第3話 王国軍
気がつけば、自室のベットに横たわっていた。
体を起こし、黒い男に言われた通りにしてみる。
「導」
と口にすると、右手にタイトルも書かれていない、黒い表紙をした本が現れた。
「あれは夢じゃなかったのか⋯⋯」
本が確かに現れた事で、あの出来事が現実だったことがわかる。
不思議な体験だった。
通常、『天授スキル』は一人に一つ。
鍛錬の結果『取得型』として成人後にスキルを獲得する者もいるというが、俺は剣技以外の鍛錬などしていない。
通常なら有り得ない事だが、俺は取引によって二つ目を手に入れた。
取引が必要とはいえ、奴は人に『スキル』を与えられる存在という事になる。
「一体何者なのだ⋯⋯」
当然の疑問が頭を過るが、考えても答えは出ない。
とにかく俺は新たなスキルを得た。
その事実に少し興奮を覚えながら開いてみると、本にはページが一枚綴られてあるだけだった。
「この本は魔王の死、その結果を導く」
とだけ書かれたページが一枚あるだけの、スカスカの本。
「使い方はおいおいわかる、とあの男は言っていたが⋯⋯」
あまり強力なスキルだ、という感じはしない。
今のところ確認できるのは、ただ本を呼び出すだけのスキル、ということだ。
やはり、あの白い男が言っていた通り、俺は騙されたのだろうか。
だが⋯⋯。
「だとしても、俺のやることは変わらない」
俺は父の形見の剣を握り、魔王を倒す旅に出た。
旅に出て数日、俺は目的地に着いた。
俺は魔王軍と戦う組織として代表的な存在である、王国軍へ志願した。
結果から見ればこの選択は回り道だったのだが、王国の置かれている現状、そして『魔王軍』というものを知るのに役に立った。
王国軍への所属が決まった日の夜⋯⋯「導」に変化があった。
『王国軍に志願』
という文字が追加されたのだ。
当時はそこに疑問を抱かなかったが、追加されたのは黒い文字だった。
「⋯⋯これは、日記のようなもの、なのか?」
いまいちピンと来なかった。
この本は俺の行動を自動的に書き残す、ということだろうか?
他に何か無いのか、と思い、たびたび呼び出してはみたものの、その後五年間は文字が追加される事はなかった。
王国軍は慢性的な人手不足らしく、スキルが『剣豪』だと伝えると、諸手を上げて歓迎された。
小さな部隊に配属され、何度か魔王軍に襲われる村や街を守る、といった小規模な防衛戦に参加した。
魔王軍は散発的に村や街を襲うことが多く、それなりに忙しい日々を過す。
その中で、俺は魔王軍の特性を少しずつ学んだ。
魔王軍は魔王を含めた「魔族」と、魔物や魔獣からなる混成軍だ。
魔王含め幹部連中である上位魔族、いわゆる「魔人」は少数で、軍団を構成する大部分は下位の魔族や魔獣、魔物となる。
何度か戦闘を経験したが、敵部隊は下位の魔族が率いている事がほとんどで、魔人は見かけることがなかった。
同僚や上官の中にも、魔人と遭遇した者はほとんどいなかった。
唯一、遭遇したことのある上官からは
「奴らとの遭遇は死を意味する。見かけたら逃げろ」
それを口酸っぱく言われたものだ。
その言葉の正しさを、俺は後日身をもって知った。
魔王軍は組織として、王国軍含めた人類の軍隊とは在り様が大きく違う。
言うなれば、魔王軍というのは「猛獣の群れ」だ。
狼は群れを作る。
だが、その群れ同士がさらに手を組み、小規模な群を集めてさらに大規模な群れを形成することによって連携し、天敵に対抗したりしない。
つまり、数匹からなる一つの群れに一匹のリーダー、それが狼の群れとしての最大値だ。
魔王軍の在り方はそれに近い。
魔人どもはともかく、魔物や魔獣には『軍』という、細かい組織のさらに集合体、という概念を理解する知恵がない。
支配者である魔王に従い、下位魔族の元に配置、配属されるものの、各部隊による連携は殆ど行われない。
仲間意識が希薄、どころか無い場合もある。
特に縄張り意識が強い魔物同士だと、互いに争う事さえあるのだ。
奴らは自分の群れ以外だと、ただ唯一魔王に従う、それだけの存在だ。
一方、人間は集まって村や街を形成し、それらをさらに集めて国と、個別の集団を統合してさらに大きくできる。
『仲間』や『群れ』を、目的に応じて大きく解釈していくことが可能なのだ。
それが今なお、魔王軍と人類が戦えている理由だ、と知った。
つまり、個々の戦闘力で劣る人類が、魔王軍と戦線を維持できているのは『組織力』ということだ。
魔人たちは強く、知恵も働くが絶対数が少ない。
結果魔王軍の主戦力は、下位の魔族、魔獣や魔物となる。
どれだけ兵を集めても、集団戦闘において運用できる策が限られる。
その基本戦術は力押しにならざるをえない。
対して王国軍は、陣形や策を練りそれらに対抗する。
それにより、なんとか戦線を維持している、というのが魔王軍対王国軍の現状だ。
だが。
その組織力をもってしても攻略できないのが、魔王が支配する各拠点だ。
魔王によって重要拠点は『迷宮化』されている。
構造上、軍による制圧を試みても、一気に兵力を投入できない。
それゆえ、利点である『組織力』を活かしづらいのだ。
部隊を分けて攻略しようとしても、各階層に配置されたモンスターや、仕掛けられた罠などで封殺され、各個撃破される。
そして迷宮の隘路で、少人数の部隊が、個として最高峰の戦力を有する魔人と遭遇した場合、魔人に対抗できるほどのスキルの持ち主がいない場合、勝ち目はない。
実際、俺が王国軍に在籍中、何度か魔王城や各拠点へと部隊が派遣されたが、すべて為す術なく全滅させられている。
特に魔王城は、四方を断崖絶壁に囲まれている天然の要塞。
たった一カ所だけ、城へと繋がる道があるという、本来居城として考えるなら不便極まりない造りだが、攻め手から見れば攻略の手がかりすら掴めない、難攻不落の城だ。
城へと繋がる道は横幅が狭く、距離は長い。
踏み外せば奈落の底だ。
結果、軍を展開して攻め寄ることができないのだ。
これらの要因によって、現在戦局は膠着状態。
いや、力押しで来るとはいえ、防衛戦を強いられる分、王国軍のほうが旗色は悪い。
だがそんな中、小規模とはいえ、魔王軍の拠点の制圧に成功する者たちがいた。
冒険者たちだ。
彼らは「冒険者ギルド」を通じて、国や民に金で雇われる。
軍を派遣するほどではないものの、放置しておくと人里に被害を出す魔物の退治、といったことを生業としている。
そして冒険者の中でも、強力なスキル持ちたちから構成されたやり手の集団になると、迷宮化した小規模な魔王軍の拠点を制圧するものまでいた。
拠点制圧に成功した冒険者パーティーは「Sクラス」と呼ばれ、王国軍以上に人々の尊敬を集めた。
任務の中には、彼らを護衛しながら迷宮まで送り届ける、というものもあった。
彼らの戦力を迷宮攻略に注がせる、つゆ払いとしての役目だ。
「エリウス、アンタ『剣豪』のスキル持ちなんだろ? 王国軍なんて辞めて俺のパーティーに入らないか?」
迷宮までの道中。
そんな風に誘ってくれたのは、Sクラス冒険者パーティー「大樹の落果」のリーダー、イグニスだ。
名の由来は、魔王に無惨にへし折られるまで、人類に希望を与えたという大樹だ。
その意志を継いだ、という事だろう。
彼の申し出に、俺は首を横に振った。
「いや、俺はやることがある」
「やることって?」
「もちろん、魔王討伐だ」
「はは、本気か?」
「もちろんだ」
最初は俺の言葉をニヤついて聞いていたイグニスだったが、表情から察したのだろう、真顔になった。
「そうか、やる気のある奴は歓迎だ。気が変わったらいつでも言ってくれ」
ポンと俺の肩を叩き、彼は側を離れた。
その後は、特に話すことなく任務を終えた。
送り届けた迷宮で、彼のパーティーは消息不明となった。
冒険者と、王国軍。
俺から見れば単なる役割分担なのだが、王国軍上層部には、彼らの存在を面白くないと感じている人物もいた。
王国軍が制圧できなかった拠点を、彼らが幾つか制したからだ。
まあ、ようは面子にこだわっている、ということだ。
くだらないことこの上ないが、仕方ない。
人が多ければ、そういった人物もいる。
といっても、冒険者たちが制圧できたのはあくまで小規模な拠点であり、魔王軍の大規模な重要拠点は、未だに制圧されることなく存在している。
もちろん、王国軍もそんな状況を打破したい、と考えていた。
そして、旅に出て五年。
クロの言葉を信じれば、魔王討伐を果たせるはずの年。
それまでの功績で、小部隊を任されていた俺は部下と相談した。
「魔王城にアタックしたい」
最初こそ、部下達は困惑していた。
だが、このままだと状況はどんどん悪化する、冒険者や上層部に任せておけない、と熱意をもって説得すると、全員が賛同してくれた。
その後上層部に志願し、申し出は了承された。
「剣豪」のスキルは、Sクラス冒険者パーティーでもめったに見かけない強力なスキル。
それに賭けてくれたのだろう。
十人の部下を率い魔王城へと繋がる道を移動中に、遂に俺は遭遇した。
魔人。
相手はたった一人だった。
戦闘はすぐに終わった。
強力な魔法による先制攻撃によって、部下たちは為すすべなく殺された。
俺は何とか魔法は躱していたが、何合か打ち合った末、最後に残された俺の胸に槍が突き立てられた。
「弱すぎる。その程度で魔王様の居城に挑むとは、何たる身の程しらずよ」
その言葉とともに、確実に歩み寄ってくる死を感じながら、俺は思った。
やはり、あの「シロ」の言うとおり、俺は騙されていたのだ。
よくわからない取引の結果、訳の分からない本を与えられた。
思わせぶりな「この本は魔王の死、その結果を導く」という文言と、ただ一文追加された「王国軍に志願」という文章だけが書かれた本を。
つまり、俺はヤツにからかわれたのだ。
魔王を殺すどころか、その元にすら辿り着けなかったのだ、そう判断するしかない。
(何が⋯⋯魔王を死に導く⋯⋯だ⋯⋯)
俺は胸中で毒つきながら、死のその瞬間まで、魔王の死を望み続け──。
──次の瞬間、俺は実家の自分の部屋で目覚めた。