集いし
ハローご機嫌いかがうるわっしゅー?
数日間の出張も終わり、地元へと帰る、その道中。
さて、今日のお昼はどうしようかしら。
「……あら? そういえばこの辺りって」
高速道路の標識に書かれていた、とある地名。そこは何年か前に社員研修で訪れたことのある町だった。
特別地元から離れている……訳ではないけれど、わざわざ行くには少し遠い。なによりその地域の中心地である駅周辺はシャッター通りとなっており、行く理由もあまりないのだ。
……でも、私は覚えている。研修施設の東側に広がる住宅街……そこには蕎麦の名店があったことを。
◆
某地区の住宅街の一角。その通りだけ、車道が異様なカーブを描き、歩道が抉れている。当該区画の蕎麦屋の店主が頑固で、再開発のための立ち退きに応じていない結果だ。
ガラガラと音を立てながら「営業中」の札が掛かった引き戸を開ける。研修中は何度か食べに来ていたこのお店。久しく来ていなかったが、内装は何も変わっていなかった。店主が何も言ってこないのも、相変わらずだ。
客は私一人。十程度あるうちの適当な席に腰掛け、壁のお品書きを眺めていると、横からお冷が差し出された。
「あら、水はセルフサービスだったはずじゃ……」
そう言って横を向くと、見たことのないロングヘアーの女性……いや、少女? ……がいた。
「えへへ~。いらっしゃいませ~」
「店長、バイトの子雇ったのね!」
厨房の店主へ声をかけてみたものの、やはりというべきか、長ネギを切っている最中の店主からの返事は無い。
「バイトっていうかぁ、わたし達『ふうふ』なんですよぉ~」
「えっ、店長結婚してたの!?」
これは驚いた。てっきりそっちの方面に興味なしの部類の人だと。
「何も頼まないのなら帰れ。……それと皐月、お前は奥で休んでいろとあれほど……」
久しぶりに店主の声を聞いた。
「だって暇なんだも~ん。……お客さん、どうします~?」
「あー……じゃあ『ざる蕎麦』と……『季節の天ぷら』をいただこうかしら」
「は~い」
にっこりニコニコ、店主とは正反対の表情を浮かべながらゆるりと立ち去っていく「皐月」 なる少女のお腹は……少し、膨らんでいるように見えた。
◆
「おまちどうさま~」
しばらくして、注文していたものが運ばれてきた。セイロにのった蕎麦、つゆ、ネギ等の薬味、海老とサツマイモとまいたけの天ぷらが一つずつ……そして小皿には少量の塩。
「……では、いただきます」
手を合わせ、まいたけの天ぷらに箸を近づけたところで、反射的に過去の記憶が蘇った。
しまっ……!
刹那、眼前に伸びた影。
「ひぃぃっ!」
いつの間にか忍び寄ってきていた店主に、刀を突きつけられているのだ。
「まずは蕎麦の香りを楽しめ。天ぷらは主役じゃない」
「そ……そうだった……わ、ね……」
何を隠そうこの店主、こだわりが強い。ちょっと面倒なタイプの職人気質なのだ。
気を取り直して蕎麦へ箸を伸ばし、少し取る。……まあ匂いを嗅いだところで「美味しそうな蕎麦の香り」以外の感想は出てこない。専門家じゃないもの、私。
そうしてつゆに浸けていると、再び横槍……いや横刀が飛んできた。
「浸け過ぎだ馬鹿者」
「あっ」
掴んでいた麺を紙にくるまれ、没収されてしまった。そして新しいつゆとひとつまみの蕎麦がやってきた。
「別にこの程度……」
「黙れ。不味くなったものを客に食わせられるか。それにここでは私が掟。それに従えぬなら即刻出て行ってもらう。私はこの店の……一国一城の主として、先祖代々受け継いできたこの店を守る使命がある。この味と土地は誰にも譲れない」
客の機嫌よりも客の味覚を優先し、訴えかける。それが店主のやり方だ。正直に言うと食べづらいことこの上ない。
「でも美味しいのよねぇ……」
むしろこれで美味しくなければリピーターにはならない。あぁ……でも、ああして百合百合しているところを見せてくれるなら……と一瞬思ったけれど、店主はそもそも女性で合っているのだろうか。
「ねえ、店長って女のk……」
「これ以上、食事中『美味い』『不味い』以外に喋ることは許さん」
「はい……」
「黙って食え」
また刀を突きつけられたのだった。