第三章 旅立ち①
雲の切れ間から光が幾筋か差し込む青空が広がり、どこかで心地良さそうに鳥が鳴いている。
シュザンは、自宅のベッドから這い出ると、剣を腰に帯びて部屋を出る。
部屋の外は居間へと続く廊下だ。静かに忍び足で居間へと向けて歩き出し、玄関へと到着した。
「お出かけ?」
シュザンは肩を震わせた。
通った時には気付かなかったが、居間にある二人掛けのテーブルにサラリが座っていた。
「お前、そんな薄暗いところになんだよ。あー、別にいいだろどこでもよ」
「旅に出るつもりなんでしょう」
シュザンはドキリとした。
「なんでわかったんだ?」
「あんたって、顔に出やすいのよね。宴が終わった後、思い詰めたような顔をしていたでしょう。で、もしかしたらって」
「そうか。……サラリ、聞いてくれよ。俺、皆を守れる人になりたい。でも、今のままじゃ全然駄目だ。今度、村に盗賊が現れても、勝てる保証なんかない。それに」
言葉を一度きり、シュザンは真っすぐにサラリを見た。
「ゲイルって名乗ったヤツがこの村を襲わないか不安なんだ。あいつがなにを考えているかわかんねえけど、もし危ない考えをもったやつだったら、俺の巻き添えにこの村がなっちまうかもしれないだろ」
「だから、出ていくってわけ。ゲイルに狙われているあなたが村を出れば、この村の人たちは安全かもって?」
シュザンは頷く。
サラリは、やれやれといった様子で立ち上がった。
「じゃあ、私も付いて行くわ」
「え、でもよ」
「忘れたの? 元々私が狙われていたの。どっちにしろこの村にずっといるわけにはいかないし、行くあてもないから、あなたの旅についていくの。……一人より二人。一緒にいたほうがゲイルに襲われても助かる可能性が高まるでしょう」
シュザンは、感心したように頷いた。
「なるほどな。そういうことなら、ま、よろしく頼むぜ。俺はご覧の通り馬鹿野郎だからよ、お前がいたほうが嬉しい」
「ゴホ、あんたねえ、簡単にそんなセリフいうのやめなさい。口説いているみたいだわ」
ぽかんとした様子のシュザンに、サラリはため息を漏らすと、一足先にシュザンの家を出た。
「あ、待てよ」
シュザンは外に飛び出すと、サラリと肩を並べて歩き出す。
村は、人がいなくなったかのように静かだった。昨日はあまりにも騒ぎ過ぎたせいだろう。この時間帯は、いつもであれば、畑や漁に行く人々で賑わっているのが常だった。
「シュザン、お別れの挨拶をしないで良いの?」
「あ、いや良いよ。たぶん俺が旅に出るっていったらさ、村の連中は止めにくると思うんだ」
嘆願書の時だって、シュザンが行くことは村の誰もが反対した。しかし、村で手が空いているのがシュザンだったから、仕方なく選ばれたのだ。
その時の村人の様子を思い返し、シュザンはだんだんと怒りを再燃させていった。
「へ、村のやつらも俺がいなくなってせいせいするだろうさ。あんまり、村の仕事には役立ってなかったからな」
足音を高々に鳴らしながらも、シュザンは風を肩で切るように村の入り口を目指した。が、その足は徐々に勢いを失っていき、ピタリと止まってしまった。
「母さん」
村の入り口に、イルエがひっそりと立っていた。
「シュザン、どこに行くの?」
口調は疑問形だったが、シュザンの考えを見透かしたように、イルエの目は確信に満ちた色を帯びていた。
「……旅に出る。俺は強くなって、皆を守れる奴になりたい。……皆は優しいからあまりきつくは言わないけど、わかってるんだ。俺が村のお荷物だってこと。なにができるかわからないけど、このままじゃ嫌だ。俺はもっと強くなって」
「強くならなくていい!」
イルエは叫ぶ。シュザンは、唇をきつく結び、攻撃に耐えるようにイルエの言葉を待った。
「あなたは私の子供よ。お腹を痛めて生んだ子供ではないけど、私の子供なの。あなたが頑張り屋さんだってことを知ってる。努力して弓を扱えるようになったり、お裁縫をできるようになったでしょう。……ちょっとずつ、できることを増やしていけば良い。わざわざ危険な目にあうような真似は、しないでほしい」
イルエは、ボロボロと涙を流す。村に帰ってきて二度も泣かすことになろうとは思わなかった。だが、シュザンとて簡単に引けなかった。
「母さん、俺は旅に出る。世の中は平和になったっていうけど、俺にはそうは思えないぜ。悪いやつは沢山いて、いつ村を襲うかわかんねえ。だから、今のまんまじゃ、またあの盗賊どもみたいに好き勝手されちまうんじゃねえかな。
俺はそんなの嫌だ。強くなって、もっとたくさんのことを知って、また村に帰ってくる。そうしたら、もっと安全に暮らせるような村にしてみせるよ。だから、行くぜ。ごめん、母さん」
シュザンは力強く言い放ち、歩み出す。
イルエは無言だったが、シュザンが真横に来た途端、彼の肩を掴んだ。
「母さん」
「待ちなさい。忘れものよ」
イルエは足元に置いていたバッグを持ち上げると、シュザンの胸元に押しつけた。
「旅をするのに必要な物は入れておいたわ。もちろん、サラリちゃんのもあるから使ってね」
「……わかってたのかよ」
驚くシュザンに、サラリは口を押さえるようにして笑った。
「だから、分かりやすいって。私がわかるんだったら、イルエさんにだってわかるに決まってるじゃない」
「本当にそうよシュザン。……サラリちゃん、この子のことよろしくお願いします。ねえ、二人とも、辛くなったらいつでも村に帰ってきなさい。サラリちゃんも、遠慮はいらない。なんだったら、私の子供になる?」
サラリは呆然とした表情になるが、やんわりと首を振って笑った。
「……この馬鹿と兄弟なんてごめんです。でも、嬉しい。次に会った時は、沢山話がしたいです」
二人の女は、にこやかに笑い合う。それはまるで親子のようで、シュザンとしては少しくすぐったい気がした。
「じゃあ、行ってくる。風邪に気を付けろよ」
「ええ、行ってらっしゃい。どんなことがあっても、母はあなたの味方ですよ」
イルエの声を背に受け、シュザンたちは旅立つ。
なにが待ち受けているのかわからないが、シュザンの心は高揚していた。
青空を眩しげに眺めながら、シュザンは心地良さげに鼻歌を歌った。