4.会計スキルの少女
エリウスのパーティーへと加入が決まったレナは、彼の相棒であるファランを紹介された。
「レナです。よろしくお願いします」
ファランは挨拶に返事もせず、レナをしばらく眺めていたが。
「⋯⋯よろしくな」
とだけ言って、ふいっと顔を背けた。
その態度が気になり、レナが心配していると⋯⋯。
「すまない、普段はもう少し気さくな奴なんだが⋯⋯美人を見て照れているらしい」
「よ、余計なこと言うな! エリウス!」
ファランの顔は真っ赤だった。
おそらく、自分もそうだろう、とレナは思った。
エリウスは真面目一辺倒ではなく、冗談も上手いようだ。
エリウスの魔王討伐を補佐する、そんな意気込みで『竜牙の噛み合わせ』へと加入したレナだったが⋯⋯。
「⋯⋯このくらい、すぐに治せねぇの?」
彼女が加入して初めての戦闘が終わり、モンスターの攻撃を受けたファランが、レナの治癒魔法を受けながら言った。
「す、すみません。私はまだ初級の治癒魔法しか使えなくて⋯⋯」
「ファラン、しょうがないだろう。レナは初めての実戦なんだ。まだ『スキル』が鍛えられていない」
「わかってるよ、ちょっと言ってみただけだよ」
と言ったものの、ファランは明らかにがっかりした様子だった。
レナもまた、自分自身に不甲斐なさを感じる。
『聖女』などという大層なスキルを持っているのに、自分は足手まといなのだ。
早くスキルを使いこなさなければ。
加入してひと月、そんな日々を過ごしていた。
この期間は、エリウスとファランの活躍をただ傍目で見ているだけだったが、パーティーは迷宮を一つ制圧した。
ギルドから報奨金が支払われると、エリウスはレナに、その半分以上の金額を渡してきた。
「これは君の分配金と、教会への寄進だ」
「え、でも⋯⋯」
パーティーからの寄進なら、リーダーのエリウスから渡すのが筋なのでは?
そう思ったレナに、エリウスは理由を説明した。
「君がうちのパーティーできちんと働けているかどうか、神父様も心配しているだろう。君から渡せば、パーティーで信用されているのだと感じ、少しは安心して頂けるかも知れない」
エリウスの心遣いに感謝しつつ、彼と二人で教会へと戻り、寄進を済ませた。
エリウスの言うとおり、神父はレナから寄進を渡された事に感激し、彼女に何度も礼を述べた。
その日は教会へと滞在し、翌日常宿へと戻る途中、エリウスが「寄りたい所がある、付き合って貰えないか?」との事で、彼に付き従う事にした。
彼と連れ立って訪れたのは、魔王軍に住処を襲われ、住むべき家を失った避難民の集まりだった。
「今は全員を助ける事は叶わない。だが、少しでも彼らの力になりたいんだ」
エリウスはレナに言うと、精力的に彼らの手伝いを始めた。
教会への寄進だけではなく、こんな活動もしていたんだ、とレナは感心することしきりだった。
その後も、何度か二人で避難民の元を訪ねた。
エリウスと一緒に、彼らの手伝いをしていたある日。
「レナ、済まない。魔物に襲われてケガをしている人がいる。気が進まないかも知れないが⋯⋯君の治癒魔法の力を借りれないだろうか?」
エリウスの視線には、レナを慮ったものを感じた。
彼女が人前でスキルを行使する事に抵抗がある、それを理解したうえでの頼み事。
「もちろんです、エリウス。私が力になれることがあるなら」
エリウスに怪我人の元へと案内され、治癒魔法をかけたとき。
レナは、自分の変化に気がついた。
僅かではあるが⋯⋯魔法によって傷が塞がるのが早かったのだ。
「どういうことでしょう?」
正直、スキルが強化された要因に、思い当たる節がなかった。
エリウスはしばらく「うーん」と考えている様子だったが⋯⋯。
「もしかしたら⋯⋯」
と、自身の考えを述べた。
スキルは、特定の行動で強化される事がある、という。
レナのスキルが強化されたならば、その要因として考えられるのは、迷宮を制圧した、教会に寄進をした、避難民を助けた。
この三つのどれかだろう、と。
「俺の予想だが⋯⋯『聖女』というのは、やはり人々の希望。そこから考えるに『善行』を行うとスキルが強化される、という事なのかも知れない」
エリウスの予想が当たっていたのだろう。
それから寄進や避難民の手伝い、また冒険者としての依頼をこなすと、治癒魔法の効果はどんどんと高まった。
一刻も早く、エリウスに魔王討伐を成し遂げさせてあげたい。
その思いから、少しでも善行を重ねるべく動く日々。
そんな生活が半年ほど続いた頃、彼女が所属するパーティー『竜牙の噛み合わせ』に、一つの変化が訪れた。
「新メンバーを紹介する。彼女はエレイン、うちでは会計およびサポートを担当してもらう」
エリウスに紹介されたのは、黒髪の少女。
活発な雰囲気で、意志の強そうな瞳をしている。
「エレインです、よろしくお願いします! スキルは『会計』と、戦いには不向きですけど、パーティーに貢献できるように精一杯頑張ります!」
「会計っ!? またなんでそんなスキルで⋯⋯」
ファランは驚いた様子だったが⋯⋯レナはエリウスの考えを察し、また、申し訳ない気持ちになった。
おそらくエリウスは、レナのスキル『聖女』を効果的に強化するために、彼女をパーティーへと招いたのだ。
エリウスとパーティーを共にしたことで解ったことがある。
それまで彼はかなり無理をして、寄進の費用を用立てしていた。
いくらSクラスの冒険者とはいえ、金が湯水の如く湧く訳ではない。
そして今、未熟なレナの不甲斐なさのせいで、急いで寄進を行う必要に迫られ、その費用が嵩んでいる。
そんな財務状況の改善の為に、会計スキルの持ち主なんて加入させる羽目になったのだ。
それに、この少女にも罪悪感を覚える。
冒険者は、常に危険と隣合わせ。
自分がスキルを使いこしていれば、彼女にこんな危険な仕事をさせなくて済むというのに。
少しでも早く、彼女をこんな危険な仕事から解放させてあげなくては。
そして⋯⋯彼女と仲良くするわけにはいかない。
自分のスキルが鍛えられた暁には、彼女にはここを去って貰う必要があるとするならば、尚更だ。
⋯⋯もう、親しい人との離別は、ごめんだ。
エレインの手腕は確かなものだった。
会計だからと、ただ帳簿をつけるにとどまらない。
依頼料の交渉、迷宮攻略用の物資や、日用品の価格交渉と、金銭に関わる全般を担当した。
自分と変わらない年の彼女は、『会計』というスキルを使いこなしている。
「依頼料を上げれば『困ってる人の足元を見てる』と言われる事もあるわ。でも、私はエリウスは、このパーティーは、多くの人を救えると思ってる。なら、少しでも効率よく活動できるようにする事が、結局多くの人を救う事になると思うわ」
エレインはそう言って、憎まれ役になることを厭わなかった。
実際彼女が来てから、教会への寄進のペースは上がり、レナのスキル強化はもちろん、孤児たちの生活環境はかなり改善された。
彼女の働きぶりを見ていると、劣等感が刺激される。
それ以上に、早く自分も一人前にならなければ、そんな気持ちが強く芽生える。
エレインの働きぶりのお陰もあり、レナのスキルが強化されるにつれ、パーティーはより危険な依頼をこなすことが多くなった。
今はエリウスが上手くサポートし、エレインは何とか命を繋いでいるが、レナが見ていてハラハラする事も多い。
間一髪で、エリウスの神懸かり的とも言える動きで助かった、そんなシーンを見る事も多くなった。
彼女がパーティーへと来て、三年。
もう、限界だ。
エレインを、解放してあげなければ。




