきっとすごく寂しがり屋なんだと思いますから」と。


 おい豚野郎聞いてるか。いや聞け。オリヴィエさんがこれを言えるまでに果たしてどれだけの葛藤があったのか、豚に思い知らせてやりたい。死んでるけど。

 俺はオリヴィエさんの気持ちを思うとやりきれない。

 でも、オリヴィエさんは本部をやめなかった。ジェイムズ中佐と同じく、その重すぎる選択と生き様に、俺が言うことなんか何もない。


 豚はさすが大陸最高の智将と称されただけあって、1年前からマクスウェルさんを別邸に囲っていたことを、その死まで軍関係者にも隠し通していた。

 その時に敷地内に墓も作らせていたらしい。

 すべてを見通す神の眼と呼ばれていた豚は、マクスウェルさんと事故死することも予測していたのだろうか。

 そんなことはないと思いたい。

 オリヴィエさんは先日、墓参りに行ってきたという。

 その墓碑は大陸の神将と呼ばれた偉人のものとしてはあまりに小さく、実績や栄光を称える銘も何もなく、ただ一輪の花が隅に小さく彫られていたらしい。

 その花とはラベンダー。

 マクスウェルさんが生前好んでいた花だった。

 それを聞いて、オリヴィエさんの先ほどの言葉が、少しだけ分かったような気がした。





「オリヴィエともジェイムズとも、10年ぶりに話せた。

 リカルド君がいなかったら、僕はこの一歩を踏み出せなかった。

 リカルド君本当にありがとう」

「いえ、そんなことは………」

「本当だよ。きっと僕一人なら、マックの死を乗り越えられなかったと思う。だから………」


 マスターの次の言葉を待つ。


「今度は僕がリカルド君の力になりたい。何か僕にできることはないだろうか」


 俺はすぐに返事を口走っていた。


「じゃあ、俺のわがままを聞いていただけませんか?」







 マスターは困った顔で俺を見上げている。

(どうでもいい話だが俺はマスターより頭一つ分位身長が高い。たまに本部で一般の人に軍人に間違われたりする)


「リカルド君、これでいいのかな?」

「いや、俺じゃなくてマスターが選ぶんですよ」

「でも、どうしたらいいか分からないよ………」


 俺とマスターは今、王都で今平民層に大人気のオシャンティーな家具屋に来ている。

 マスターの2階居住スペースのあの絶望的な殺風景さをどうにかして欲しくて、俺は週末にマスターを拉致したというわけ。


「マスター、『オアシス』店内の飾り付けは完璧なのに、何でご自分の住んでる場所の空間演出スキルがゼロなんですか」

「ええ………そんなこと言われても………僕前職がなるべく対象者に応じてバラバラの個性を見せないといけない仕事だったから、プライベートでどうしたらいいかよく分からないんだよね………」


 マジかー。そっちかー。

 ある種の職業病だったのね………。


「分かりました。じゃあ俺の好みを押し付けていいですか?」

「うん。そうしてくれるとすごく嬉しいよ」

「言質は取りましたからね」

「うん。何もかも全部リカルド君の好きにしていいよ」


 ………ヤバい。今の言葉はヤバい。

『何もかも全部リカルド君の好きにしていいよ』………

 ああ~!好きにしてぇ~~~!あんな事やこんな事してぇ~!!


 そんな内心の暴れん坊将軍はおくびにも出さず、俺は紳士のツラをして店員にそれじゃとばかりに淡々と注文しまくる。

 そして全部後日配達してもらう。もちろんその時は俺も立ち会うつもりだ。マスターに任せたらどうなるか分からんからね。

 もちろん全部俺の出費。だって好きにしていいので。

 お財布が軽くなるの普段は1ゴールド単位で断固拒否だけど、これに関しては全然惜しくないから不思議だ。これが男気ハイか。




 すると


「あ、これ………」

「どうしました?」


 マスターが立ち止まったのは、1枚の絵画の前。

 マスターは消え入りそうな声で


「うん、なんかいいなって………」

「分かりました。これもお願いします」

「え!」

「いや全部好きにさせてください」

「………………………」

「あ、これは配達じゃありません。今持って帰ります。適当に包んでください」


 マスターは滅多に見せないさらに困った表情で少しモジモジしていた。








 日が暮れる前に『オアシス』に戻れたので、俺はマスターに続いて2階に上がる。

 ここに入るのはこれが3回目。

 はじめてここに入った日の夜を思い出す。


 ………ダメだ、反応するな俺の下半身………

 今日はそういう日じゃない。分かってるだろう俺の下半身………

 お前は聞き分けいい子のはずだ頼むから帰るまで静かにしていてくれ俺の下半身………

 そんな床の上をゴロゴロ転げまわってる心境はおくびにも出さず、俺は紳士に徹して部屋の中を見渡す。


「ここですかね」


 明日にはこの空間には壁掛け時計や観葉植物複数やラグや本棚や雑貨棚、ソファーセットやカーテンやその他とにかく色んなものが来る予定で、俺の心の目にはその完成図がハッキリクッキリ見えている。

 その明日には完成する空間の最後のピースになるように、寝室の中央やや左寄りの壁に、その絵画を掛けた。

 絵画は、暖かい木漏れ日の下、互いに寄り添うように咲いてる二輪のラベンダー。

 マスターがこの絵画に何をイメージしたのかは分からない。

 でも俺はそこに、マスターの明日への希望の思いを見た気がした。


「これでよし。明日全部の家具が配置されたら、バッチリ空間のバランスが取れます。安心してください」

「うん………」


 あ、そうだった。マスターに言っても分かんないのか。まぁいいや。

 明日は休日なのでまた来させてもらって午前中のうちに軽く拭き掃除だ。家具が届くのは昼過ぎなので、それまでにね。

 マスターはこまめに掃除されてる方だと見てて分かるけど、ほら、新しい家具が来る時って、なるべく綺麗な状態で置いてあげたいじゃん。

 てか、セティも含めた前の彼女達と家具買ってた時はこんな事微塵も思わずすべて適当だったので、俺って何気に歴代彼女に対して無関心すぎだったんだな~。





 そうして掛けた絵画を眺めていると、いつの間にかマスターがお茶を淹れてくれていた。

 俺はベッド横の一人掛けのサイドチェアに腰を下ろしてお茶をいただく。

 ラベンダーと何かがブレンドされたハーブティーに、俺の好きなビターチョコ。

 おいちい。

 一息ついて、ふとそこで気づいた。




 目の前のサイドテーブル、あの日ブランデー置いてたとこだよなと。




 あ。ヤバい。

 あわてて立ち上がる。

「マスター、ごちそうさまでした。じゃあ俺、また明日午前中に来ますね」

 そのまま玄関に向かおうとした俺の袖をマスターが掴んだ。


「………リカルド君」

「………はい」

「僕じゃダメかな………」

「ダメじゃないです………」

「本当に………?」

「むしろそれは俺の望みです」


 そのままマスターをベッドに押し倒した。

 もうこれ以上のやりとりは要らない。











 そのまま俺はつい調子に乗って明け方近くまでサミュと(略)してしまい、

(よく考えたらイタしはじめたの夕方だったわ)

 次の日、喉が枯れ果てたサミュにちょこっと、いや、かなり怒られた。

 すごい不機嫌な『おこってます!』な顔して口を一生懸命パクパクしてシーツをパンパン叩いてた。

 その怒ってるサミュの姿も超可愛かったけど、それを言うとマジギレさせてしまうのが分からない程俺は空気読めない子ではないので、黙って反省するフリをした。


 そのまま帰宅せず謹んで拭き掃除させていただきました。

 家具が来る頃にはようやくサミュの体が回復してきたので、

 配達員と一緒に並べてたら、まだ若干ふらついてるサミュがうっすらと目に涙を浮かべていた。

 あれはきっと嬉し涙だったにちがいない。

 そうだよね?


 てか俺ってこんなにがっつく方じゃなかったんだけどなぁ。

 おかしい。()せぬ。




 サミュの部屋に俺の荷物が入り始めるのは、それから半年ほど経ってからのお話。








(終)









最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!



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