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第18話 先客

「相談がある」


 ある日、エリウスから珍しく相談事を持ちかけられた。

 エリウスは普段、まるで迷いなどないかのように物事を決める。


 初めて訪れたはずの迷宮でも、まるで全て知っているように、迷いなく進んだ。

 だから相談されたことは数えるほどしかなかったし、それは大体同じような内容だった。

 エレインは相談内容を察し、迷いなく答えた。


「何を購入したいの?」


「話が早くて助かる。瓶だ。正確には、その瓶を構想中の魔導具職人への投資だが」


「瓶?」


「ああ。『自動服薬瓶』だ」


「聞いたことないわ⋯⋯」


「まだ試作段階でな。開発資金の目途が立たずに停滞している。このままだと製品化はもちろんのこと、試作品の完成も間に合わないからな」


「間に合わない?」


「ま、それはこっちの話だ。とにかく完成を早めたい、せめて⋯⋯一年以内に試作品が完成するように、な。それには資金がいる」


 冒険者にとって、情報収集は重要だ。

 エリウスはその点でも一流だ。


 どこから聞いてくるのか、誰よりも早く新情報を集めてくる。


「どんな効果があるの?」


「致命的な一撃を受けた時、瓶の所有者に、瓶の中身が自動的に服薬される、という効果のある魔法具だ。といっても試した事があるわけじゃない。完全に、とは言えないが、本来なら命を落とす場面でも、命を繋げる可能性がある」


「へぇ、便利ね⋯⋯ちなみに、いくら必要なの?」


「予想になるが⋯⋯たぶん二万もあれば何とかなるのではないか、と思う」


「にっ、二万!? パーティーの資金を全額つぎ込んでも足りないわ! 幾つかのクエスト受注を担保に前借りしないと⋯⋯」


「命の値段と考えれば安いもんだ」


「はぁ⋯⋯もう。どうせダメって言っても⋯⋯でしょ?」


「話が早くて助かる。あと、俺以外の他のメンバー⋯⋯特にレナやファランの分配金、あと、教会への寄進には影響が出ない範囲で、何とか調達してくれ」


「もーっ! 無茶ばっかり! その代わり、完成したらちゃんと見せてよ?」


「⋯⋯ああ。約束するよ、必ず見せる」


 ──その後、その瓶は高価なだけではなく、使い捨てタイプで、一度使用されると砕けてしまう予定だ、と聞いて、エレインはますます頭を抱えたのだった。








 チクリ。


「う、あれ⋯⋯私、何を⋯⋯」


 指先に痛みを感じ、エレインは目を覚ました。

 気を抜けば、すぐ混濁しようとする意識を叱咤し、状況を思いだそうとする。


「あ、そうか、私は⋯⋯魔王と」


 戦っていた。

 それは覚えている。


 そして断片的ではあるが、少しだけ思い出してきた。


 激しい戦いの末、エレインが魔王にトドメの一撃を放った瞬間、相手は驚くべき行動に出た。

 まるで防御を捨てるかのように、自身の前で手を合わせた。

 どこにそんな力が残っていたのか、魔王はそれまでの威力を遥かに凌駕する魔法を放った。


 自爆の魔法。


 


 自らの命を魔法力へと変換し、エレインと刺し違えようとしたのだ。

 エレインはとっさに「数字の支配者」を使い、自らの生存確率を計算した。

 自身の体力、魔法の威力、目に映るありとあらゆる要素を抜き出し、数値化して計算した結果──


「0%」


 ──自身の理解が及ばない要素がない限り、生存不可能。


 そこで記憶は途絶えた。




 そこまで思い出し、エレインは首を捻った。


「見間違い⋯⋯かしら?」


 咄嗟の状況、もしかしたら、10%を見間違えたのかもしれない。


「それか、私が死を払いのける運命を持った英雄⋯⋯なんて、ね」


 一人おどけてみるが、また意識が暗転しそうになる。


 生き延びたとはいえ、満身創痍。

 ギリギリだ。


 急いで戻る事にした。







「おかしい⋯⋯、無い、無い、なんで、なんで!」


 パーティーを追放されてから、エレインには心の支えとしていた物があった。

 「竜牙の噛み合わせ」にいた頃の──エリウスとの思い出の品々。

 


 挫けそうな時は、貰った指輪と共にそれらを眺め、心を落ち着かせていた。


 エリウスの死を知り、それらをもう一度眺めようとしたが、どうしても一つだけ見つからない。


 使うつもりはなかった、無くなることなどない筈の品なのに。


 盗まれた? あんな安物を?


 自分にとっては、それこそ数値化なんて出来ないほどの、価値ある品。


 だが、他の人間にとっては、二束三文の品の筈なのに。


 どれだけ探しても、見つからない。


 ──パーティーから追放されたあの日に、餞別として渡された傷薬だけが、どうしても見つからない。








 本来は明日訪れようと考えていた。

 だがエレインは手紙を読み終えると、居ても立っても居られず、衝動に身をゆだねるがまま、エリウスの墓へと走った。



 一人だと思っていた。

 少なくとも、追放されてからは一人で戦っていると思っていた。

 だけど違った、違ったのだ。


「ずっと、一緒に⋯⋯戦ってくれていたのね!」


 家を飛び出し、独りごちる。


 いや、それどころではない。


 今の自分の強さも。

 自分が現在浴している名誉も、地位も。


 すべて、エリウスに与えられたもの。

 自分は、ただ彼の敷いた道の上を、それとは知らず歩いただけ。


 エリウスは知っていたはずだ。

 エレインが魔王を倒すことは、自分の悲惨な死と同義であることを。


 それなのに、魔王を倒し、あの黒雲を払うために、その身を犠牲にしたのだ。


 エレインと──この国の人々の為に。


 それだけではない。

 エリウスは悩んだのか?

 いや、悩むことすらなかったのか?


 自動服薬瓶。


 最近になってようやく、無名だった職人により製品化された品。

 おそらく、本来なら現時点での製品化はもとより、魔王との戦いの時点では試作品すら存在するはずのない技術。

 おそらく、繰り返す中でエリウスは開発の噂を聞き、お金をそこに投資し、未来を引き寄せた。


 じゃあ、こうは考えなかったのだろうか?


「これがあれば、俺は(・・)生き残れるかも知れない」


 そう、強力な死の運命からエリウス自身が生き残るために、それを利用しようとは考えなかったのだろうか?

 おそらくエレインへと渡すうえで、レナの性格を考えて、中身を低級の傷薬にしたはずだ。

 エリウス自身が利用するなら、きっと、もっと高価な傷薬でも利用可能だったはず。


 考えたかも知れない。

 考えもしなかったかも知れない。


 それはわからない。

 わかるのは──彼は持ちうる全てをエレインに託した、それだけだ。


 剣聖様の葬儀で聞いた、あの言葉が脳裏に蘇る。


「自分じゃない誰かの為に、精一杯頑張る」


 エリウスは彼の父から、それを正しく受け継いだのだ。



 それが分かった上でも、少しだけ、許せない。


「何が、『必ず受け取る』よ! そんなつもりなかったくせに!」


 一方的に与えられるばかりだった、不甲斐ない自分への怒りがそこに混ざる。


「魔王を倒した時、やっと、少しずつ返せる! そう思ってたのに!」


 一言、直接文句を言ってやりたい。

 その思いが、彼女をエリウスの墓へと走らせる。



 そして、彼の母親から教わった墓地へと辿り着くと──そこには先客がいた。

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新作です!

『レンタル魔王』は本日も大好評貸出中~婚約破棄騒ぎで話題の皇家令嬢に『1日恋人』を依頼されたので、連れ戻そうと追いかけてくる婚約者や騎士を追っ払いつつデートする事になりました~

その他の連載作品もよろしくお願いします!

『俺は何度でもお前を追放する』
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小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、すばらしい。やはり二人のすれ違った強固な絆が読者を感動させてくれますね。某映画のサブタイトルにも使われていますが、この作品にも「二人の英雄」というキャッチフレーズが似合いますね。ああ…
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