1.違和感
俺はエリウス。
「竜牙の噛み合わせ」という冒険者パーティーのリーダーだ。
パーティー名は俺の好きな言葉「竜牙を噛み合わせるが如く」という、団結を意味する言葉から名付けた。
メンバー、つまり「竜の牙」は俺を含めて五人。
槍の名手ファラン。
弓の達人ニック。
回復担当のレナ。
そして、会計のエレイン。
全員が若くしてそれぞれの分野で、最高峰のエキスパートだ。
かく言う俺も『剣聖』という、このパーティーのリーダーとして、恥ずかしくないと言えるだけのスキルは持っているつもりだ。
最近そのうちの一人、会計のエレインの様子が少しおかしいと感じる。
昨日、長期に渡り取り組んでいた依頼を達成し、成功を無事に冒険者ギルドへと報告できた。
メリハリをつけるために、滞在中のバルハントで一日休暇とした。
各自がそれぞれの休日を、思い思いに過ごしたのち、宿の食堂に全員で集まって夕食を摂っていた。
普段は好き嫌いせず何でも食べるエレインなのだが、今日に限り食があまり進んでいないようだ。
並んでいる献立ではなく、自分の左手を、不思議な物を見るかのような眼差しで眺めている。
その視線を追った俺は、彼女に疑問をぶつけた。
「エレイン、どうしたんだその指輪」
彼女の薬指には、金のリングにピンクの宝石があしらわれた指輪がはまっている。
それは昨日まで無かったと断言できる。
彼女には毎日剣を教えているので、指輪を付けていれば俺が見逃すハズはない。
彼女がパーティーに加入しておよそ三年。
これまで男勝りなエレインが、装飾品に興味を持つなんて姿を見たことがなかった。
彼女自身、自分の行動が理解出来ていないのか、首を傾げながら言った。
「わかんない⋯⋯今日露店で見て⋯⋯気が付いたら買ってたの」
「ふむ⋯⋯」
衝動的に物を買ってしまう?
倹約家の彼女からはもっとも縁遠い行為に思える。
むしろ普段は俺達の無駄遣いを注意する側だ。
「ちなみに⋯⋯どう思う?」
手の甲をこちらに向け、少し顔を逸らしつつも、彼女は俺の反応を伺うように視線をこちらへと向けている。
もちろん、俺もこういう時にどんな事を言うべきか、くらいは把握している。
⋯⋯しては、いるが。
言うべき事を言わずに、世辞を言うほど器用ではない、という自覚もある。
結局は言うべき事を優先した。
「剣の師として率直に言わせて貰うなら、剣を振るのには邪魔そうだな」
その瞬間、視界にいた他の『竜牙の噛み合わせ』の面々が、「うわっ」みたいな表情をした。
いや。
わかるよ、わかるけど、さ。
当のエレインは僅かに眉根を寄せた程度だが、それは不機嫌さを抑える時の彼女の仕草だ。
つまり俺の答えは不正解だったのだろう。
当然と言えば当然だが。
「あっそ。じゃあ売ってくるね」
「いや、それは勿体ないな。なんせ⋯⋯」
俺は何とかフォローの言葉を考える。
心なしか周囲は期待と不安、と言った視線をこちらに向けている⋯⋯気がする。
ここはリーダーとして彼らの期待に応え、何とか正解を出さねばならないだろう。
「装飾品には特殊な効果が付与されている物もあるし⋯⋯まずは鑑定して貰うと良いんじゃないか?」
「鑑定? ⋯⋯そっか、そうね」
エレインが指輪に視線を落とす中、周りのメンバーも『おっ?』と、少し感心したような表情を浮かべた。
それに気を良くして、俺は言葉を続けた。
「効果にもよるが⋯⋯それが戦闘のサポートに繋がるなら、剣の邪魔だとはいえ身に付ける価値はある」
これなら、彼女が指輪を付け続ける正当性を提案できただろう。
──あれ。
周囲の表情が曇って見えた。
俺は内心で、期待と不安を覚えながらエレインの答えを待つ。
そして、彼女の答えは。
「まぁ、どちらにしても外すわ。仮に付与効果があったとしても、鎖にでも通して首から下げればいいし⋯⋯なんたって、剣を振るのに邪魔だしね!」
エレインはとうとう不機嫌さを隠さず、そのまま指輪を外すと、残ったままの食事を片付けつつ席を立った。
その後ろ姿を見送りながら、俺は思わず呟いた。
「難しいな⋯⋯」
「難しいな⋯⋯じゃねぇえええっ! 簡単だろうが! 何なんだお前はぁあああっ!」
ファランの叫び声が食堂に響いた。
「突然叫ぶな、ファラン」
「叫ばすなぁあああああ! 素直に褒めりゃすむ話だろうが!」
もっともな言い分だ。
だが、それは俺にとっては嘘をつく事に他ならない。
「でもさ、実際剣を持つのには邪魔だし⋯⋯剣を教える師としての立場ってもんもあるし」
「この頭岩石が!」
怒り狂うファランから自分の援護をして貰うため、レナを見る。
すると、彼女は冷たい目でこちらを見ていた。
レナがこんな表情になるのは稀だ。
魔物の汚物を見る時に、似たような表情をしている。
つまり、俺に向けているのはそんな視線だ。
「いや、あれはないよエリウス」
ないらしい。
レナがない、といえば大体ないのだが、俺は助けを求めるような心境で、一縷の望みをかけて今度はニックへと視線を向けた。
「俺はどうすれば良かったんだ?」
人当たりの良い彼にアドバイスを求める。
「そうですね、エリウスさんには難易度が高いかも知れませんが⋯⋯」
前置きしたあと、髪を「ファサ」っと掻きあげ、ニックは一つ咳払いしてから言葉を並べ始めた。
「素敵な指輪だね。訓練中や冒険中は外す必要があるかも知れないけど、キミに良く似合ってるよ、俺から贈りたかったくらいさ。じゃあ俺は訓練してくるよ⋯⋯えっ? 何の訓練かって? キミのハートを撃ち抜く訓練さ、それが何よりも難しくて、やりがいのある訓練さ⋯⋯」
「レナ、俺はどうすれば良かったんだ?」
「ちょ、聞いといてスルーしないで下さいよ!」
「いや、お前が言うように難易度が高い」
「諦めたら、そこで冒険終わっちゃいますよ! 向上心を持ってください!」
ニックが食い下がる中、レナは表情を変えてクスッと笑った。
「でも、エリウスらしくて良いかも。変に浮いた言葉を言うのもあなたらしくないし、ね」
「そうだよな?」
「ええ。もし、あの場面でニックみたいな事を言うなら、それはもう、エリウスじゃなくてエロウスよ。エリウスはエロウスになりたい?」
「⋯⋯エロウスは、ヤダな」
「でしょ? じゃあ良いんじゃないかしら? エレインも、あなたが素直に女の子の装飾品を褒めるような人じゃないって、頭ではわかってるわよ」
聖女らしい、レナの心遣いを感じる言葉に、俺は少し安心感を覚えた。
「そ、そうか?」
「ええ。女心なんてちっともわからない、どうしようもない鈍感野郎。エリウスにピッタリじゃない!」
なぜか彼女は嬉しそうに、手をパンと合わせながら、俺への評価を下した。
俺への心遣いってのはどうやら気のせいだ。
しかし、その評価はどうなんだ⋯⋯?
まあ俺が、潔くその評価を受け入れれば良いのか。
つまり⋯⋯。
「じゃあ、解決⋯⋯か?」
「してねぇよ⋯⋯」
ファランが何かを諦めたような声色で呟いた。
ファランの言葉通り。
実は、何も解決などしていなかった。
最近よく夢を見る。
悪夢──と言って良いだろう。
なんせ、自分が死ぬ夢ばかりだ。
起きれば細かい内容は忘れているが、「自分が死ぬ夢だった」というのだけは覚えている。
最初は月に一回程度だった。
それがここ最近では、ほとんど毎日見るようになった。
最初に見たのは──約三年前。
奇しくもエレインがパーティーへと加入した頃。
夢だけではない。
起きている時も、既視感を覚える事が多い。
彼女と出会った時もそうだが、それ以外も──例えば今日の指輪を見たときもそうだった。
俺は何とか平静を装ったが、あの指輪を見た瞬間の既視感は凄まじかった。
それは大袈裟な言い方をすれば、この世界への違和感だ。
実は、今、俺が感じ、過ごしているこの世界こそ、夢なのではないのか?
これは、死ぬ間際の妄想なのではないか? という思い。
現実感の喪失。
そして、エレインも同じように感じているのかも知れない。
唐突に指輪を買うなんて、普段の彼女からは考えられない。
「⋯⋯馬鹿馬鹿しい」
くだらない考えを振り払おうと思い、剣を携え宿の外へと出た。
ここ最近の決まり事だ。
倒れ込むまで素振りをし、疲れ果ててからベッドに潜り込んで眠りにつく、という、日々のルーティン。
──と。
「やあエリウス」
俺が宿を出ると、一人の男がいた。
見覚えのある男だ。
特徴がある⋯⋯ありすぎる格好だから、間違えようもない。
道化のような格好をした、白一色の男。
それは三年前、エレインの事を教えてくれた彼だ。
「ああ、三年前の⋯⋯ご無沙汰してます。あの時はありがとうございました。お陰で会計を雇い入れる事ができました」
「うん、実は、その件で来た。まずは⋯⋯すまない、ボクの見通しが甘かったせいで、キミやエレインに迷惑を掛けている」
「⋯⋯迷惑?」
俺が聞き返すと、彼は頷きながら言った。
「うん。今、キミたちは『幽霊現象』の影響下にある」