第12話 失った生き方
エレインはスキル覚醒前、パーティーにいる間は訓練所に通っている。
そして、たまに俺と稽古を行う。
じゃあ彼女が覚醒後、何を参考にしているのか?
彼女が訓練するのは、剣。
おそらく、魔王との戦いにおいても、使用する武器は剣だろう。
つまり⋯⋯彼女は身近な手本として、俺の剣技を参考に訓練している可能性が高い。
だからこそ戦闘中に観察し、稽古や訓練の時に参考にする俺の剣。
その精度自体が、最終的なエレインの剣の腕前、その基礎部分となるのではないか?
そう考えれば九十二回目と比較して、九十五回目の方は減算が少ない、という事の理由も説明できる。
ループを重ねるうち、俺は自分自身の訓練がおざなりになっていた。
どうせ、俺の強さには限界がある。
だから自分の事よりも、魔王の体力減算に繋がる青字の因果探しに執心した。
もちろんループにおいては何度となく戦闘するため、簡単に腕が錆び付いていく、ということもない。
だが⋯⋯上を目指さず、惰性によって振るわれる剣。
そんなもの、少しずつ鈍るに決まっている。
そして、そんな鈍った剣をエレインが参考にした結果、わずかとはいえ魔王の体力減算に差が出た。
──というのが、俺の予想だ。
ならば、やることは一つ。
俺自身の剣技を見直す。
そして目指すのは、俺に最適化された剣技ではない。
例え未完成でも、『その先』が見える剣。
ここから数回のループは、青字の因果を探しつつ、俺自身を重点的に見直す時間としよう、と決めた。
そして自分を見直すのに、このループは最適といえた。
俺の肉体は、ループするたびにリセットされる。
この十五歳から二十歳というのは成長期と重なるため、かなり肉体の感覚が変わる時期だ。
そのため、俺も二十歳から十五歳に戻ってしばらくは、この感覚の変化に悩まされる。
まず身長が違う。
つまりリーチが違う。
そして力も、十五歳より二十歳の方が強い。
その二つを踏まえれば、二十歳にピークを迎えるように剣を最適化すれば、当然それは十五歳の俺にとってはやや扱いにくいものとなる。
ということは。
追放時のエレインは、十五歳の俺よりリーチが短い。
そして、覚醒後どの程度の力を得るのかわからないが、『数字の支配者』というスキル名から考えるに、剛力を得るタイプのスキルではないだろう。
そこで俺が目標としたのは、力やリーチに頼らず、相手の攻撃に対して最適なカウンターを放つ剣。
師匠に教わった『後の先』の理論。
相手を先に動かしながらも、さらにその先手を取る剣。
仮にこちらから攻撃したとしても、それはあくまで相手を動かす布石となる剣。
その上で、自らの癖を一から見直し、身体を極限までコントロールすることを意識した。
身体の揺れや呼吸を制御し、こちらの意図を相手に悟らせず、隠し果せる剣。
それを目指し、鍛錬を重ねた。
ループして十五歳に戻った時に、できるだけ違和感を感じないように技を調整する。
それがきっと、エレインがすんなりと俺の剣を受け継いでくれる一助となる。
目指すのは、自分の肉体的な特性を活かした最強の剣ではなく、修練さえ積めば誰にでも身に付けられ、かつ、強力に作用する、普遍的な理論に裏打ちされた技術。
自身の強みにて剣聖を目指すのではなく、目指すべきは万人に通ずる剣の真理。
芯がありながらも、器によって形を変える、水のように柔軟性のある剣。
そして辿り着くのは、その裾野でかまわない。
それがスキル『剣豪』という限界がある、俺の目指すべき場所。
魔王との戦いに役立つなら、全てエレインに渡し、託す。
俺の剣技を含め、だ。
完成させなくてもいい。
完成できなくてもいい。
この剣を完成させるのは、俺ではなくエレインでいい。
もしかしたら次のループで、魔王の体力を大きく減算する因果を発見できるかもしれない。
俺のやっていることは、ただの自己満足で、無駄に終わるかもしれない。
だが。
残り10000は俺の剣で埋める。
その気持ちで修練を重ねた。
俺の推測が当たっていたのか。
それとも、実は他に要因があったのか。
結局、それはわからない。
だが。
九十六回目(10815/65535)
九十七回目(10750/65535)
九十八回目(10623/65535)
九十九回目(10263/65535)
百回目(9624/65535)
遂に10000を切った。
この間、新しい青字の因果はなし。
しかし、減算していく数字。
少しずつだが、自分の剣が上達している。
それが、数字を通して見えてくるような気がした。
この時期は楽しかった。
もっと言えば、何百年と過ごしたくせに、俺はこの時まで知らなかった。
俺は⋯⋯剣を振るのが好きだったのだ、と。
今までの俺にとって、剣は復讐のため、目的の為の道具だった。
それまでは強くなることとは、目的を果たす為の手段だった。
剣理を突き詰める、それ自体に喜びがあるなど、思いも至らなかった。
もし魔王がいなければ。
父に剣を習いそれを発展させながら、人生を剣に捧げる。
自分の強さを求めること、それ自体が目的の人生。
そんな生き方もあったのかも知れない。
⋯⋯だがもう、今さら生き方は変えられない。
そんな生き方は、魔王によってとうに失われたのだ。
そして、新たに見つけた青字の因果が少し。
俺が十五歳に戻って剣を振っても、ほとんど違和感を覚えることもなくなっていた中で迎えた、百十五回目。
スタートしてすぐに「導」を立ち上げた俺の目に映ったのは、百十四回目の結果。
相変わらずの黒字だが、希望が見えてきた。
「エレイン、魔王に挑むも勝てず」
(84/65535)。
それは百十三回目の(1050/65535)からの、大幅更新だった。
ついに、見えてきた。
俺の剣がエレインを通じ、魔王の命に届きつつあった。