第8話 会計スキルの少女②
少しずつ、だが、確実に進んでいる。
そう思わせてくれた「聖女レナの加入」だったが⋯⋯。
物事は、そんなに都合良くいかなかった。
レナのスキル『聖女』は、確かに替えの効かない稀有なスキルだ。
しかしレナ自体は、パーティーに加入してすぐに活躍した訳ではなかった。
「⋯⋯このくらい、すぐに治せねぇの?」
彼女が加入して初めての戦闘が終わり、モンスターの攻撃を受けたファランが、レナの治癒魔法を受けながら言った。
「す、すみません。私はまだ初級の治癒魔法しか使えなくて⋯⋯」
「ファラン、しょうがないだろう。レナは初めての実戦なんだ。まだ『スキル』が鍛えられていない」
「わかってるよ、ちょっと言ってみただけだよ」
と言ったものの、ファランは明らかにがっかりした様子だった。
そして。
面には出さなかったが、俺も内心は同じ気持ちだった。
『聖女』ということで過度な期待を寄せていたが⋯⋯彼女の能力はまだ、スキルに見合ったものではない。
俺の『剣豪』やファランの『豪槍』、ニックの『飛竜眼』などは、即戦力として機能する、実戦向けのスキル。
それと比較すると、どうやら『聖女』は、いわゆる大器晩成型のようだった。
レナがパーティーメンバーとして機能し始めるのは大体三年目から。
聖女としての力の一端が見え始めるのがおよそ四年半後、つまり俺が死ぬ直前、といった感じだ。
四年経つと、彼女は『中級治癒魔法』『初級聖攻撃魔法』『初級聖加護魔法』を使えるようになる。
だがそれでも⋯⋯魔王討伐には届かない。
クロが語った本来の歴史。
奴の話では、俺が成人して十年後に魔王は討伐される。
確かにそれだけの期間があれば、彼女は聖女としての力を遺憾なく発揮しただろう。
だが⋯⋯この五年という制限では、彼女が十全に力を発揮できない。
さらに彼女がスキルを強化できる『因果』があるのか?
それとも、まだ見ぬ『聖女』クラスのスキルの持ち主が市井に埋もれている、ということなのか?
だがどれも、何の手がかりもない、雲を掴むような話だった。
そしてレナ加入から、俺はあることに悩まされ続けていた。
「何とか支払えたか⋯⋯」
宿屋のカウンターで金を払いながら、俺はホッと胸をなで下ろした。
「またまた。Sクラス冒険者とは思えない、しみったれた発言ですねぇ!」
「ん? はは、まあな⋯⋯」
宿の主人に曖昧に答えながら、俺は食堂へと向かった。
俺たちのパーティーは、メンバーの人数と同じ部屋数を宿屋で借り上げている。
ひと月分の料金を前払いする事で滞在費の節約になるのだ。
今月も、なんとか滞りなく払えた。
実際金はそれなりに稼いでいる。
これまでの周期のおかげで、ファランやニックとコンビ⋯⋯どころか、俺一人でも踏破できる迷宮に幾つか心当たりがある。
迷宮踏破は、規模にもよるが他の依頼よりも段違いに報酬が得られる。
そして一つでも迷宮を踏破し、その周辺を魔王軍の支配から解放すると、すぐにSクラス冒険者として登録されるのだ。
今では冒険者として活動を始めると、ひと月もせずにSクラスになる。
そして依頼には割が良い、悪いがある。
依頼人の申告内容により、クエストの「難易度」や「料金」が決まる。
「料金」からギルドが一定の手数料を差し引いた差額が俺たちの取り分だ。
だが、依頼人っていうのは、基本的に依頼内容を割安になるように申告しがちだ。
本来なら大量の魔物を討伐しなければ解決しない事案を、過小に申告するなんて日常茶飯事。
もちろん依頼内容と実情に差があれば追加料金が発生するが、冒険者が死んだ場合はそんなものは無い、正に死人に口無しだ。
だが俺は、依頼人が故意に過小申告した、または故意じゃないに限らず、その依頼の「正確な難易度」を、繰り返しによってある程度把握している。
だから、本来金に困ることなどほとんどないはずなのだが⋯⋯。
食堂で一人食事を摂っていると、ファランが外から戻ってきた。
「お、エリウス。レナを教会まで送ってきたぞ」
「ああ、すまない」
「いいってことよ。まあ、レナはお前に送って欲しそうだったけどな」
少し冷やかす様子で、ファランが言ってくる。
レナはおよそ月に一度、教会へと戻り宿泊する。
その際には寄進する金品を持たせて向かわせる。
いつもは俺が送っているが、今日はファランに代行を頼んだのだ。
「素材の換金は俺がやらないと、足元見られるからな」
「ああわかっている、仕方ねぇさ、レナもわかっている。⋯⋯金を少しでも用意するのは、レナのスキル強化のためだからな」
後半の言葉は、かなり声をひそめながらファランが言った。
レナのスキル「聖女」のことは、この段階では周囲には秘密にしている。
対外的には、レナのスキルは「治癒術士」となっている。
治癒術士もまた、それなりに希少なスキルだ。
なぜ秘密にするのかというと、今の段階でレナが「聖女」だと知られたら、国から半拘束状態にされ、王国軍付となってしまうのだ。
その場合、レナはほとんど力を発揮することはない。
それは、彼女のスキルの特性による。
といっても、俺たちがあと二年ほど活動して名を上げてしまえば、彼女が聖女だということは周囲に伝わる。
彼女自身が、それを隠さなくなるからだ。
そして、名を上げてしまえば、国から無理やり彼女を取られるようなこともない。
「しかし半信半疑だったが⋯⋯お前の言うとおり、教会への寄進増やしたら、レナの魔法がマシになるとはなぁ。何でそんなこと知ってたんだ?」
「⋯⋯特定の行動でスキルが強化される事がある、というのを本で読んだことがあってな。試してみたらそうだった、ってことだ」
「ふーん?」
やや納得しかねる様子でファランが俺を見るが⋯⋯それ以上は聞いてこないことを、俺は既に知っている。
もちろん、どの本にもそんな記述はない。
単に繰り返しの中で気がついただけだ。
すでにレナが加入して十二回、計四十回目のループを迎えていた。
その中でわかってきたのは、どうやら彼女が『善行』を積めば積むほど、スキルが鍛えられる、ということだ。
それには教会に対する『寄進』や、人々の生活を脅かす『魔物の討伐』、ちょっとした人助けなど。
それらを少しずつ積み重ねる必要がある。
その中でも、特に効果的なのが教会への寄進だ。
ループを重ねながら、彼女の能力を早期に開花させるために、善行をできるだけ重ねるように動いた。
稼いだ金、その殆どを教会への寄進に回し、困っている者を積極的に救う。
そうすると、確かに彼女の能力、その強化は早まった。
だが⋯⋯。
「果たして、俺がやっていることは正しいのか?」
という疑問が浮かんだ。
理由は『導』だ。
レナのスキルを鍛えるために、善行をできるだけ積み重ねる。
その為にどれほど動いても、新しい文字が記されない。
(もっと、上手いやり方がある、ということだろうか)
考え事を始めた俺に、ファランが呆れたように声を掛けてきた。
「まぁ、一人であまり色々しょい込むなよ? 何かあったらいつでも言ってくれ」
「ああ、ありがとう」
それだけ言うと、ファランは宿に用意されている自室へ向かった。
少し口は悪いが、ファランは良い奴だ。
導の事を含め、彼に相談できれば俺も少し肩の荷が下りるのだが⋯⋯。
まぁ、無いものねだりしても仕方ない。
食事を終え、俺も部屋に戻ろうとすると⋯⋯。
「あの⋯⋯竜牙の噛み合わせの、エリウスさんですよね?」
「ん? ああ⋯⋯」
そういえば、もうこの時期だったか。
それはパーティー立ち上げから一年経つと、毎回起こるイベント。
手をもじもじさせながら、黒髪の少女が俺の反応を伺うように、上目遣いで声を掛けてきた。
「突然すみません、私はエレインと言います。スキルは、その、『会計』です」
このやり取りも、何度目だろうか。
当然彼女のスキルの事も知っている。
このあと、一週間後には彼女が死ぬことも。
余計なお世話とは承知しつつ、何度かその運命を回避させてやろうと腐心したこともあったが、全て無駄に終わった。
まあ、あえて言えば、一つだけやってないことがある。
──俺のパーティーへと加入させること、だ。
「大樹の落果」の例もある。
彼らは俺が加入した場合のみ、五年後も生存している。
同様に、エレインを俺のパーティーに加入させれば、生存する、といった可能性も無いではない。
だが、俺が目指しているのは魔王討伐。
戦闘ができない彼女を加入させる余裕などない。
──本来なら。
しかし、俺にはここで一つのアイデアが浮かんだ。
(今回は捨ててみる⋯⋯か?)
俺には導のスキルがある。
あまりそれに頼りたくない、という気持ちはあるが、「失敗してもやり直せる」というのは一つの強みだ。
今まで、失敗が前提で動いたことなど殆どない。
ダメだろう、とは思いつつ、ファランとニックを同時に加入させたことくらいだ。
だから、はっきりと「捨てる」という選択を思いついたのは、今回が初めてとなる。
もし「彼女の死」が、俺のパーティーに加入させることによって回避できるなら、俺にもメリットがある。
(今回は捨て周期と割り切って、「会計」スキルの金の使い方を学ぶ⋯⋯というのはどうだろうか?)
ということだ。
俺はこれまで何年もパーティーを運営してきた。
だが、あくまで独学。
専門のスキルを持つ人間が、金をどう扱うのか。
そこには興味がある。
金の扱い方によっては今以上に資金を潤沢にする方法がある、というなら知りたい。
恐らく学べることは多いだろう。
それに、彼女の運命が「死」に捕らわれているとしても、その場合は一週間。
次のメンバーを募集する余裕はあるはず、まさか黒字にはならないだろう。
つまり彼女の死を回避できないなら、他のメンバーを捜す。
そして「死」は回避可能で、彼女の加入が黒字で表記される因果だった場合、「会計」のコツを学ぶことによって資金面の安定化を計り、次周期以降のレナの強化方法の参考にする。
悪くない考えのような気がしてきた。
良いだろう、それでいこう。
最悪またやり直せばいいさ。
俺がそんな事を考えていると、彼女はもうお馴染みとなった、あのセリフを言った。
「エリウスさん! 私を⋯⋯あなたのパーティーに入れてください!」
言葉と共に、彼女が差し出してきた手を取ることなく、俺は簡単に返事をした。
「ああ、いいよ」
そのまましばらく手を突き出していたが⋯⋯彼女は俺の言葉など聞こえていないかのように、がっかりとした表情を浮かべた。
「だ、ダメですよね、突然押し掛けたあげく会計なんて、戦闘に役立たないし⋯⋯え?」
そのタイミングで俺が手を握ると、エレインは自分の手と、俺の顔を交互に見て怪訝な表情を浮かべた。
俺は念を押すように、言葉を繰り返した。
「いいよ」
「⋯⋯ほ、本当に?」
「ああ」
「冗談⋯⋯とか、言わないですよね?」
「いや、冗談だ」
「えー!? ひ、酷い!」
「嘘だよ、うちに入りたいんだろ? いいよ」
念を押すように言うと、エレインはしばらく固まっていたが、徐々に表情が崩れ、笑顔になり⋯⋯。
「や、やったー! ありがとう、エリウスさん! お父さん、お母さん、私やったよー!」
エレインは両手で俺の手を握り、それを上下に動かしながら全身で喜びを表現し、宿中に響き渡る声で叫んだ。
まさかそこまで喜ばれると思っていなかったので、俺は少し気圧されるものを感じながら、なんとか言葉を紡いだ。
「エリウスでいい、年もそれほど変わらないし、敬語も不要だ」
「う、うん、エリウス、ありがとう!」
彼女の笑顔を見ながら、俺はやや申し訳ない気持ちになっていた。
加入を断り、彼女が肩を落とす姿を何度も見てきた。
もう、慣れっこになっていた。
だからこそ、初めて見る彼女の笑顔は晴々として、とてもまぶしく感じた。
だがこれは、恐らく俺が目にする、最初で最後の彼女の笑顔だろう。
今回の、彼女の加入はあくまで、俺が会計を学ぶための特例処置だからだ。
そんな妙な感慨を覚えながら、やっと手を離してくれたエレインを隣に座らせると、簡単な今後の打合せをして、部屋に戻った。
他のメンバーに伝えるのは明日でいいだろう。
そう考えて部屋に戻った俺が、日課である「導」の確認で目にしたのは──意外過ぎる事実。
半ば捨てると決めていた周期で見つけた、竜牙の噛み合わせ、その最後のピース。
「導」には、しっかりと赤文字で記載されていた。
「会計、エレイン加入」