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第23話 絶望に、小さな希望を

「レナがいないと、奴には対抗できないの?」


 エレインの疑問に、シロが頷く。


「クロは根っからの嘘つきだ。その嘘は操る言葉に留まらず⋯⋯世界の法則すら騙す。自ら戦うことは殆どないけど、いざ戦えば人間では相手にならない、ボクもね」


「法則すら、騙す⋯⋯」


「うん。例えば⋯⋯クロが『もうキミは死んでるよ』と()をつくだけで、抵抗できずに死ぬ者すらいるんだ」


「なによ、それ⋯⋯無茶苦茶じゃない⋯⋯」


「うん、無茶苦茶なんだよ⋯⋯彼は。だけど、自ら積極的に誰かと戦おうとはしない。あくまで自分が楽しむために裏で暗躍し、人を操り、争わせる。それが目的なんだ」


 エレインのスキル「数字の支配者」は、言うなれば『法則の可視化』だ。

 法則が理解可能な知識として見えるからこそ、それを自らの能力に応じて最大限利用できる、というのが利点。


 だからこそ、『法則すら騙す』というのがいかに規格外の能力なのか、なんとなく肌で感じることができた。


「それに対抗しうるのが、聖女だ。聖女のスキルは回復や聖魔法が強みだと思われがちだが、スキルを鍛えると『嘘の看破』、さらに『嘘の禁止』が行える。クロに対抗できる、唯一無二の能力なんだ」


 レナはエリウスに『嘘の看破』を使用していた。

 それがさらに強化される、ということなのだろう。


「嘘の禁止⋯⋯つまり、アイツがいた場所と同じ、ってこと?」


「そう。クロは聖女によってあの場所に封じられる事によって、力の大部分を使えない。エリウスをあの場に呼ぶだけでも一苦労だったろうね」


 大分話が見えてきた。


 本来なら魔王討伐後、しばらくしてからエリウスとレナは出会い、クロとの戦いを始める。

 そこで活躍するのが、エリウスの『導』と、聖女であるレナの『嘘の看破』、『嘘の禁止』。


 それを、先の運命を見通すことで察知したクロが、二人を事前に排除するために行われたことこそ「取引」ということだ。


 クロの思惑は功を奏し、二人の命は失われた。

 あと、わからないのは──


「じゃあ、この後はどうなるの? ()の『聖女』はいつ現れるの? あまり先だと⋯⋯困るけど」


 打開策はそれしかない。

 もしそれがすぐなら、自分が新しい聖女をサポートすれば良い。

 ただ、数百年先、などと言われても困るが。


 エレインの考えを、当然シロも察しただろう。

 だが、彼女の疑問に、シロは申し訳なさそうな表情になりながらも、キッパリと言った。


「⋯⋯ごめん、言えない」


「なぜ?」


「これまでの過去や、すでに失われた運命について話すのは、ボクのルールでギリギリセーフのライン。だけど、先を話すのはダメだ」


「この期に及んで何を⋯⋯!」


「ボクは!」


 思わず掴みかかりそうになったエレインだったが、温厚そうなシロが上げた大声に、足を止めた。


「⋯⋯人を、信じたいんだ。運命は人に決めて欲しい、そう思ってる」


「勝手なことを⋯⋯!」


「うん、そういう意味では、ボクもクロも変わらない。裏でそれらしく動くだけ⋯⋯結局、同じなんだ⋯⋯だから、同じ事ができる」


「同じ事⋯⋯って?」


 エレインの疑問に、シロは自らの胸に手を当てながら提案してきた。


「エレイン、ボクは君と取引する事ができる」





「取引?」


 唐突な申し出に、エレインは少し戸惑いながら単語を繰り返した。

 シロはその言葉に頷くと、取引の内容を説明した。


「クロやボクは、人の未来⋯⋯つまり人が持つ『可能性』を凝縮、変換し、その人物が望む形で、刹那的だけど、強力なスキルを発現させる事ができる」


 未来と引き換えに、強い力を得る。

 エレインの脳裏に、魔王が最後に見せた自爆の魔法のことが(よぎ)る。

 

「それは⋯⋯覚醒とは、違うの?」


「そんな次元じゃない、別次元の強力なスキルだよ、ただ⋯⋯エリウスの場合はクロにうまく誘導され、『導』を彼自身の望みである『対魔王用』へ変換された。君の場合は、君の望みをある程度反映した形になる⋯⋯と、思う」


「なんか⋯⋯歯切れが悪いわね」


「仕方ないよ、こればっかりはやってみないとわからないんだ。一か八かの賭けになる。だから、決断は君に任せ⋯⋯」


「やるわ」


 最後まで聞かずにエレインが即答すると、シロは驚いた表情を浮かべた。


「いや、もう少し考える猶予くらいは、あるよ?」


「考えるまでもないわ」


「いや、その⋯⋯」


「何? 自分から提案してきたくせに」


「⋯⋯もし、クロが復活するなら、自分の身を犠牲にして対抗する、とか、そういう自己犠牲の気持ちなら、ボクがそう誘導しちゃったのかな、と思って」


 シロが浮かべた、申し訳なさそうな表情に、エレインは吹き出しそうになった。

 色々こだわるくせに、悪気を覚えるらしい。

 つまり、とんだ人間クサい神様だ。


 流石に吹き出すのは失礼だと思い、苦笑いを浮かべるに留めた。


「選択肢がほとんどない、ということならそうでしょうけど、そんなんじゃないわ」


「なら、なぜ?」


「チャンスだからよ。私──貰いっぱなしは、イヤなの」


「チャンス?」


「あなたに言う必要はないわ。あなたと同じように⋯⋯私も決めてるルールがある。それを守れないと思ってたけど、守るチャンスが来た。それだけよ」


 そう言って、エレインはそっと左手を上げ、その薬指にはまっている指輪を見た。


 別にこの指輪だけじゃない。

 エリウスには、これ以外にも、幾つもの掛け替えのない物を貰った。


 なのに、何も返せてない。


 魔王を倒し、やっと、少しずつ返せる。

 そう思っていたのに、彼は二度と彼女の前に姿を見せることもない。


 本当なら、直接返したい。

 また彼に会いたい。


 しかし、それが叶わないなら、せめて。


 エリウスに託されたものを、自分がやり遂げる。

 彼は誰よりも、人の為に頑張った。

 彼が力尽きたなら、次は自分だ。

 エレインが今返せるのは──エリウスの意志を継ぐ事。


 最後まで諦めず、彼が『導』に書き残したのは、自分へ託すこと。

 そんなエリウスの期待に応える。

 それがエレインの考える、彼に少しだけ返す方法。

 今それが叶うならば、先のことなど考えない。

 

(エリウス。すっかり遅くなったけど、今から返すわ。あなたに貰ったこの五年間。利息は──私の未来よ!)







「すまない。結局、君たちに頼ってばかりだ」


 シロの謝罪に、エレインは肩をすくめて返事をした。


「仕方ないわ。神サマにだって、譲れないものくらいあるんでしょ?」


「でも、君たちを見てると自信をなくすよ、ボクなんかよりよっぽど⋯⋯いや、ゴメン、愚痴はやめよう」


 シロはそう言うと、目に見えないボールを挟み込むような仕草で、胸の前に両手をかざした。


「エレイン。じゃあ始めるよ」


「ええ。何をすれば?」


「君が望むことを心で念じながら、『未来を捧げる』と口にしてくれればいい。そうすれば、未来は凝縮され、君の願いを叶える助けとなる『スキル』に変換される」


「わかったわ」


 自身の望み。

 そんなものはわかりきっている。


 この、くだらない運命を変えること。

 そして、ただ変えるだけではなく、自分がエリウスに貰ったもの。


 それを、彼に返す。


 それができて、初めて彼と対等になれる。

 彼にただ守られ、生かされ、敷かれたレールを歩いただけの自分じゃなく。


 この道を、彼と歩いた。

 そう、胸を張って言える自分になる。


 心でその事を強く念じながら──


「私の未来を捧げるわ」


 エレインが誓いを口にした、瞬間。


 エレインの体から、蒸気のように白いもやが立ち上った。

 それらが吸い込まれるように、シロのかざした手へと集まる。

 なにか、脱力感を覚える。


 自身から、確実に何かが失われていく。

 その事を感じながら、終わるのを待った。


 やがて、もやが体から抜けていくのが止まる。

 シロの手に集まった、おそらく彼女の『未来』は、白く輝くオーブのように、ふわふわと漂っている。

 彼女の未来が一点に集束し、可能性の塊となったのだ。

 『数字の支配者』のスキルを持つエレインであっても、測れないほどの力。


「いくよ」


 シロが一言呟くと、その塊はエレインの胸へと飛んできた。

 そして、胸の中へと吸い込まれるように姿を消した、その瞬間──




 エレインの周囲に、夥しい数の紙片のようなものが出現した。

 小さな、短冊のような紙片が無数に。


 紙片を見ると、一つ一つに何か数字が書いてある。


「0008256392」

「4024583628」

「1922368919」


 一見無意味に見える、数列。

 常人の理解など及ばないだろう。

 だが、エレインには読めた。


 これは(こよみ)であり、歴史だ。


 一つ一つが、いくつかの過去の出来事を表している。


「まさか⋯⋯こんなスキルが⋯⋯エレイン、君の願いの強さは⋯⋯」


 シロが茫然とした様子で呟く。

 それを耳にしながら、エレインは自分の新たなスキルについて、漠然とした理解をしていた。

 だが、勘違いがあってはいけない。

 そう思い、専門家の意見を聞く事にした。


「一応聞くけど⋯⋯これ、どんなスキル?」


 シロに尋ねると、彼は紙片に目を奪われたままで説明を始めた。


「そのスキルは、これまでの出来事を数値化する。

 そのスキルは、数値化された過去に介入し、少しだけ書き換えることができる」


 やっぱりそうだ。

 シロの説明は、エレインの理解とほとんど一致した。

 だが。


「ふふ」


「⋯⋯何か、おかしかったかい?」


「いえ。⋯⋯神サマは、ちょっと情緒が足りないな、って」


 エレインの言葉に、シロが苦笑いを浮かべた。


「⋯⋯そうかもね。そういうのは、苦手だよ。じゃあ君が説明するなら?」


 エレインは漂う紙片の一枚を選んで二本の指で挟み、シロへと突き出しながら言った。





「これは⋯⋯絶望の運命に、小さな希望を挟み込むスキルよ」





 エレインの言葉に、シロは納得したように頷き、言った。


「うん、確かに⋯⋯その説明に比べると、ボクの説明は情緒が無かったね。じゃあ⋯⋯スキル名くらいは、ボクに任せてくれないか?」


「ええ、良いわよ。それでスキル名は?」




「それは、運命に挟み込まれる希望のしおり。スキル名は──『数理(・・)の支配者──栞』だ!」

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小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 安定して楽しく読ませてもらっています [一言] エレインがバイナリエディタを習得したのは草
[一言] 待ってましたー 良い感じに加筆がされていて、面白かったです! どういう展開になっていくのか楽しみ(* ゜∀゜)
[良い点] 全体的に掘り下げられていること [気になる点] あえて非ハーレムとタグに書くくらいなのでレナは簡易版の方が幸せそうなこと
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