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ストライキ その1

 ――酒。


 おおよその労働者にとって、心身の疲れを癒やし、新たな活力を与えてくれる、人類が最古から生み出せし百薬の長である。

 それは、猫人にとっても例外ではない。


 が、ルタカ王国の威信をかけたスタジアム建設へ従事する猫人たちにとって、これを手に入れ、酒盛りで騒ぐのは、なかなかに骨なことであった。

 まずは、調達。


 当然ながら、自分たちで酒を作っているわけでもない猫人たちがこれを手に入れるには、どこぞ商店などで購入するしかない。

 しかしながら、そこは大量難民の悲しさ……。

 生粋(きっすい)のルタカ王国人から自分たちに向けられる目は、決して好意的なものばかりではない。

 街に出てみれば、何か法を犯しているわけでもないというのに、好奇や憐憫(れんびん)……あるいは、さげすみの目で見られる。

 それだけなら、まだいい


 ――うちは、猫人相手に商売していないよ。


 そのように言われ、門前払いを受けることすらままあるのだ。

 これには、猫人に支払われている賃金がまこと少なく、王国人からすれば、子供の駄賃じみたものであるのも関係しているだろう。


 そのようなわけで……。

 これまで、スタジアム建設に関わる猫人が酒を飲もうとするならば、仕事後に善良なご老人の営む店へ駆け込んで購入し、寝泊まりするタコ部屋などへ集まる必要があった。


 今は、違う。

 果たして、誰がそう呼び始めたのか……。

 青空酒場と呼ばれる店が、自分たちを迎えてくれるようになったのである。


 店があるのは、いずれ再開発されるのだという空き地……。

 壁も何もなく、大型のタープテントと、いくらかの仮設トイレが存在するのみ……。

 提供されるのは、さとうきびの絞りかすから作られた風味も何もない蒸留酒や、揚げた芋などの安価な……猫人の薄給でも手が届く料理だ。


 それでも、これまでとは雲泥の差……。

 堂々と集い、酒を注文し、騒げる。

 ただそれだけで、つらい労働に従事する猫人たちの心は、大いに癒やされたのであった。


 しかも、しかもだ……。

 この店で働くのは、皆が皆、年若く見目麗しい猫人娘である。

 それも、普通の服で働いているのではない……。

 ルタカ王国のメイド服を基に改造されたそれらは、胸元が大きく開かれた造りとなっており……。

 スカート丈も極めて短く、それでいて下着が見えることはない……絶妙なラインで整えられているのであった。


 ――うわお!


 ――グレイッ!


 ……ぶっちゃけ、色々と溜め込んでいる猫人たちにとって、これが酒と並んで嬉しいものであるのは、語るまでもないだろう。ただし、おさわりは厳禁だ。


「お疲れー」


「お疲れさんっしたー」


 今夜も、猫人たちは青空酒場へと集い、酒を酌み交わす。

 明日は、週に一度しかない……そして、待望の休日であり……。

 酒に向かう手を止めるものなど、何もない。

 ゆえに、それぞれが大いに飲み、食い、騒いだのである。


 特筆すべきは、各王子の担当工区で作業している猫人たちが、ここに集結しているということだろう。

 最初、ここはケンという王子の担当工区で働く猫人たちのみが、利用していた。

 だが、特に利用者へ制限を設けているわけでもなく……。

 自然、この店に関する噂は広がり、今では、工区の隔たりなく利用されるようになっているのだ。

 そうなると、発生するのはそれぞれの工区を担当する王子王女に対する愚痴である。


「ミチカチとかいう王子よー。

 マジで頭悪くね?

 とにかく、人さえ増やせば工事が進むと思っていやがる。

 そりゃ、早くなるは早くなるけどよ。

 勝手が分からないせいで、ケガしたり暑さでぶっ倒れたり……。

 先に働いてるやつだって、仕事教えなきゃだから給料そのままで仕事増えてるしよー」


「でもよ。人が増えてんならマシじゃね?

 こっちは、補充もないのに相変わらずバタバタと倒れて……おっ()んじまうもんだから、生き残ってる側はどんどん仕事が増えちまう」


「本当、この国の暑さはどうにかならねえもんかね……」


 猫人たちが、汗臭いシャツの襟でパタパタと風を起こしながら、天を仰ぐ。


「飯にしたって、薄い麦粥だのばっかりで……。

 これじゃあ、力が入らねえ」


「ああ。

 肉とか食いたいよな」


 ひとしきり、不満を語り合い……。

 それから、溜め息で締める。

 たった今、こぼし合った愚痴は、どうにもならないものだと分かっているからだ。


 竜に滅ぼされた祖国は、復興など夢のまた夢……。

 自分たちはこの地で、使い潰せる労働力として消費――そう、消費される運命なのであった。


「そういや、ケンっていうんだっけ?

 この酒場を作ってくれた王子」


「ああ、どういう腹積もりなんだろうな?

 まあ、ありがたく使わせてもらっちゃいるんだが」


「やっぱ、少しでも、俺たち猫人から搾り取ろうって魂胆なんじゃないか?

 実際、ただでさえ少ない稼ぎをここで吐き出してるわけだしよ」


「そうだなあ……。

 その辺、実際にそのケンって王子の工区で働いてるやつらに聞いてみるか?」


「ああ、そういや、あいつらはいつもひとまとまりになってて、あんまり他で働いてる奴と話さないよな。

 さっきみたいな愚痴の言い合いも、愛想笑いを浮かべてるだけで混ざらないし」


「そういや、そうだな……」


 話の流れで気になり、問題の者たちを見やる。

 ケンという王子の担当工区で働く者たち……。

 元々から監督されていた者たちと、なんとかというデブ王子が死んで引き継がれた猫人たちは、他と混ざらず身内だけで固まっていた。

 まるで、何か他工区の者には、話せない事情があるかのように……。

 そして、その答えは、たった今、青空酒場がある空き地へとやって来たのだ。


「おい、あいつ……」


「ああ、何を着てるんだ?」


 現れた猫人……。

 酒場中の注目を集めたそいつの格好は、普通じゃない。

 もう、日が沈んではいるものの、蒸し暑いことに変わりはない中……。

 なんと、長袖の上着を着込んでいるのだ。


 だが、この上着……どうやら、単なる衣服ではない。

 その証拠に、内側から膨れ上がり、大して太っていないその猫人が、ちょっとした肥満体型となったように見えるのである。

 さらに、猫人たちの鋭い聴覚は、その服から何かファンが回るような音がしているのを捉えていた。


「一体、あれは……」


 皆が騒然とする中……。


「あのバカ……」


「よそでは着ないって約束だったのに……」


 一部の猫人たちが、額を抑えていることに気づく。

 彼らは、ケン王子が担当する工区の猫人たちであり……。

 他の工区で働く者たちは、たちまち彼らを取り囲み、質問攻めにしたのである。




--




「じゃあ、何か?

 お前らのところでは、こんなすげえ服が支給されてて……」


 猫人の一人が、空調服という名前らしい長袖の上着を掲げながら、尋ねた。

 この服が持つ素晴らしい力は、何人かが体験済みである。


「毎日三食、しっかりとした飯を食べてて……」


 ――道理で、こいつらの血色がいいはずだ。


 ……暗にその思いを乗せながら、別の猫人がつぶやく。


「で、休憩時間もたっぷりあって、冷たい飲み物が飲み放題……」


 そう言ったのは、先日、暑さと過労が原因で兄弟を失った猫人だった。


「しかも、作業台は安全に気を遣った新型で、危ない作業に関しては講習し、事故を減らしている……」


 そう言ったのは、転落事故により仲間を失ったはりやだ。

 皆が皆……。

 うらやましそうな視線を、ケン王子に監督されてる猫人たちへ向ける。

 それも、無理はあるまい。

 この地獄みたいな現場において、これほどにぬくぬくとしている者たちが、身近にいたのだから。

 そして、付け加えるならば、今いる青空酒場を作ってくれたのも(くだん)の王子なのだった。


「すまねえ……」


「とてもじゃないけど、皆には言えなくて……」


 ケン王子が担当する区画で働く者たちは、そう言って詫びる。


「いや、それはしょうがねえだろう。

 聞かせたところで、自慢話にしかならねえ」


 取り囲む猫人の一人が、そう言ってうなずく。


「ああ……。

 悪いのは、オレたちを使っている他の王族なんだからな」


「おれらの所も、ケン王子が監督してくれればいいのに……」


「そうだ! 同じ待遇にするべきだ!」


 猫人の一人が拳を突き上げると、他の者も同調し出す。

 これは、種火に過ぎない。

 だが、火というものは、環境さえ整えば……。

 火花のごとき小ささから、一瞬で炎へ育ち、燃え盛るものなのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] もしケンがラブレターの返事をしてたらそれが政治的意味合いを帯びてきそうな勢い
[一言] 猫人労働組合の結成も近い?。
[一言] 端から見ればケン王子はあえて他の工区の労働者との交流の場を作り、待遇の差を知らしめて他の王子の足を引っ張るように仕向けたようにも見えるから恐ろしいw。
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