第11話 65535
「数字の支配者」が覚醒したエレインは、難攻不落と言われた魔王軍の城の一つを陥し、一躍有名冒険者になった。
そんなエレインを追放した俺は、周囲から無能扱い。
冒険者ギルドでも腫れ物扱いされ、依頼を受けようとしても
「え、あのエレインを追放した無能でしょ? そんな見る目のない人に、大事な依頼を任せられませんよ」
と依頼主に断られるのだ。
冒険者なのに、あまり依頼を受けられない。
つまり収入は激減する。
そんなパーティーに愛想を尽かし、ファランやニックは抜けていく。
周囲からの冷たい視線と、教会へと寄進が思うようにできなくなったレナは焦りからか
「ねぇ、エレインをパーティーに戻してあげましょう。彼女が魔王と戦うなら、聖女である私を伴うべきですわ」
と、提案をして来る。
毎回なので、もしやこれも必須なのかと思った。
面会は頑なに断られるので、何度か人伝、それも伝言する人を代えながらエレインにパーティー復帰を打診してみたが、その都度
「もう遅い」
と同じく人伝に断られる。
それに、この打診が赤文字で記される事もないため、ただレナが焦っているだけだ、と結論付けた。
当然だろう。
自らが「もう役立たずだから」と提案した人物が、誰よりも有能なのだ。
レナは責任感が強い。
俺が魔王討伐を目指していることは知っている。
そして、俺を慕ってくれている。
だからこそ、俺の足を引っ張る事に耐えられないのだ。
やっと「聖女」のスキルが強化され、自分も役に立てると思ったところでのこの失態。
「私、私とんでもないことを!」
そう言って恐慌をきたす。
そんな彼女を落ち着かせるために
「二人で決めたことなんだ、君が責任を感じる事はない」
と慰め、無駄だと知りつつも、毎回面会および、復帰の打診だけはしているが⋯⋯。
そして⋯⋯俺は毎回、いつもの同じ日に死ぬ。
エレインを追い出すようにしてからは、毎回同じ死因。
口にするのもおぞましい死に方だ。
死後、復活した俺は「導」を開く。
エレインが「数字の支配者」に覚醒した場合、そこには黒字でこう書かれていた。
「エレイン、魔王に挑むも勝てず」
そして、謎の数字がその下に記される。
ちなみにエレインが初めて「数字の支配者」に目覚めた周期では
(41269/65535)
といった具合だった。
最初、何を表してる数字なのか、まったくピンと来なかった。
だがきっと、何かの手がかりの筈だ、と考え、注視する事にした。
それからは、俺は青字で記される『因果』の積み重ねを重視した。
そしてパーティーを結成し、実際に青字で示される因果の積み重ねを始めると、少しでも効率的に動けるように、一つ一つの項目を整理した。
その中には、どう逆立ちしても同時にはこなせないものもある。
例えばパーティーメンバーの選定もそうだ。
四人の枠のうち、俺を含めた三人は固定。
そして悩ましいことに、青字の人物はそれぞれに、固有の「因果」がある。
詳細は省くが、例えば槍使いのファランの場合、代表的な独自の青字の因果として「マレー山の竜討伐」がある。
弓使いのニックなら「メリル村の橋渡し」などだ。
だが何度か検証した結果、四人目はファランに固定した。
マレー山の竜討伐の場合、その準備として立ち寄る魔法都市バルハントで、エレインがアクセサリーを入手する、というこれまた青字の因果がある。
そしてこの因果は、メリル村の橋渡しとは重複できない。
メリル村に向かった場合、その後バルハントに向かってもアクセサリーは売り切れてしまっているのだ。
つまり、バルハントでエレインがアクセサリーを入手する、というのは時限的な因果なのだ。
もしかしたら、メリル村の橋渡しと同時進行できる、他の因果があるのかも知れないが、俺は発見できなかった。
その間も、毎回の結果発表。
38926/65535
36497/65535
34258/65535
32164/65535
30592/65535
右の数字は固定、左のみ変動する。
これらと、エレインの「数字の支配者」というスキルから立てた俺の仮説は。
「これは⋯⋯魔王の生命力、それを数値として見えるようにしたものなんじゃないか?」
ということだ。
俺の仮説が正しければ、左の数値が0になるときに魔王は死ぬ、つまりエレインが勝つ、ということになる。
その仮説を立てたあとは、左の数値ができるだけ減算する青字の因果を選ぶ。
バルハントでのアクセサリー入手は5000の減算。
65535から見れば十分の一以下の数値。
だが、他の因果と比較すればかなりの数値。
ファランが固定メンバーとなった一因でもある。
同様に、どちらか一方しか選べない因果、というのは結構存在する。
同時期に行われる東の街での祭り、西の街で武闘大会、といった具合だ。
俺はそれらを取捨選択しながら、その中でも、一つでも多くの因果と重複可能な物を選んでいった。
だが、青字の因果には思わぬ罠があった。
折角追放しても、エレインのスキル「数字の支配者」が覚醒しないケースがあったのだ。
その場合、エレインはあっさりと死ぬ。
どうやら組み合わせに条件があるらしく、ただ闇雲に数をこなしてもダメ。
青字の因果で、重複させる総数だけで言えばスルーした方がいい「東の祭」などは、スキル覚醒の観点からいえばむしろ効率的、などということもあったのだ。
なんで祭りが? などと思うが、結局俺のスキルではないし、考えても仕方ない、とそこは割り切った。
大幅に減れば喜び、むしろ増えてがっかりすることもあれば、手応えを感じていたのにエレインのスキルが覚醒しなかったり。
五年に一度発表される数字に、一喜一憂する。
そして、八十四回目。
(29568/65535)
残り30000を切った。
何が、どれだけ数値を減算するのか仮説を立て、それを因果の起こる時期と照らし合わせて考えていきつつ、未発見の青字の因果を平行して探す。
黒字を避けつつ、やれることは試す、という感じだ。
大きく動いたのは、八十八回目。
(12568/65535)
八十七回目から、15000以上の減算!
今回新しく発見した青字の因果は、『占い』、『瓶職人』、『古書店』の三つ。
このうち、『瓶職人』は、おそらく魔王の体力を大きく減算するタイプの物ではない⋯⋯と思う。
となると、『占い』もしくは『古書店』。
その後の検証で、『古書店』は恐らく4000程度の減算と判明。
ということで、『占い』が、魔王討伐を考えた場合に外せない因果。
青字の因果とはいえ、ほとんど赤字の因果と遜色ないレベルだ。
興味を持った俺はエレインに、
「どんな占いだったんだ?」
と聞いた。
というのも、占いの店には二人で訪れるが、その内容は知らない。
入店できるのは一人ずつで、エレインが占いを受けている間、俺は外で待たされる。
俺も一度占って貰ったのだが⋯⋯
「なんだ? おぬしは未来が見えない、これでは占えぬ」
と、占ってすら貰えない。
なので、占ってもらえるのはエレインのみ。
そしてそのエレインも
「んー。具体的には何もなかったよ。『変わった運命だ、ちょっと手相を記録させてくれ』って言われるだけだよ?」
とのことで、具体的にその占いが、どう魔王との戦いに繋がるのかは一切不明だ。
だが、そんな事は所詮些事だ。
占いを受ければ大幅に魔王の体力を減算する、それさえ分かっていれば取りあえず御の字だ。
そして九十五回目。
(10835/65535)
ダメだ。
完全に行き詰まってしまった。
どうしても、(10000/65535)の壁が越せない。
試せる範囲の事は試したつもりだった。
もしかしたら、占いのケースのように、一気に減算するものを見落としているのか⋯⋯。
「よし、もう一度行動の予定を組み直そう」
と考え、こなした因果を確認するために、過去のページを見返していると⋯⋯。
「あれ、おかしいな」
俺は九十五回目に、大きなミスをしていた。
未発見の因果探しを重点に置きながら行動をした結果、九十二回目と九十五回目にこなした青字の因果が全く同じだったのだ。
もちろん、わざわざ本に記される事のない部分、例えば日常生活の細かいところでは違うのだろうが、少なくとも赤字、青字の因果は一致している。
だが、九十二回目と九十五回目の数値は違う。
二つを並べると
九十二回目(10762/65535)
九十五回目(10835/65535)
微差だが、73の違いがある。
「これは⋯⋯どういう事なんだ?」
エレインと魔王がどのように戦うのか。
それがわからない以上、この数字だけが戦闘内容を推測するヒントだ。
同じ青字の因果をこなしたにも拘わらず、僅かとはいえ戦闘結果に違いが出た。
つまりそれは青字の因果以外にも、魔王の体力を減算する方法がある、ということになる。
それを踏まえ、魔王の体力を減算する要素として、俺が「こうじゃないか?」と推測するのは三つ。
一つは、青字の因果以外にも、スキル覚醒後のエレインの戦闘能力を底上げする方法がある。
もう一つは、エレインの戦闘能力は変わらないが、何らかの方法で魔王を弱体化させる手段がある。
最後の一つは、エレイン、魔王、どちらの戦闘能力も変わらないが、例えば王国騎士軍の戦力増強や、逆に魔王軍の組織力低下が可能。
その結果、エレインが魔王の元へと辿り着くまでの負担を減らし、力を温存する方法がある。
といったところだろう。
「だが⋯⋯それだとおかしい事もある、か」
そう。
これは勘に頼る部分だが、下二つは違う気がする。
下二つは、青字の因果として『導』に記される類ではないか? と思える。
俺は青字の因果について
「エレインと魔王の戦いにおいてどういう効果があるのか」
は一切わからない。
両者が戦闘するその場に俺はいないからだ。
わかるのは、青字の因果がエレインのスキル覚醒や、魔王の体力減算に繋がる、という二点だけ。
そしてそれは最終的に、上の三つのどれかに当てはまる、ということだと考え、ここまでやってきた。
そもそも65535という数値は、エレインがスキルによって看破した魔王の体力、というのが俺の推測だ。
なら仮に、事前に魔王の弱体化が可能なら、左の数値を減算するのではなく、右の最大値が削れるような気がする。
それに、九十二回目、九十五回目、それぞれ王国騎士軍に関わるようなことはないし、魔王軍の雑兵はともかく、幹部連中に勝ったということもない。
事前に魔王軍の戦力を削れれば、確かにエレインの負担は減らせるだろう。
だが今までそんなことができた試しはないし、仮に可能だったとしても、やはりこれは青字の因果に相当することのように思える。
エレインの負担が減る、その結果、魔王の体力の減算に繋がる、という流れになるからだ。
ならば⋯⋯やはり、エレインの戦闘能力を、青字の因果に頼らず上げる方法がある。
これが俺の予想、その本命。
そうなると⋯⋯パーティー追放前、スキルが覚醒する前のエレインと、俺達がどう関わる事がそこに繋がるのか⋯⋯。
「全くわからんな⋯⋯」
そこまで考え、俺は完全に行き詰まった。
本を見ながら考えたが、何も思いつかない。
「久々に素振りでもしよう」
行き詰まった俺が思い至ったのは、そんな考えだった。
それは久々に心に浮かんだ、師の教え。
「考え事がある時は、無心で剣を振るに限る」
その教え通り、剣を振ることにした。
師が言うには、無心で身体を動かし、あえて頭を空っぽにする事で、むしろ良い考えが浮かぶきっかけとなるという。
だから、今は剣を振ることに集中する。
空気を裂く音を耳にしながら、俺は剣を振り続けた。
俺のスキルは『剣豪』。
聖女や会計とは違い、『天授型』のスキルの一つとはいえ、限りなく『取得型』に近い。
剣を訓練した上で、十五歳までにせめて『戦士』程度のスキルが与えられなければ、剣の道は諦めるべきだ、と言われている。
もちろんそれを上回る天性の才があれば、何の訓練もなしに『剣豪』が与えられる事もあるとは聞く。
過去の『剣豪』には、生まれながらの才能だけで、特に訓練する事無く強い者、という人物もいたとのことだ。
だが俺は身長や体格などは、標準よりやや大きい程度。
特段人より速さに恵まれているわけでもなく、リーチに優れてるわけでもなければ、他を圧倒する剛力を持っているわけでもない。
剣を振りながら、そんな事を考えてしまっている事に気付き、我に返る。
「無心で剣を振るのは難しいな」
気がつけば、スキルについて考えていた。
そして、考えに集中できなくなったのも理由がある。
疲れだ。
額を流れ落ちた汗が目に入り、俺は完全に集中力を失った。
「全く、この程度の素振りで。最近は本と睨めっこしてばかりだったから、少し鈍ったかな」
汗を拭い、頭をかきながら一人苦笑いを浮かべていると⋯⋯。
「⋯⋯! もしかしたら!」
頭に一つの考えが閃く。
部屋に戻り、『導』を立ち上げた。
九十二回目と、九十五回目を改めて見比べ、その二つに見落としがないか再確認し⋯⋯。
「やはり全く一緒だ」
俺は『導』を閉じた。
もし、俺の推測が正しいとしたら⋯⋯。
今見直すのは、この本ではない。
見直すべきは──俺自身。
俺自身の剣を、今一度見直す必要がある。