第16話 やるべきこと
エレインは魔王討伐を果たし、国へと戻ってきた。
まずは、満身創痍の体を癒すために入院。
大事なことだが、それすらもどかしい。
あまりにしつこく
「退院は何時ですか!?」
と聞いてしまい、医者を怒らせた。
その後、国から伝えられた感謝と祝福の言葉、名誉、報奨金。
どれも心惹かれなかった。
はやく、エリウスに会いたい。
そしてパーティーに戻っていいか、と聞きたい。
それこそ「今更もう遅い」なんて言われたりして⋯⋯などと、無事退院してすぐ、期待と不安を胸に、エリウスを探していると⋯⋯。
久しぶりに訪れた冒険者ギルドで、思いもよらなかったことを告げられた。
「エリウス? ああ、奴なら死んだぜ」
「え⋯⋯」
思わぬ事実にエレインが絶句していると、男は更に言葉を続けた。
「なんだっけ、ああ、レナだとかいう女に殺されたんだ」
レナが?
あんなにも、エリウスを慕っていた彼女が?
信じられなかった。
個人的な事を言えば、彼女に対して思うところがないではない。
だが、レナがエレインに対して強く当たるのも、理解できた。
エリウスに認めてもらいたい、彼の役に立ちたい、その気持ちは誰よりも理解できた。
「まぁ、そういうことでよ。残念だったな、見返すような言葉の一つも言えなくて⋯⋯」
「黙れ」
「え? 何言ってんだ、アイツあんたを追放したんだろ? あんな奴の事どう言おうが⋯⋯」
「黙れって⋯⋯言ったわよね?」
男の言葉にカッとなり、思わず剣に手をかけてしまった。
エレインが発した剣吞な空気を察したのだろう、男は尻もちをついた。
「ひっ!」
魔物でも見たように怯える男を見て、はっと我に返る。
これは八つ当たりだ。
自覚しながらも、謝罪の言葉は出なかった。
踵を返しながら⋯⋯次々と後悔の念が押し寄せる。
あの時。
復帰を打診された時。
もし、戻っていたら?
愚にもつかない思いが、振り払っては浮かんでくる。
冒険中にモンスターに襲われたとき、エリウスは、
「大丈夫か?」
そう声を掛けてくれ、足手まといの自分を何度も助けてくれた。
あの時戻っていれば。
仮に、エリウスが戦いについてくることができなかったとしても、自分が守れば良かったのでは?
そうすれば少なくとも、あの男に聞いたような、仲間から殺されるという悲劇が訪れる事はなかったのでは?
でも、誰かを護りながら、あの魔王を倒せたか?
いや、そんな事は不可能だ。
しかし、だったらもっと強くなっていれば。
魔王に挑むにしても、もう少し準備し、少なくともエリウスを護りながらでも戦えるだけの力を手にしていたら?
ぐるぐると、思考がループする。
何を今更考えても──もう遅いのに。
気が付けば、宿に戻っていた。
そして、
「ぁぁぁ⋯⋯」
自然と声が漏れた。
そして、その声は次第に大きくなり⋯⋯。
「ああああああああっ! ああああああっ!」
エレインはその日、夜明けまで慟哭の声を止めることができなかった。
そして夜が明けても、ぐるぐると回る思考は止められなかった。
「私は、エリウスに、何度も助けられたのに、彼が本当に困っている時に、助けてあげられなかったんです! 魔王討伐なんて、後回しにすれば良かった! 彼が困っていると知っていたんだから、何を置いても彼の元に戻ればよかったんです! なのに、私は⋯⋯!」
エレインがこの一年抱えた後悔が、堰を切ったように口からあふれ出す。
そんな彼女の様子を、しばらく黙って見ていたエリウスの母から、思わぬ言葉を掛けられた。
「それは違うわ、エレイン。あまりあの子を⋯⋯貶めないで」
「え?」
感情を抑えることができず、泣きながら告白するエレインに、初めて厳しい声色でエリウスの母は言った。
その変化に驚きながらエレインが彼女を見ると、しばらくしてまた優しい表情に戻り、幼子をあやすような声色で言った。
「魔王討伐より、自分を助けて欲しい。あの子がそんなことを言うと思う? 私はそうは思わない。エリウスならこう言うはずよ『魔王が倒せるなら、俺のことは放っておけ』。きっと、そう言うはずよ」
「それは⋯⋯」
彼女の言葉が正しい。
エレインは認めざるをえない。
彼ならそう言うだろう、と、自然と頭にその光景が浮かぶほどに確信できる。
「そう、思います、でも⋯⋯」
だからといって、自分が抱えたこの気持ちが、軽くなるということもなかった。
そんなエレインを見かねたのか、エリウスの母が
「ちょっと待ってて」
そう声をかけてきて、席をはなれた。
彼女は別の部屋へと行くと、すぐに手に何かを持って戻ってきた。
「はい、これ」
差し出されたものを受け取る。
それは手紙のようだった。
「あの子が死ぬ数か月前⋯⋯ここに戻ってきたの」
「エリウスが、ここに?」
「ええ。家をでて四年も顔を見せなかったくせに、久しぶりに会ったと思ったら変な頼み事をしてきたわ。『もし、エレインがここを訪ねてくることがあったら、渡して欲しい』って。自分で渡せばいいじゃない、そう言ったんだけどね」
「そんなことを、エリウスが⋯⋯」
「変な事を頼むものね、その時はそう思ったんだけど⋯⋯もしかしたらエリウスはわかっていたのかもね、こうなることを。時々不思議な事があったわ」
「不思議な事?」
「ええ。あの子が旅に出る日。朝食の後片付けをしてるときに、私食器を落としちゃったの。そのまま床に落ちて割れると思ったわ。でも、あの子が空中で受け止めたの、まるで⋯⋯私が落とすのを分かってたみたいに」
「そんなことが⋯⋯」
だが、エリウスならありえる、と思った。
彼は時々、まるで先の事がわかるような振る舞いを見せた。
「そうよ。だからエレイン、気にしなくていいの。あの子はきっと、自分の身になにか起こる、それがわかっていたんだと思うの。エリウスが死んだのは残念よ。だけどね、私たちは生きてる。生き残ってるってことは、やらなきゃいけないことがある、ってことなの」
「そうやって⋯⋯私を励ますこと、とか、ですか?」
「ふふ、そうね。その手紙に何が書いているか、それは私も知らないわ。でも、それを読んだら⋯⋯先に進みなさい。あなたにしかできないこと、沢山あるでしょう?」
「はい⋯⋯」
本来、エレインは賠償するようなつもりでここに来た。
エリウス本人に返せないなら、せめて残された身内である彼女に、何かを返したい。
そんな気持ちでここを訪ねた。
なのに。
息子を失ったのだ。
エレインなんかより、ずっと、悲しみは深いだろう。
だというのに、エリウスの母はそれをほとんどおくびにも出さず、エレインを励ましてくれる。
そんな彼女に、自分の罪悪感を少しでも解消しようなどという甘い考えで金品を払っても、突き返されるだろう。
剣聖様にも、エリウスにも、そしてこの人にも。
私は、貰いっぱなしだ。
どんなに強くなったつもりでも、彼らに敵わない。
ならせめて、見習うしかない。
そう決めて、自分がやるべきことをもう一度ちゃんと考えよう、と思った。
「ありがとうございます。あとひとつだけ⋯⋯エリウスのお墓があれば、教えてください」
「ええ、もちろん。あなたが訪ねてくれたら、きっと喜ぶわ」
その後、もう少しエリウスの事を彼女と話したあと、墓の場所を教えてもらい、エレインは自宅へと戻った。
夜を迎えたころ、少し緊張を覚えながら手紙を開封した。
もしかしたら、恨み事が書いてあるかも⋯⋯一瞬だがそんな心配をしてしまったあとで、そんな自分の考えが馬鹿らしく思えた。
エリウスなら、そんなものを渡すことを、わざわざ母親にお願いしないだろう。
そう思い、読み始めると⋯⋯。
そこに書かれていたのは、俄には信じがたい内容だった。
エリウスは何度も生と死を繰り返したこと。
繰り返す度に、彼の行動が記されるという本を呼び出すスキルを持っていたこと。
そのスキルを他者に漏らせばリスタートとなってしまうため、誰にも言えなかったこと。
自分の力が魔王に及ばないせいで、エレインをパーティーから追放するしかなかったこと、そして魔王討伐の使命を彼女へと押し付けるはめになった、その事への謝罪。
そして。
「お前はピンと来ないかも知れないけど、ずっと、一緒に戦ってきたつもりだ」
その一文で、エレインの脳裏に、エリウスとパーティーだったころの日々、その記憶が次々と蘇った。