第15話 役に立ちたくて
エレインが幼少のころ、村に魔王が現れた。
魔王は村にあった大樹を折り、その後去った。
それはたった一日だけの、村の大事件。
村自体の被害は少なかった。
村民に関しては、魔物によって傷ついたものはいたが死者はなし。
それを為すため、自らの身を犠牲にして村を守った、英雄の葬儀が行われた。
幼少だったエレインには、良くわからないことも多かった。
だが、この人は凄いことをしたんだ、周りの大人の雰囲気からそれを感じ取った。
彼の仲間だという人に、聞いてみた。
「どうやったら⋯⋯このひとみたいにすごいひとになれますか!」
今思えば、仲間を失い悲しむ彼らにとって、答えたくもない質問だったのかもしれない。だが、そんなエレインの質問に、剣を持った男の人が、頭を撫でながら答えてくれた。
「お嬢さん、こいつはね⋯⋯自分じゃない誰かの為に、精一杯頑張れる奴だった。お嬢さんも、お父さんやお母さん、村の人のために精一杯頑張れる人になりなさい。それをこいつも望んでる」
自分じゃない誰かの為に、精一杯頑張る。
その言葉は、今も覚えている。
その後も、何度も大人に言われた。
「私たちは剣聖様に助けてもらった」
と。
村人たちはいつも言っていた。
「私たちは、あの方への感謝を忘れてはならない」
エレインも両親によく言われたものだった。
いつしかエレインは「剣聖様みたいに、人を守れるようになりたい」と思うようになった。
だが、いざ成人してみると、彼女に与えられたスキルは「会計」。
がっかりした。
とても魔王軍と戦えるスキルではない。
だが、剣聖様の葬儀で聞いた、あの言葉を思い出し、宿を営む両親を「会計」スキルでサポートした。
両親に代わり、宿の収入と支出を洗い直し、仕入れ先の選定や価格の交渉といった実務を行う。
村の特産物を宿に置き、滞在した旅人に交渉して売る。
宿だけでなく、村全体の経済活動を主導し、村の収入を増やした。
いつしか村人たちは、エレインに相談事を持ちかけるようになった。
「村の役に立てている」
その事に、自信を深めた。
そして、そんな生活を受け入れ始めた頃。
宿に泊まった一人の客が教えてくれた噂。
「この村を守ったっていう剣聖の息子が、最近冒険者になったらしい。魔王討伐を目指しているんだってよ」
その話を聞いてから、落ち着かない日々が続いた。
自分が今、魔王軍の脅威に多少晒されながらも、両親と暮せているのは剣聖様のおかげだ。
だというのに、大事な父を失った人物が、命を懸けて戦っている。
その事に、申し訳なさを覚える。
だが、今エレインが村を離れれば、村人たちは困るだろう。
そんな事を考えながら、村を歩いていた。
なんとなく、折れた大樹の幹を見にいってみた。
それまで気が付かなかったが、大樹には新たな、小さな枝が生え始めていた。
それを見たとき、自分の中で渦巻いていた気持ちが固まった。
「お父さん、お母さん⋯⋯話があるの」
その日の夜、両親へと相談した。
剣聖様の息子を手伝いたい。
この村の代表として、彼の魔王討伐をサポートしたい。
反対されることを覚悟して言ってみたのだが⋯⋯。
「わかった、行ってきなさい」
父は快諾してくれた。
村人たちは、自分から説得すると言ってくれた。
「なんたってこの村の救世主、その息子さんを助けたいって話なんだ、文句なんて言わせないよ」
父は昔から、「人に何かして貰ったら、ちゃんとお返ししなければいけないよ」と口酸っぱく言っていた。
今回の自分の決断は、そんな父の影響だろう、と思う。
母は女の一人旅になることを心配したが、男装をし、できるだけ安全なルートで向かうと強く説得すると、最後には
「いいわ、決めたらやる娘だってわかってるから。だけど、ちゃんと安全を考えないとね」
と言ってくれた。
「剣聖様には頂いてばかりだ。少しでもご恩が返せるように頑張りなさい。もし、断られても簡単にあきらめてはいけないよ、お前が役に立つと証明すればいいんだから」
父に言われて、はっとした。
断られる、ということが頭になかったのだ。
断られたらどうしよう、と今更思ったが、考えても仕方ない。
その場合は他の冒険者パーティーに加入し、会計は役に立つ、と証明すればいい。
そう決めて、村を出た。
だから、嬉しかった。
「いいよ」
エリウスに、あっさりと加入を承諾されて。
あんなに嬉しかったことはない。
彼の役に立つ、立って見せる。
改めて決意した。
実際、得意分野に関しては、ある程度役に立てていた、と思う。
だがやはり、戦闘に関しては足手まといだった。
危ない所を、なんどもエリウスに助けられた。
「本当に⋯⋯何度も、助けられたんです」
「そうなの?」
「はい。エリウスは⋯⋯まるで、先のことがわかるみたいな動きをすることがありました。あれだけは、今でも真似できません」
エリウスの母へと話しながら、当時の事を思い出す。
的確に相手の行動を読み、弱点を突き、メンバーへのフォローも難なくこなすエリウス。
「『こいつの対策は完了している』なんて、あっさり言うんです。それを初めて聞いたとき、私思いました。いつか私も、そんなセリフを言ってみたい、って。まだ言えていませんけどね」
「ふふ、それはね、本当はあの子の父親の口癖なの」
「剣聖様の?」
「ええ。彼は昔からよく言ってたわ。生意気だって言われることも多かったけど、でも似合っていたわ」
エリウスの母親もまた、懐かしそうに目を細めた。
しばしお互いに思い出に浸ったあと、エレインは続けた。
「それで、彼のパーティーを首になって⋯⋯その時は悲しかったけど、私思ったんです。エリウスを助けるために来たのに、それ以上にエリウスに助けられてばかりだったって。なのに、『私は会計で役に立っている』そんな気持ちに、甘えてしまっていたんだ、って」
追放された時は辛かった。
だが、元々加入を断られても仕方ない、その場合は自分が役に立つ所を見せればいい、そう思っていたことを思い出した。
「会計として役に立つ、それはもう見せることができた。だから戦闘に役に立てなくても、せめて足を引っ張らないようになりたい、そう改めて思って、それまで以上に訓練しました。会計の仕事から解放されたことで、むしろ訓練に身が入るようになりました」
だから、スキルの覚醒という面で考えれば、あの出来事は必要だった。
今ならそう思える。
「数字の支配者」の覚醒。
それはエレインに大きな変化をもたらした。
戦闘において、どう体を動かせばいいのか。
それ以前の訓練において、どのようにするのが効率的なのか。
睡眠時間、摂取すべき食事の量。
すべてが「数値」として細かくはじき出される。
自分が日に日に強くなっていくのがわかる。
追っていた背中が、みるみる近づいてくる!
そしてそれゆえ、孤独になった。
ある日、臨時に結成された王国軍騎士からなるパーティーに参加した時、それに気が付いた。
誰も自分に付いてこられない。
それに⋯⋯。
その当時戦った、魔王軍の幹部。
強くなったとはいえ、まだ発展途上のエレインは苦戦した。
そして、確信した。
この戦いに巻き込まれたら、自分以外は誰も生き残れない。
だから、一人で戦うしかない。
そんな中、古巣である「竜牙の噛み合わせ」から復帰の打診を受けた。
噂は聞いていた。
エレインを追放したことにより、エリウスたちは苦境に立たされている、と。
戻りたかった。
そして何より、誰にも見向きもされず、何者でもなかった自分を受け入れてくれ、今に至るきっかけを作ってくれた、エリウス。
彼に感じている返しきれないほどの恩。
それを、少しでも返したかった。
でも。
自分が戻れば、エリウスは共に戦ってくれるだろう。
一緒に戦いたい、こんなに強くなったのだ、その姿を見せたい。
その気持ちはある、だが、自分が戻れば──彼はきっと、魔王軍との戦いで死んでしまう。
エリウスの顔を見れば、見てしまえば、里心が生じてしまう、だから面会は強く断った。
そして断腸の思いで、相手に未練を残さないようにと、人伝に「今更もう遅い」と冷たく返事をした。
一人で戦う、そう改めて決意した。
少なくとも⋯⋯魔王討伐を果たす、その時までは。
魔王討伐を果たしたなら。
その時は。
戻る、また戻ってみせる、あの場所に⋯⋯。
魔王討伐、それはエレインにとって、パーティー復帰と同義になった。
そう思えば、一人でも頑張れた。
この寂しさは、きっと、今だけだ。
そう自分を慰め続けた。