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4ページ目

 夏休みに入り、あっという間に折り返し地点に着いた。今日は8月15日。お盆も終盤に差し掛かっている。ショッピングモールで久遠と買い物をすることになっていた。


「あのさ、一つ言いたいことあるんだけど良い?」


 ショッピングモールに着いて早々(そうそう)キツめの声が飛んでくる。


「ん?」


「メール!もうちょっと分かりやすくしてよ?なんのために本読んでるの?」


「なんの話だよ」


「だから、昨日のメールじゃん!なによ『付き合ってくれない?』って!告白の以外の何物でも無いじゃない!」


 昨日のトーク画面を俺に見せながら久遠は優しく地団駄を踏む。ショッピングモールの地面と擦れ合い、キュピッと高い音が鳴る。


「その後『栞の誕生日プレゼント買いたいから』って送っただろ」


「3分後だけどね。勘違いするには充分すぎるし」


「しょうがないだろ。恥ずかしかったんだから」


 実際、《《栞》》にするか《《綾波さん》》にするかで一分、《《買いたいから》》か《《買ってあげたいから》》にするかで一分。気持ち悪く無いか確認するのに一分。良心的な時間配分なはずだ。


「乙女か!なんで『付き合って』はすぐ送れて誕プレの相談は3分かかるのよ!」


「ぐうの音も出ないです」


 白いシャツに青色のオーバーオールは夏らしさと幼さを全面的に押し出しており、小学生の頃の久遠を思い出させる。


「いいよ、もう……ちゃっちゃと終わらせちゃおう。で、何が良いとかある?」


「うーん…何が良いかな?」


「そっから丸投げ?!もうそれ私からの誕プレじゃん」


「ぐうの音も出ないぐう」


「出てる出てる」


 2人で笑い合いながら適当に進む。服やお菓子、イヤリングに香水などここにはほとんどのものが売ってある。雑に見ていけばそれらしいものは見つかりそうだ。


 歩いているといちごの様な臭いが嗅覚を優しく撫でた。匂いに視線を動かすと、夏の花が色鮮やかに店の前を覆う花屋を見つけた。


「久遠、花とかどうだ?」


「臭い、臭い、臭い、蓮って時々バカだよね?蓮の読んでる本で花を渡してる主人公見たことある?」


「あるけど……」


「それでうまく行った?」


「無かったことにしてくれ」


 そうか、花は臭いのか…いい案だと思ったんだが。なんて考えていると花屋の店員に声をかけられる。


「気になるなら見ていくだけでもどうですか?」


 振り向くと二十台中盤の若い女性が花束を持って笑顔で微笑んでいた。白い制服に緑のエプロン。胸元には筆記体で店名前が書いてある。


 抱えている紫の小さい花からは花特有の甘い香りが漂って、まさに花屋の店員。上手く言うなら華があると言ったところだ。


「この花が気になるんですか?この花はスターチスと言って、春に咲く花なのに夏まで長持ちする力強い花なんですよ」


「小さいのに強いんですね」


 美人店員さんの笑顔に負け、こちらも笑顔で返答する。ポンっと肩を叩かれ振り返ると久遠がやれやれと言った顔でこちらを見ている。


「はぁー、ちょっと寄ってみる?」


「頼む」


 短く応答し、店に入ると今まで以上に花の匂いが強くなる。ただそれは、キツイ匂いではなく華やかと表現するにふさわしい匂いだった。


「友人の誕生日プレゼントを買いに来たんですけど良いのありますかね?」


「誕生日ならその人の誕生花を買うのはいかがでしょう?ロマンチックで重すぎない一品ですよ」


「ほら、重すぎないって」


 俺は久遠に目をやる。


「あっちも商売だから。実際花渡されてもちょっと困るし」


()がないな。二つの意味で」


「あんまり上手くないよ」


 呆れ顔で言う久遠に苦笑しながらもう一度辺りの花を見渡してみる。


 向日葵(ひまわり)や人工的に作られた感満載の紫陽花(あじさい)、真っ赤に染まるハイビスカスにオシャレな匂いのラベンダー。花にあまり詳しくない俺でも知っているものから見たことない花まで多種多様だ。


「相手の誕生日はいつですか?」


「8月23日ですね」


「だったら…月下美人(げっかびじん)とかいかがでしょうか?一晩に一度しか咲かないと言われてるほど希少な花で少々お高くなってしまいますが。花言葉は『艶やかな美人』ですよ」


「ピッタリだな……」


 花言葉や誕生花自体は聞いたことがあったがそれを組み合わせて想いを届けたりするものなのか……。


 花ひとつでも買うってのは難しいらしい。


「すみません!因みに8月18日は何ですか?」


 何を思ったのか久遠も自分の誕生日を口にする。


「エーデルワイスとかでしょうか?花言葉は色々ありますが、渡す時の意味だと『大切な思い出』、相手への性格などなら『大胆不敵』ですね」


「ピッタリだな。くくっ、大胆不敵……」


「笑うなっ!」


 久遠が俺の横腹を膝で()つく。大胆不敵とは、恐れず動じないことを指す。本当にピッタリだ。


「4月18日は何ですか?」


 久遠が話を逸らすためか俺の誕生日をあげる。


「さっき見せたスターチスは4月18日ですよ。他ならアルストロメリアとかですね」


「アルミストローマニア?」


「アルストロメリアな。文字数ぐらい合わせろ」


 アルミストローで訳わかんないのにアルミストローマニアはもっと訳がわからない。久遠なりのボケなのだろうがツッコミのハードルが高すぎる。


「花言葉は確か…『持続』、『未来への憧れ』とかですかね」


 言ったら失礼なので言わないが面白くない。その面白くなさが逆に俺を体現していると思えるほどに何もない。


 それを共有するかの様に俺と久遠は見つめ合う。俺たちの満足いかない顔に店員さんは何かを感じ取ったのかさらに付け足した。


「あっ!『エキゾチック』や『小悪魔的な思い』なんてものもありますよ!」


「エキゾチックって?」


「異国文化を味わったり、異国文化そのもののことだったりだな」


「面白くないね」


 よく店員の前で言えたな。さすが大胆不敵。俺たちがそんな会話をしていると店員さんが優しい声で助言をくれた。


「誕生日プレゼントに贈るものなんて大した意味は無いんですよ。思いのこもってない高いものより、情熱のある物の方が相手は喜ぶんです」


「そうですよね……」


 一理ある。のだが、プレゼントなんて渡した側の自己満足で、贈る側の意図なんて汲み取って貰えない。俺の否定的な感情を察してかさらに付け足す。


「これはお花にも言える話なのですが、日常でよく使う物や印象に残る物だと素敵だと思いますよ。例えば向日葵(ひまわり)をもらうとすると毎年、向日葵の季節に、貰った相手のことを思い出しません?」


 店員さんの言う通り、父さんに貰った本の作者の別作品を読む時、何となくその日を思い出したりする。そこまで言われると贈る側の意図も伝わる気になってくる。


「難しいな」


 何を送っても喜んではくれそうなのだが大喜びしてる姿が全く思い浮かばない。それでもいいがどうせ贈るなら大切に欲しい。


「悩んで出した答えなら、相手もきっと分かってくれるはずです。相手を思う気持ちが1番大切なんですから」


 薄い化粧の奥に見えるこの店員さんの綺麗な心の光が俺を照らす。


「なんか掴めた気がします。また機会があれば買いにきますね」


「はい、お待ちしております」


 あれだけ助言を貰っておいて買わないのはどうかと思うが栞に花は似合わない気がする。俺があげられる一番の物を送りたくなった。それだけの話だ。


「てか、私の誕生日プレゼントはないの?三日後なんだけど」


「要らないだろ。俺も貰ってないし、そんな仲じゃないだろ」


「しおりんだけずるい…」


 どんだけプレゼント欲しいんだこいつ。久遠なら友達から貰えるだろうに。女子高生は年間誕生日プレゼントだけで数万円飛んでいったりするらしいし。


 店員さんの助言で浮き足だったのか、少し歩くのが速くなっていたようだ。振り返って久遠を待つ。


「歩くの早いって、何でそんな急に火が付いたの?恋?辞めといた方がいいよ」


「何でだよ」


 見当違いも良いとこだが否定したらさらに機嫌が悪くなるのでここは久遠の話に合わせる。


「蓮に火が付いても悲恋(ひれん)だもん」


「上手いな」


 俺の率直な褒め言葉に鼻を鳴らす。久遠には似合わない言葉遊びは何故かあの日を思い出させた––





 高校一年の二学期、夏休みも終わり二学期にも慣れ始めた大雨の夕暮れ。夕立の中、いつもより早めに家に帰っていると公園で傘も刺さずに座っている女の子がいた。


 それが久遠だと分かると放っておくことも出来ず、俺は隣に座り傘を差し出した。久遠は一度こちらを向き、俺だと確認するとすぐに元の体制に戻る。


「蓮……、久しぶり」


「ああ、こんなところでどうしたんだよ?風邪引くぞ」


「ちょっと悩み事」


 俯いたまま顔を上げない久遠に俺はかける言葉を失う。どんよりと低くなった雲海(うんかい)は真っ黒く空を染めている。


「雨の中か?」


「ははっ…………ねぇ、相談、乗ってくれない?」


 すでに泣きそうになっているのに断ることができるほど肝は座っていない。


「俺でよければ」


 俺の方は見ず、同じように下を向きながら俺の知らない久遠の声で彼女はゆっくりと話し出した。


「私、高校でもバスケやってるんだけどさ、もう辞めたいなって……」


 久遠の口から重々しい声が漏れる。単刀直入な言い草になるほど追い詰められているんだろう。ビニール傘にあたる雨音で消えそうなほど小さな声で久遠はなおも続けた。


「先輩たち、嫌いなんだ。試合でミスしたら怒るくせに私がメンバーに選ばれたら難癖(なんくせ)付けてくる。訳わかんないよ」


 鼻を啜る音がした後、息を吸ってまた話し出す。ここからが本題ということだ。俺に出来ることは少しでも久遠の話を聞いてやることだけだ。


「三年生が引退してさ、新しくなったチームで挑む大会があるんだけど。一年で私だけが選ばれたの。何人か2年生で補欠にも入らなかった人もいるから反感買っちゃったみたい。でもそんなのおかしいよね…練習せずに喋ってばっかだもん。自業自得だよ。」


 自然と傘を握る手が強くなった。久遠が傷つく必要なんてこれっぽっちも無いじゃないか。理不尽も仕方ないと割り切れる俺でも頭に血が昇る。


 当事者である久遠の悩みやストレスは計り知れたものじゃないし、知ったような口を聞いて良いものでもない。久遠は思い出したのか、思い詰めたのか、涙を堪えて鼻声で本音を溢す。


「それなのに私……ボールに落書きされるし、変な噂流されるし、やだよ。もう、辞めたい…………」


 いつもの明るい久遠の面影は全く無い。弱々しい子猫のように丸くなる久遠に、俺は恐る恐る言葉を選んで紡いだ。


「東雲さん、俺さ高校で部活辞めて結構、好き勝手してるんだ。中学では地区大会まで行ったし辞めるのは勿体無いって思ったけど実際後悔はしてない。だからさ、しんどかったら逃げていいと思う。1人で抱え込むのはしんどいだろうし」


「そうだよね……逃げてもいいんだよね。でも、これで終わりにしていいのかな?私が辞めてもアイツらはバスケ続ける訳じゃん、私許せないかも、どうしたらいいかわかんない……教えてよ、蓮……」


 久遠が赤くなった目尻を隠すこともせずこちらを向いた。溢れんばかりの涙が苦労と我慢の証に見えた。雨に打たれても1人になりたいほど耐えて、悩んだ人に諦めることしか道を示せないのは正解ではあっても、理想じゃない。


「明日まで待ってくれないか?もう少し耐えてくれ。東雲さんが出来るだけ後悔しないように頑張ってみるからさ」


「何するの?」


 久遠が俺に(すが)り付く。傘が揺れ、雨粒が音を立てて地面に落ちる。俺の制服を握る久遠の手には赤いアザが、俺の何かに火をつけた気がした。


「秘密だ」


 俺は口の前で、食指をそっと立てた。




 翌日、俺は久遠の先輩たちと口喧嘩し、2時間ほどの格闘のうち、大泣きするまで滅多刺しにした。何を言ったか覚えていない。相当汚い言葉を言われた気がするし、それなりのことを言った気もする。


 前日に悩みすぎた結果、父さんにお婆ちゃんを呼ばれ、助言を貰ったのは俺だけの秘密だ。


 その日の放課後、俺の努力の甲斐あって久遠のとこに平謝りにきたと、どこか吹っ切れたような久遠から聞いた。


「本当にありがと、私、バスケ続ける。好きなことからは逃げないようにするよ」


 帰り道、真っ赤に染まった夕日を見ながら久遠は俺に礼を言った。立ち止まり、振り返る久遠の顔に昨日のような哀色の色彩は無い。


「そうしてくれ、逃げたくなったらいつでも話ぐらい聞いてやる。今回は俺の出番は《《終》》わったし」


「あとは練習(蓮終)あるのみって事?」


「下手すぎ。掛け言葉も練習しとけよな。久遠」


 俺は家に向かって歩き出す。


「えっ!?今私のことなんて呼んだ?!もう一回!もう一回!」


「はいはい」


 これが俺が久遠を久遠と呼び始めたきっかけで、2人の仲が縮まったキッカケだ。





「ねぇ、いつまで私のこと無視すんの?」


「ん?なんか言ったか?」


 久遠の声でショッピングモールまで引き戻される。今は小さいアクセサリー店に来ている。違いが全くわからない金色のイヤリングを見ながら返事をする。


「はぁ、私が女の子っぽいの選ぶから蓮はしおりんに似合いそうな別のものにしたらって言ったの」


「なんで?」


「だって蓮のセンスおかしいもん。ハート型とか選ぶでしょ」


「いいじゃんハート型、俺から貰っても嬉しくないか?」


 俺は金に光るハート型のイヤリングを見せる。こんなの耳につけて大丈夫なのだろうか?言葉通り耳にタコだ。


「嬉しくないわけじゃぁ……、ないけどぉ……」


 久遠がもごりながら肯定してくれる。やっぱ嬉しいんじゃん。


「でもでも!そう言うのは私が買うから!蓮はしおりんっぽいのを買うの!」


「何だよしおりんっぽいって…」


 一応、栞が好きそうな物を考える。父さんのサインとかあげたら大喜びするだろうけどなんか違う気がする。


 栞の好きな物か……栞……栞……あっ。俺は彼女のブックカバーが少し汚れていたことを思い出す。


「俺、ちょっと買ってくるわ」


 おそらく俺が導き出せる最適解を手に取り、レジに向かった。その後は誕生日プレゼントとして久遠にパフェを奢り、その日を終えたのだった。

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