青字因果・補 恩讐を超えて
「よお、竜牙の。評判は色々聞いてるぜ? 随分調子良さそうだなぁ?」
俺がいつものようにパーティーを立ち上げて二年後。
宿の食堂でメンバーとの食事中、声を掛けて来たのは『大樹の落果』のリーダー、イグニスだった。
これもいつも通りだ。
表情は笑顔。
だが、俺は知っている。
彼は内心、面白くないのだ──ぽっと出のパーティーに過ぎない俺達の活躍が。
こうして絡んで来るのも一度や二度ではない。
今回は別に裏を取っていないが、俺たちの評判を下げようと画策している事も知っている。
そんなイグニスに、何度も人生を繰り返し『そういうものだ』と知っている俺が今更ウンザリする事もないが、パーティーメンバーは別だ。
「ああん? まーた絡んできたのかイグニス。『竜牙の噛み合わせ』が調子良いのはその通りだけど、お前んとこがパッとしない八つ当たりはいい加減やめてくれよ?」
イグニスの言葉に、ファランは挑発的に返した。
実のところ、イグニスが本来の歴史ほど迷宮攻略が進まないのは、俺が先回りしているからだ。
初見だと攻略に時間を要す迷宮も、俺は最短効率で駆け抜ける。
結果、本来なら彼ら『大樹の落果』が攻略する迷宮とともに、俺達が別途攻略する迷宮を合わせることで、攻略数は大幅に上回る。
それに伴い、パーティーの評判もまた大きく水をあける、という事になる。
だからといって、手を抜く訳にもいかない。
金は幾らあっても足りない、というのが、この繰り返しで得た教訓だ。
ファランの言葉に、イグニスはとうとう不機嫌さを隠さずに、低い声で答えた。
「あ? 別にお前に言ってねぇだろうが⋯⋯」
「あーあ、やだやだ。うちのリーダーがやり手だからって変な奴に絡まれるのはよぉ」
「テメェ⋯⋯」
「ん? やるなら相手になるぜ、『豪槍』の俺がよ?」
ファランが立ち上がると、食堂に緊張が走った。
イグニスとファラン、俺は二人の実力を知っているが、戦えばファランが確実に勝つ。
そしてイグニスには俺自身思うところもある。
なんせ俺は、彼のパーティーに参加していた時に、気持ちを裏切られたのだから。
──だが。
「やめろ、ファラン」
俺はここで声を掛けた。
知っているからだ。
ここで止めないと⋯⋯イグニスは俺の申し出を受けてくれない事を。
「だってよ、エリウス」
「ファラン。イグニスはこれまでも国の事を想い、パーティーを率いてきた先輩だ。その事に敬意を払え。イグニスすまなかった、ウチのメンバーが失礼な事を言った」
俺は二人を仲裁しつつ、頭を下げた。
──俺は知っている。コイツは国を想ってなどいない、あくまでも金目当ての冒険者だと。
だが、人からどう見られるか、を気にする男でもある。
俺が、他の人間がいる前で謝罪すれば、彼の溜飲も幾ばくか下がる。
「お、おい、エリウス⋯⋯何もこんな奴に⋯⋯」
「ファラン。これ以上エリウスを困らせないで」
「わ、わーったよ⋯⋯」
レナの注意に、ファランは気まずそうに俯いた。
彼はレナに弱い。
「ま、まあ、お前がそう言ってくれるなら⋯⋯良いけどよ」
イグニスは少しホッとしつつも、まだ少し虚勢を張った様子だった。
食堂に走った緊張も緩和し、野次馬たちもそれぞれの食事に戻る。
周囲の注目が終わったのを確認してから、俺はイグニスに『本来の用事』を話す。
「それに、丁度用事があったんだ。手間が省けたよ」
「用事?」
俺の言葉に、イグニスは戸惑いの表情を浮かべた。
思い当たる節が無いからだろう。
「次の依頼⋯⋯王国軍の護衛と一緒に迷宮に向かうんだろ?」
「なんでそれを?」
「ちょっと伝手があってな」
「⋯⋯ふぅん」
そう。
これから大樹の落果が向かうのは、俺が王国軍に居た頃彼らを護衛し、その後消息を絶ったあの迷宮だ。
そして⋯⋯俺が大樹の落果に居たころ、イグニスと共に制圧した迷宮でもある。
あの迷宮にいる下級魔族は、厄介な術を使う。
最下層で奴との戦闘中、俺たちは少しずつ身体の自由が効かなくなっていった。
恐らく空気中に、無色無臭の毒を散布していたのだろう。
俺達は数的有利を活かして一気に撃破したが⋯⋯長引けば危ない、という訳だ。
そう、本来なら俺抜きでは『大樹の落果』ではあの迷宮を攻略できないのだ⋯⋯が。
「あそこは幾つものパーティーを飲み込んだ難所だと聞いている⋯⋯だから、これを持って行ってくれないか?」
俺は懐から小さな石を取り出し、イグニスへと差し出した。
イグニスは受け取ると、眼前へと持ち上げて確認した。
「なんだ、この小汚い石は」
「小汚いは酷いな、これ、こうみえて貴重な御守りなんだぞ?」
「ふぅん⋯⋯そうは見えねぇけどな」
「ベルアス作⋯⋯と言っても?」
「ベルアスだと! あの『灰色隠者』か!? 最近訓練所の講師をしている、と聞いていたが⋯⋯!」
「ああ、そのベルアスで間違いない。縁があってたまたま彼を救出する事があったんだが、その時に礼として貰った品だ」
「なるほど⋯⋯そう聞くと、なんかこの石にも気品を感じる気がしてくるぜ⋯⋯」
現金な話だ。
まあ、これもいつもの事だが。
しばらく石をマジマジと眺めていたイグニスは、いつも通りの疑問を投げかけてきた。
「だが⋯⋯貴重だということならますます疑問だ。なぜ俺にこれを?」
「さっき言った通りだ。お互い魔王軍と最前線で戦うパーティーだ、協力したいんだ」
「そうか、すまないな⋯⋯なんか⋯⋯お前を誤解していたかもしれん」
「いいさ。負けん気も冒険者の大事な資質だと思うからな」
「ちげえねぇ」
お互い顔を見合わせて笑い合ったのち、俺は再度顔を引き締めなおした。
「イグニス、武運を祈ってる。ベルアスによればその御守りは、窮地で踏むと加護が得られるそうだ⋯⋯もしもの時は試してみてくれ」
「変な使い方だな。でもあの灰色隠者の言うことなら⋯⋯何かあったら使わせてもらうよ、ありがとうな」
イグニスは受け取った石を懐にしまい、立ち去った。
その様子を見ていたファランが呆れたように言ってきた。
「ちっ、エリウス。何もあんな奴に貴重なアイテムやる事ないだろうに⋯⋯」
「ま、そう言うな」
ファランを宥めながら、食事を終えた。
そう、貴重な品だが俺には──そしてエレインにも不要。
あの石は、俺が持っていてもしょうがない品だ。
数週間後、またパーティーメンバーと共に食事をしていると、迷宮攻略を終えたイグニス達がやってきた。
イグニスは俺に駆け寄ってくると、挨拶もそこそこに、いきなり俺の手を握って言った。
「エリウス! すまねぇ、助かった!」
「えっ⋯⋯? どういう事だ?」
前回とは打って変わったイグニスの態度に、ファランは訝しげに聞いた。
「いや、実はな⋯⋯」
イグニスは迷宮での出来事を話し始めた。
勿論俺は何度も聞いて知っているが⋯⋯。
最下層で魔族との戦闘中、イグニス達は少しずつ身体の自由が効かなくなった。
このままだと負ける、と思ったイグニスは、ふと俺から渡された石の事を思い出した。
石を地面に置き、俺が言ったとおり踏みつけると、奪われていた身体の自由を取り戻したらしい。
「おそらく解毒か、状態異常を回復させる効果があったんだろうな。石自体は砕けちまって検証できないが⋯⋯」
イグニスはそう言って話を締め括った。
「何にせよ、力になれたのなら良かったよ」
俺の言葉に、イグニスは少し考えた様子だったが⋯⋯。
「⋯⋯なあ、エリウス」
「ん?」
「お前、本気で魔王討伐を目指してるんだよな?」
「ああ」
「なら、魔人の情報⋯⋯興味ねぇか?」
「魔人⋯⋯? 知っているのか、なら是非知りたいな」
「俺と同郷の人物なんだが⋯⋯魔人との戦闘で右手を喪い、隠遁している騎士がいる。魔人から逃げ出した俺とは違って、戦闘の経験がある。この人をお前に紹介したい」
「是非紹介してくれ」
こうしてイグニスに紹介される人物こそ、『レガニス・アーヴィング』。
父に借りのあるレガニスは俺の説得に応じ、訓練所の講師となる。
記される青字の因果は『隻腕の老騎士』。
基本的に人嫌いのレガニスは、イグニスから紹介されなければ門前払いだ。
つまり、周期によっては俺が死ぬ原因となり、その他の周期では足を引っ張ろうとするイグニスを俺は助けなければならない。
タチの悪い引っ掛け問題、ということだ。
だから学んだ。
──魔王を死に導くには、恩讐を越えて動かなければならないのだ。
すみません、手紙のエピソードはすでに公開済みでしたので、違うエピソードを挿入します。
申し訳ないです!




