第5話 会計スキルの少女①
俺が「導」の『真の特性』に気が付き始めたのは八回目だ。
最初は王国軍、そして次にイグニスのパーティー、その後は様々な冒険者パーティーに参加した。
どのパーティも、俺の父が剣聖で、俺自身が剣豪だと伝えると、両手を上げて歓迎された。
冒険者ギルドで、有名どころのパーティには一通り加入した。
だが、そのどれもが「大樹の落果」と似たようなものだった。
誰も、本気で魔王討伐なんて考えていなかった。
さすがに俺も、あの時のように暴れることはなくなった。
パーティーメンバーが本気じゃないとわかると自分から出て行き、ひとりで準備し、魔王城を目指した。
「まだ準備不足だ」
そう感じていても、クロに言われた「五年」というタイムリミットが、俺を突き動かした。
そして、最初と同じ魔人に殺され、また『あの日』に戻る。
「これが奴の言っていた、導の能力ということか⋯⋯」
恐らく、魔王を殺すまで、何度でも十五から二十歳の人生を繰り返す能力。
それがこの導、というスキルの力なのだ。
それは、取引で捧げた物とも辻褄が合う、間違い無いだろう、と思った。
だからこそ、あの男⋯⋯「シロ」の忠告、その意味を理解し始めていた。
「そうか、騙そうとしてる、ってのはこの事か⋯⋯」
あの「シロ」が言っていた言葉と、「クロ」の言葉。
クロは言っていた。
「実質五年」と。
だが、俺の体感では五年どころではない。
七回繰り返した時点で、俺の体感ではもう三十五年経っている。
クロに言わせれば「嘘はついてないよ?」ということだろうが⋯⋯。
確かに、第三者から見れば「実質五年」。
だが、俺からすれば現時点で「実質三十五年」なのだ。
どっちを基準にするかで意味は変わる。
奴は言葉巧みに俺を誘導した、ということだ。
ページが増える意味はわからないが⋯⋯恐らく、何度死んだのかをカウントするためだろう、とその時は思った。
そしてこれまでの経験から。
「このままじゃだめだ」
と一念発起し、人のパーティーに参加するのではなく、自分でパーティーを立ち上げてみようと思った。
本来なら、十五の若造がパーティーを立ち上げ、その運営をするなどハードルが高いだろう。
実際、独立してパーティのリーダーになる平均年齢は二十歳前後が多い。
しかし、俺には冒険者として実に三十五年の経験がある。
なんとかなるだろうと思ったのだ。
魔王討伐を目指すパーティーがないなら、一から作り上げる。
それが目的だった。
冒険者ギルドに赴き、パーティー立ち上げの申請を行ってみた。
スキル「剣豪」と、「剣聖の息子」。
その二つの宣伝効果は抜群で、パーティーにはその日のうちに、様々な参加希望者が現れた。
参加希望者たちに「五年後に魔王城を攻略する」と伝えると、何人かはおかしな物でも見るような目を向けたが、それでも賛同してくれる者もいた。
俺はその中から「本気だ」と感じた僧侶、斧使い、盗賊を選んだ。
その日の夜、ふと「導」のスキルを発動した。
「王国軍に志願」以来、何も追加されず、白紙の本を見てもしょうがないと思い、ここ最近ではあまり使うことは無くなっていたのだが⋯⋯。
そこにはまず赤い文字で、こう記されていた。
「パーティーを立ち上げる」
その下に、今度は黒い文字で記されている文章があった。
「斧使い、僧侶、盗賊」
と。
それから何度か繰り返すうちに、本には新たなページ、そして文字が記されるようになった。
文字の種類は三つ。
赤い文字、青い文字、そして黒い文字だ。
繰り返す中で、その文字の違いについておおよその見当がついてきた。
赤い文字で記される内容。
恐らくこれは、魔王討伐における『必須事項』。
これを行わなければ、絶対に、魔王討伐という結果に結び付かない、という核となる行動。
つまり「パーティーを自ら立ち上げる」というのが、魔王討伐において外せない行動なのだ。
そして確証こそ持てないが、青い文字で記されるのはおそらく『やや重要な事項』。
どこそこの街に行った、とか、○○魔導具店を訪れた、とか、そんな情報だ。
必須ではないが、これを積み重ねるほど魔王討伐が近付く、といった類の行動。
別の言い方をすれば、多少替えの効く行動だ。
そして、黒い文字。
これは恐らく、取り返しのつかない失敗。
なぜそう思うかというと、黒い文字が出た時点で、その後そのページには赤や青の文字で追記される事がなくなるからだ。
つまり「王国軍に志願」する、あるいはパーティーメンバーの選定を間違った時点で、俺が魔王を殺す道は閉ざされる、ということだ。
そのように予想を立ててからは、俺は何度もパーティーを立ち上げ、様々なメンバーを加入させた。
パーティー立ち上げの次に、新たに記入されたのは十回目。
青い文字による、次の文章だった。
「槍使い、ファラン加入」
その時はまだ文字の違いに気がつく前だったが、文章が追加された事に興奮したものだ。
「おお! 槍使いはどうやら重要そうだな!」
そんなことをひとり呟いたように思う。
槍使いファラン、スキルは『豪槍』。
『剣豪』の槍バージョン、といった感じだ。
スキルに恥じない猛者で、彼が加入すると戦闘に安定感が増した。
「魔王討伐、いいじゃねえか! 男なら人がやらねえ事を目指さねぇとな!」
そう言って、俺に賛同してくれた。
魔王討伐に向け、かなり期待を感じたのだが⋯⋯ダメだった。
名前さえわからない、あの道を守る魔人。
奴をどうしても突破できない。
彼だけでは足りない、ということだろう。
その後も、募集に応じてくる人物たちから、パーティーメンバーを模索する日々が続いた。
二十六回目。
俺のパーティ募集に対して、参加を希望してくる人数はおよそ四十人。
それぞれを加入させ、『導』を確認する作業は、もうとっくに一巡していた。
何人かパーティーへと加入させ、文字の色がどうなるのか、という試行錯誤を繰り返したのだ。
いや、正確に言えば、まだ何人かは残っている。
だが残りの人材はほとんどが非戦闘職系スキルの持ち主で、おおよそ魔王討伐に繋がるとは考えにくかった。
例えば──。
「エリウスさん! 私を⋯⋯あなたのパーティーに入れてください!」
もはや馴染みとなった、毎回遭遇するイベント。
パーティーを立ち上げて一年ほどすると、黒髪の少女がパーティー加入を希望してくる。
この少女──エレインなどは代表的だ。
彼女のスキルは『会計』。
戦闘に適したスキルではない。
普通の冒険者パーティーなら、まだいい。
駆け出しのパーティーなら、会計がいれば運営の安定に多少は繋がるだろう。
だが、俺の目的は魔王討伐なのだ。
魔王を倒し、この繰り返しを終わらせる、それが目的なのだ。
「会計」などというスキルで、戦闘をこなすことができない奴など、入れる余地はない。
しかも、俺はコイツの運命を知っている。
俺にパーティー加入を断られたエレインは、後日他の弱小パーティーに何とか潜り込むが、初めて受けたクエストであっさり死ぬ。
死ぬのがわかってて放っておくのもなんなので
「冒険者なんてやめとけ」
何度かそうアドバイスしたり、他のパーティーへの参加を妨害、なんて事もしてみたりしたが、コイツは結局死ぬ。
毎回同じ結末だ。
他にも何人か、逃れられない死の運命を抱えている奴は知っているし、だいたいがして俺自身、二十歳で死ぬ、って運命なのだ。
つまり「初めてのクエストで死ぬ」、それがコイツの運命なのだ。
どうせ仲間にしたところで、コイツはすぐに死ぬのだ、その後また仲間を募集するなんて二度手間だ。
「悪いが、君をうちのパーティーに入れる訳にはいかない」
「⋯⋯そうですか」
俺が断ると、彼女はがっかりしながらも引き下がる。
助けられず悪いな、と感じながらも、肩を落としながら立ち去る彼女の背を見送ることにもすっかり慣れてしまった。