表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/40

2.因果よりも

「お帰り、エリウス」


「ただいま、母さん。これ、お土産。少量だけど⋯⋯」


「あら、何かしら」


 俺から渡された小さな包みを開くと、母は驚きと喜びを混ぜた表情を浮かべた。


「⋯⋯まぁ、これ!」


「うん」


「ありがとう、エリウス⋯⋯憶えていてくれたのね」


 土産として持参したのは、周辺国で栽培されている茶葉だ。

 そしてそれは、黒雲が天に蓋をする前、つまり魔王が現れる前にはこの国でも栽培されていた。


 生まれてから今まで、昼間でも薄暗い街と空しか馴染みのない俺にはピンと来ないが、魔王が現れる前、俺の村では茶葉が名産だったらしい。

 当時の村人はよく茶を嗜んでいたという。

 幼なじみとしてこの村で育った父と母は、若い頃、村に広がる茶畑で逢瀬を重ね、結婚に至り、俺が産まれた⋯⋯との事だ。

 それまでろくに親の仕事を手伝わなかった子が、年頃になると急に「茶葉の世話をしてくる!」などと言い始める、というのが、村の誰もが知る笑い話だった。



 だが、魔王の生み出した黒雲のせいで日中でも常に薄暗く、日照が極端に減ったこの国では茶が上手く育たなくなった。

 村は主要産業である茶の生産を奪われ、村人が茶を飲む機会は奪われた。

 母が父との思い出を語る時、それは茶に紐付けられる事が多かった。


「ごめんね、せいぜい数杯しか淹れる事はできないと思うけど」


「ううん、良いのよ。高かったんでしょ?」


 母は少し不安げな表情を浮かべるが、嘘をついても母には簡単に見抜かれるので、正直に答える。


「それなりにね、でも、無理はしてないよ」


「ありがとう、エリウス。またお茶を飲めるなんて思ってもいなかったわ、早速いただきましょう」


 母は戸棚から二つのカップを取り出した。

 母と⋯⋯父が使っていたカップだ。


 形見である剣は俺が持ち、思い出の品であるカップは、母が大事にしまってある。

 母は湯を沸かし、茶を淹れた。

 

「この香りを嗅ぐと⋯⋯思い出すわ」


 湯気と共に立ち上る懐かしい香りに、母はしばし思い出に浸る。

 二人で茶を飲み干すと、母は満足げなため息を吐いた。


「ごちそうさま。美味しかった」


「良かった」


「せっかくだから、残りの茶葉は取っておくわ」


 来た。

 母の次の言葉に、俺はいつも返事を窮する。

 だが、喜ぶ母が見たい、という気持ちから、俺はいつも茶を土産として持参している。


「次は⋯⋯あなたがお嫁さんを連れてきた時に淹れようかしら?」


 いつもはこの言葉に、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 だが⋯⋯俺はこのやり取りの予習をしている。


「飲んでしまって構わないよ、だって⋯⋯魔王さえ死ねば、またここで茶を育てられるさ。嫁さんなんてまだまだピンと来ないけど⋯⋯そんな日が来るなら、この村で育った茶を飲んで貰えばいいよ」


 俺の言葉に、母はしばらく俺を見ていたが、やがて目を伏せながら


「⋯⋯そうね」


 と呟き、微笑んだ。






 


 




「サーシャの事⋯⋯覚えてる?」


 夜、母と久しぶりの食事中。

 母の質問に、俺はどきりとした。


「うん、覚えている、けど⋯⋯」


 サーシャはこの村で俺と共に育った、年が一つ下の少女⋯⋯いや、もう女性、か。

 数百年のループで、人の年齢に対しての感覚がやや混乱している。

 なんせこの数百年⋯⋯いや、俺が旅に出ないと選択して、導に黒字が記載された時にチラッと見かけたかな? 


 サーシャとは、子供の頃よく遊んでいた。

 ただ、父の死を知り、俺が剣に打ち込み始めてからは、会えば挨拶する程度で、殆ど交流は無い。

 同じ村に育った、同世代の異性。

 俺の認識はその程度だ。


 俺がどきりとしたのは⋯⋯。


「サーシャね、結婚して、もう子供もいるの」


「そうなんだ、知らなかったな。知っていれば⋯⋯何か土産を買って来たんだが」


 そう、知らない。

 


 何だ、この会話は⋯⋯?

 おかしい。


 ここ数回のループ、俺は死ぬ間際に毎回母の元を訪れた。

 そこでの会話は、殆ど変わらない。


 特に、今夜話すのは、父に関する思い出話が中心のはず。

 サーシャの名前など、これまで出てきた事は無いのだ。


「こんな世の中だから⋯⋯サーシャの家族も苦労してるわ。でもね、サーシャは笑いながら言うの。この子が自分の希望だって。この子がいるから頑張れる、って」


「⋯⋯うん」


「だから、エリウス、私、私は⋯⋯」


 母は一度顔を伏せたあと、再度顔を上げた。

 その表情は不安げで、それでいて、何か、俺に後ろめたさからくる罪を告白するような面持ちだった。


「お父さんが死んだという報せを受けた時⋯⋯私がアナタに言った言葉⋯⋯覚えてる?」


「うん」


 忘れる筈がない。


「私は⋯⋯お父さんは本当に素晴らしい人だと思うわ。自分を犠牲にして、沢山の人を、命を救った。あなたにお父さんみたいに、強く、優しくなって欲しい。その気持ちは、今でも変わらないわ」


「うん」


「でもね、私は⋯⋯あなたが旅に出てから、ずっと、引っかかってたの。そして⋯⋯サーシャの子を見ていると、思うの」


「⋯⋯何を?」


「私は⋯⋯エリウス、あなたに、生き方を押し付けてしまったんじゃないか、って。本当なら、あなたも、普通に結婚して、家族を支えて、支えられて⋯⋯そんな幸せを、あなたから奪ってしまったんじゃないか、って⋯⋯」


「⋯⋯」


「私の理想をあなたに押し付けて、結果、息子に敵討ち以外に目が向かない、辛い生き方を背負わせてしまったんじゃないか、って」


「⋯⋯」


「私の為を思って、お茶を買って来てくれる、そんな、良い息子に育ってくれただけで、本当なら充分なのに、私は、あなたに望み過ぎたんじゃないか、って。私は、あなたに何もしてあげられないのに⋯⋯!」


 そこまで言って、言葉を続けるのが難しくなったのか、母は体を震わせた。

 俺は母の震えを抑えるように、そっと手を握る。

 何かあると、いつも俺の頭を撫でてくれていた母の手。

 改めて意識すれば、それは、とても小さかった。


「あるよ、母さん。実は今日、母さんに頼み事をしたくて来たんだ」


「えっ?」


 俺が言葉を挟むと、母は驚いた表情に変わった。


 本来なら、いつも、別れ際に簡単に頼んでいた。

 だが、話の流れから、今だ、と思った。

 俺は一度母から手を離し、懐から手紙を取り出して渡した。


「もし、エレインという女性に会う機会があったら⋯⋯これを渡して欲しいんだ」


「⋯⋯これ、手紙? 自分で渡せば良いじゃない」


「ちょっと事情があってね、会えないんだ」


「そう、なの?」


「うん⋯⋯元々俺のパーティーに居たんだけど⋯⋯まあ、喧嘩別れみたいになっちゃってね」


「まぁ。仲直りしなさい」


「できればそうしたいんだけど⋯⋯まあ、念の為」


「⋯⋯わかったわ。一応預かっておきます。でも、自分で仲直りする努力もしないとダメ。約束よ?」


「⋯⋯うん」


 几帳面な母は、手紙を受け取ると席を立った。 恐らくどこかにしまっておくのだろう。

 母の後ろ姿を見て、唐突に、レナへの誓い、エレインとまた花火を見ると約束したことを思い出した。

 俺は守れない約束ばかりしているな、と、内心で自嘲していると、母は再度食卓へと戻って来た。


 まだ表情を曇らせている母に、俺は努めて明るい声で言った。


「俺は⋯⋯今の自分の生き方に、満足してるよ」


「エリウス⋯⋯」


「安心して、母さんに押し付けられたなんて、これっぽっちも思っていない。俺が魔王を殺したいと願う理由は、簡単だよ」


「何?」


「父さんや師匠を尊敬しているからだよ。それに、きっと二人は⋯⋯俺に尊敬されたくて、生き方を選んだわけじゃない。確かに母さんの言葉も、俺の大事な指針だけど、それに追いやられたなんて言うのは間違いだ」


「間違い?」


 聞き返してくる母の手を再び握り、俺は強く頷いてから、自分の偽らざる心情を伝えた。


「俺にとっては、導きだ。俺の歩くべき、正しい道を示すための──二人のように、ね。自分の信じる道を貫く、それを実践したから、俺は二人を尊敬してるんだ」


「⋯⋯うん、そうね」

 

 先ほどまでの表情は和らぎ、母は笑顔を浮かべた。

 そして、母は先ほど見せた取り乱しぶりを誤魔化すように、やや明るい声で言った。


「で、そのエレインっていうのは⋯⋯どんな娘なの?」


 母の質問に少し考え、これまでの事を振り返りながら⋯⋯。


「すごいやつだよ、頑張り屋で、頭も良くて⋯⋯実は、父さんが⋯⋯」



 エレインの話をしていると、そのまま夜は更けていった。




 




 実家から、また街へと戻る道中。

 なぜ、母があんな話をしたのかについて考えた。


 結局、本当の事はわからない。

 



 ただ⋯⋯母は、俺の『覚悟』のようなものを、見抜いていたのではないだろうか。


 長かった繰り返しも、恐らく今回が最後。

 街へ戻れば⋯⋯しばらくして俺は死ぬ。


 レナに殺される事、それ自体は、もう受け入れている。

 それは、俺が彼女に対して犯した罪。

 一人残される彼女の為にも、手を汚させるような真似をさせるのは本当なら避けたいが⋯⋯恐らくこの運命は、かなり強固で、むしろこれを無理に回避する為に動くのは、エレインによる魔王討伐を失敗に導く可能性さえある、と俺は思っている。


 そう、この繰り返しの中で感じていた。

 魔王討伐は重なる因果の狭間にある、細い、細い道。


 少し外れれば、歩けない運命。

 定められた因果というのは、簡単には変えられない、ということを、俺はイヤというほど知っている。


 だからこそ、思う。

 父が死んで以来、母はこれまでも俺を心配する素振りは見せても、弱さは見せなかった。

 きっと俺の邪魔になる、足手まといになる、そう考えて、想いを胸にしまっていたのだろう。


 そんな、母が本来なら胸にそのまま秘めていたであろう想いを、本来の因果を曲げてまであそこで吐露したのは⋯⋯俺の僅かな変化さえ感じ取り、見抜いていたからではないだろうか?


『これで最後だ』


 と思う俺の心境を見抜き⋯⋯あんな事を言ったのではないか、というのが俺の予想⋯⋯いや、そうであって欲しいという勝手な願望にしか過ぎないとしても。



 そう。

 これまでも。

 そして、最期を迎えようとする今も。

 母は誰よりも、俺の身を案じてくれていたのだ。



 ──定められた因果なんかよりも、強く、俺の事を。



※お知らせ※


いよいよ、明けて5月4日0時からコミカライズ開始!

配信サイトは白泉社様運営の『マンガpark』です。


コミカライズ版は柳井伸彦先生のお陰で、本当に原作者だからとかではなく、ただの漫画好きとして、自信を持って皆さんにオススメできるものになってます。


マンガpark様へは下記のカッコいいエリウスの画像から飛べますので、そちらをご利用頂くか、アプリ版もありますのでダウンロードして読んで下さい!

アプリ版はコイン配布も充実しており、登録無しで先読み可能なので個人的にはアプリ版がオススメです。


コミカライズもお気に入り等で応援いただけたら嬉しいです。


次の追加エピソードはいよいよエリウスとエレインの再会となります。

これが結構難産で、数ヶ月書いているのですがまだ書き上がらず⋯⋯頑張ります。


ブックマークや評価が執筆のモチベーションになります。

重ねて図々しいお願いで申し訳ありませんが、応援のほどよろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
新作です!

『レンタル魔王』は本日も大好評貸出中~婚約破棄騒ぎで話題の皇家令嬢に『1日恋人』を依頼されたので、連れ戻そうと追いかけてくる婚約者や騎士を追っ払いつつデートする事になりました~

その他の連載作品もよろしくお願いします!

『俺は何度でもお前を追放する』
コミカライズ連載中! 2022/10/28第一巻発売! 下の画像から詳細ページに飛べます!
i642177

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
書籍化作品! 画像クリックでレーベル特設ページへ飛びます。
i443887 script?guid=on
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 4回ほど見て今更のレビューですがw 何度見ても素晴らしい作品です! 追放系で最初に見たのがこれですが、他の作品と比較しても完成度が高すぎる この作品をまた後、他の追放系を見ても二番煎じ感や…
[良い点] こういう物語とても大好きです。
[良い点] コミックも読ませていただいてます。 外伝で補完された部分も素晴らしい繋がりで、完成度が本当に高い傑作だと思います。 アニメ化も期待しております。 [気になる点] ネタバレになってしまうので…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ