表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/40

第4話 大樹の落果

「あれ⋯⋯?」


 直前に迎えたはずの、今も残る死の残滓。

 それを確認しようと刺された胸を触ると⋯⋯傷跡一つ無い。


「おかしいな⋯⋯」


 思わず呟き、ベッドを下りる。

 何だか視界に違和感を感じる。


(少し低い⋯⋯? いや、気のせいか)


 部屋を出ると、そこには見慣れた母の姿があった。

 母は俺の顔を見ると、笑顔で声を掛けてきた。


「エリウス、いよいよね。今日出発するんでしょう? 母さんも出来るだけ準備しておいたから」


「⋯⋯え?」


「どうしたの? 何か変なこと言った?」


 訳がわからないまま母に話を聞くと、今は十五歳の成人式を終えた、つまり「導」を手に入れた、その翌日だとわかった。


 混乱しながらも部屋に戻る。

 ふと、「導」のスキルの事を思い出し、本を開いてみた。


 一ページ増えていた。

 白紙のページだ。


「俺は夢でも見てたのか?」


 いや、そんなはずはない。

 俺は確かに死んだ⋯⋯ハズだ。


 その証拠だと言わんばかりに、一ページ目には『王国軍に志願』という文言が残されていた。

 困惑しながら、俺は再び魔王討伐の旅へと赴いた。





 


「これまでの出来事は、本が見せた夢か幻なのか?」


 そんな疑問を抱きながら、俺はなんとなく「王国軍に所属するのではダメだ」と感じていた。


 王国軍は、しがらみが多すぎる。

 そして『剣豪』のスキルは、1対1ないしは敵が少数であるほど活きるスキル。


 集団戦闘がメインの王国軍においては、少し強い一兵卒、という立場でしかない。


 宝の持ち腐れだ。


 スキルを活かす、その為に俺は冒険者になることにした。

 加入したのは「大樹の落果」。


 俺と同じく、死んだはずのイグニスに歓迎されるという、不可思議な状況。


 本は白紙のままだった。






 「大樹の落果」に加入して五年。

 イグニスやメンバーとともに、四つの小規模な迷宮を攻略した。


 その中には、前回彼らが攻略に失敗したあの迷宮もあった。

 パーティーはSクラス冒険者の中でも特に有望株とされ、正に「希望の大樹」の申し子のように扱われた。


 端から見れば順調だろう。

 だが俺は焦っていた。





「またその話か、エリウス」


 パーティーメンバーとの会議の席で、俺が「魔王城を攻略すべきだ」と進言すると、うんざりとした様子でイグニスが返答をした。


「またも何も⋯⋯加入当初から言っていたはずだ」


 魔王を倒したい。

 そのために、このパーティーに入る。


 それは最初から伝えていた。


「やる気のある奴は歓迎だ」


 加入する時、イグニスはあの時と同じセリフを言った。


 だというのに、この話題になるとのらりくらりとした対応をする。

 俺はしびれを切らしていた。


「いつになったら、魔王を殺しに向かうんだ!」


 俺が胸ぐらを掴みながら詰め寄ると⋯⋯。


「いい⋯⋯加減に⋯⋯しろ! エリウス! いつまでそんな夢物語を語ってんだ!」


 俺の手を振りほどきながら、イグニスが叫んだ。


「夢物語、だと?」


「そうさ、魔王なんて倒せるわけねぇ! お前は見たことあるのか、魔人を!」


 魔人。

 見たことは、ある。

 何なら現実かどうかは定かではないが、俺は一度殺されてすらいる。

 だが、それを言っても信用されないだろう。


 俺が何と言おうか迷っていると、その態度から「ない」と捉えたのだろう。

 イグニスが話を続けた。


「俺はなぁ、あるんだよ。駆け出しのころにな。このパーティを立ち上げてすぐ、当時最有望株っていわれてたパーティーと合同で迷宮に向かった。そこのリーダーはお前と同じくらい強かったよ。だけどなぁ、魔人相手に十秒ももたなかった! 俺は恥も外聞も捨てて逃げた。生き残ったのは俺だけだった! 俺は今でも夢に見るんだよ、あの時の事を!」


「⋯⋯」


「こいつらだって同じようなもんだ。お前以外のメンバーはなあ、金を稼ぐためと割り切ってこの仕事してんだ! ある程度金が貯まったらこの国から出て、安全に暮らすためにな! 毎回迷宮に潜るたびに、『魔人に出会いませんように』って、ビクビクしながらよ!」


 その言葉に衝撃を受け、周囲を見回すと⋯⋯他のメンバーは俺から目を逸らすことで、イグニスの主張を肯定した。

 それは、裏切りの告白だった。


『一緒に、いつか魔王を倒そう』


『みんなに青空を見せよう』


 冒険者として活動する中、何度もそんな話を語り合った彼らは⋯⋯腹の中では「ムチャなことを言う奴だ」と、俺を嘲笑っていたのだ。


「騙してた、のか」


「そうじゃねえ、聞け、エリウス!」


「これ以上、何を⋯⋯」


「俺はなぁ、そのうちお前が現実を受け入れると思ってたんだよ! 魔王討伐なんて無理、いつかその現実と折り合いをつけてくれる、そう思ってたんだ! お前は真っ直ぐで良いヤツだ、だから無駄に死なせることはねぇってな!」


「俺のため⋯⋯ってことか?」


「そうだ。わかってくれよ、な?」


 そう言って、イグニスは俺の肩に手を乗せた。

 それはイグニスなりの優しさだったのかも知れない。

 だがそれでも、俺は──。


「ふざけるな!」


 許せない。

 その気持ちが先走り、叫びとともに右手に鈍い衝撃が走る。

 気がつけば、俺はイグニスを殴っていた。


「俺の⋯⋯貴重な五年間を無駄にしやがって⋯⋯!」

 

 彼らは知らない。

 五年以内に事を成さなければ、多くの犠牲が生まれる事を。

 それは彼らの責任ではないが、それでも俺は許せなかった。


 興奮が治まらず、さらにイグニスへと追撃しようとした俺を、それまで事態を見守っていたパーティーメンバーが力ずくで制止しした。


「離せ!」


「いい加減にしろ! エリウス!」


「落ち着け!」


 後ろから羽交い締めにされ、俺はそれでも暴れていた。

 殴られて尻餅をついたイグニスが、俺を見上げながら言った。


「エリウス、もう知らねぇ。お前はクビだ! 出ていけ! 魔人でも魔王でも勝手に挑んで殺されちまえ!」


「上等だ、このやろう! その前にお前をブチ殺してやる!」 


 叫んでしばらくすると⋯⋯俺に強烈な睡魔が襲ってきた。

 心当たりの方を見ると、パーティーメンバーの魔法使いが、俺に杖を向けていた。


「睡眠の⋯⋯魔法⋯⋯」


 普段なら躱せただろうが、拘束された状況のせいで為す術がなかった。


 次第に頭が重くなり、眼を閉じることに抵抗できず──。






 目が覚めると、また自室にいた。


 死因はわからない。

 眠って倒れた拍子に頭でも打ったのかも知れないし、もしかしたら、俺からの報復を恐れたメンバーに殺されたのかも知れない。



 どちらにせよ、俺が「大樹の落果」に入ることはもうなかった。


 その後の彼らは、俺が王国軍にいた頃と同じ運命を辿った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
新作です!

『レンタル魔王』は本日も大好評貸出中~婚約破棄騒ぎで話題の皇家令嬢に『1日恋人』を依頼されたので、連れ戻そうと追いかけてくる婚約者や騎士を追っ払いつつデートする事になりました~

その他の連載作品もよろしくお願いします!

『俺は何度でもお前を追放する』
コミカライズ連載中! 2022/10/28第一巻発売! 下の画像から詳細ページに飛べます!
i642177

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
書籍化作品! 画像クリックでレーベル特設ページへ飛びます。
i443887 script?guid=on
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] エリウスの気持ちは痛いほどわかります。そしてイグニスの言い分もわかる。どちらかが悪とかではなく、別種の正義同士がぶつかったという感じですね。強いて悪を上げるなら、それはやはり魔王に他なりま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ