第二章 恐るべき邂逅①
レルト―レ村の西南に、戦場の平原と呼ばれる大地が広がっている。草木が所々生えている以外は、視界を遮るものはない平野だ。
件の盗賊団は、この平野に一か所しか存在しない大きな谷底の洞窟にいるという。
「寒いわね」
サラリの愚痴に、シュザンは同意する。
彼らは、谷の上にいた。吹き荒ぶ風は、容赦なく身体を凍えさせ、木陰に隠れても気休めにしかならなかった。
「見張りが二人か。問題は、中にはどれくらいの人がいるのかってことね」
「へ、どれくらいいようが、俺が斬り殺してやるさ」
意気揚々と話すシュザン。サラリは、冷ややかな視線で肩をすくめた。
「あら、居合斬り以外はろくに攻撃できないくせにいうじゃない」
シュザンはムッとする。
「お前だって、まともに攻撃できないじゃないか。へっぴり腰女」
「なにか言いましたか?」
燃ゆる視線と凍える視線が、宙に火花を散らす。
なにを隠そう、ここに来る前、シュザンたちは魔物に襲われていた。
ゴブリンが五匹。並の冒険者ならば、瞬殺できただろう。実際、シュザンも居合切りで二匹は瞬く間に倒した。
しかし、後の結果は散々だった。即座に反撃に出たゴブリンたちに意表を突かれ、二十分もの死闘を繰り広げる羽目になったのだ。
「とにかく、しばらく様子を見て、あいつらの戦力を探るわよ。私たちの攻撃手段は、あなたの一発芸だけなんだからね」
「うっせーよ。いつになったら、わかるんだよ」
再び視線の火花が散りそうであったが、異変が起こる。具体的には、盗賊たちが洞窟から大慌てで飛びだしてきたのだ。
「見つかったの! ……いや、違うわね。逃げてるのかしら」
「へ、混乱してるならラッキーだぜ。待ってろ、盗賊ども」
「あ! 待ちなさいシュザン」
サラリの制止を振り切り、シュザンは谷底へ駆ける。緩やかな傾斜のため、降りられないわけではないが、岩があるので足場が悪い。
シュザンは何度も転びそうになりながらも、谷底に到着する。
勢いはそのまま、息を切らしながら、抜刀した。
真一文字に描かれた斬撃は、近くに転がっていた巨大な岩ごと、六人の盗賊を切り捨てる。
「は、まずは六人! どうしたかかってこい」
「だ、誰だてめえ! あいつの仲間か?」
問いの意味を図りかねたシュザンは、首を傾げる。
盗賊の男は、その隙を見逃さない。手に持った斧をシュザンに叩きつける。
「やべえ」
(馬鹿な小僧だぜ)
間違いなく打ち取ったと、盗賊の表情が語る。だが、斧は予期せぬ方向へ逸らされた。
いつの間にやら接近していたサラリが、すんでのところで斬撃を受け流したのだ。
「間に合った。セイ、やあ」
サラリはショートソードで突き、払う。しかし、腰の入っていない手打ちの斬撃は、荒事が日常茶飯事の盗賊には通じない。
「馬鹿にしてんのか。おら」
躱しざま、盗賊の男の斧が唸りをあげてサラリの首を襲う。当のサラリは体勢が崩れ、とても受け切れる状態ではなかった。
「甘いわよ」
だが、必殺の一撃をあっさりと剣で受け流す。男の顔は驚愕に染まる。
「なんてアンバランスなやつだ。か、構ってられっか」
盗賊の男は斧を投げ捨てると、風を追い越すような速度で逃げ去った。
逃がすか、と思ったシュザンは、走り出そうとするが、
「誰だあれ?」
洞窟から出てきた白髪の男に目を奪われた。
細長い長身で、顔には無数の皺が刻まれている。金を基調とした鎧を着ていなければ、戦士ではなく弱々しい老人のように見えたかもしれない。だが、違う。
――目、そう目だ。白髪の男の目は、強者のみが体現する覇王の光を宿している。
(やべえ)
ゾワリとシュザンの全身から冷や汗が噴き出した。
アレは、駄目だ。相手をしてはいけない。逃げなければ、でも、どこに。
いくつもの言葉がシュザンの頭を駆け巡るが、足は地面に縫い付けられたように動かない。
呆けたように、白髪の男の姿を目で追うことしかできなかった。
「く、来るなあ!」
「……死ね」
白髪の男は、逃げた盗賊の男に手をかざすとなにかを唱えた。その瞬間、盗賊の男は全身から血を吹き出し倒れた。
「あ、ああ」
シュザンにはなにが何だか分からない。ただ、恐ろしかった。
「シュザン! しっかりして逃げるわよ」
暖かな感触が、シュザンの手に伝わる。右を見ると、サラリがシュザンの手を握り、必死な形相で叫んでいた。
「あの男よ。わ、私を殺そうとした男は」
「な、あいつが」