表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルティメットフェアリー  作者: 天音 たかし
2/36

第一章 シュザン旅立つ①

 世界は、一つの海と四つの陸地で構成されている。

 空には果てがないが、海には果てがあった。端まで到達すれば、底の見えぬ暗闇が広がっていて、墜ちた水の行方を誰も知らない。

 住人たちは閉じた世界『クローズ』の中、たった一つの大陸と三つの島を巡り、争い続けた。あまたの国が生まれては消え、命は血となって大地を濡らすのが、この世の常識だった。

 ――だが、常識に異を唱える者が現れた。

 彼の者は、傭兵として名を馳せ、あらゆる魔法と力、十の絶技を振るうに至る。

 圧倒的と呼ぶにふさわしい活躍をみせ、ついに世界に平和をもたらした。

 名をゲイル・カーン。

 彼は一つの国を作り、クローズ中の国々と平和条約を結んだ。

 それから月日は流れ、フォークロア大陸の最東端に位置するレルトーレ村で、一人の若者が今まさに旅立とうとしていた。


「行ってくるぜ、母さん」

「気を付けてね。いい? 危ない目に遭いそうだったら逃げるのよ」

「大丈夫だって。パパッとやっつけてやるよ」

「逃げろって言ってるんですよ。もう」

 シュザンは村の入り口でため息をつく母に、意気揚々と頷く。

 淡い朝の陽ざしを受けながらも、遠巻きに見ていた村人たちが朗らかに笑った。

「おい、シュザンで大丈夫かよ」

「嘆願書を落とすなよ」

「なんだと! よし、勝負だ。ブノワのおっさんと、アドンじいさん」

「こーら、ケンカしちゃだめでしょう。早く行ってきなさい」

 言葉とは裏腹に有無を言わさぬ母の迫力に、シュザンは渋々黙り込む。代わりに、中指を村人たちに向けると、質素な石造りの家が並ぶ村を背に駆け出した。

「アハハ、生意気な野郎だ。弱っちいくせに、ゲイル・カーン気取りだよ」

「へ、まあそこが可愛らしいがよ」

「うちの息子を可愛がるのは嬉しいですけど、あんまりいじめないでください」

 ブノワとアドンは、肩をすくめると、クワを片手に畑の方向に歩き出した。

 イルエは二人を見送ると、村の入り口に憂いを帯びた瞳を向ける。

「怪我しなきゃ良いけど。ううん、大丈夫。きっと」

 イルエは自分を納得させるように頷くと、視線を引きはがし、家へと帰っていった。

 ※

 シュザンは、飛ぶように街道を進む。

 長い黒髪が風に揺れ動き、真紅の瞳が迷いなく前を見据える。だが、彼は急にピタリと足を止まると、背に背負った革袋から地図を取り出した。

「お、ヒューア王国の首都ってこの方向だっけか?」

 どっかりと地面に腰をおろし、地図を眺めた。地図に記された内容はいたってシンプルで、東街道を進めば目的の場所につくことがわかる。だが、

「地図の読み方分かんねえな。いらね」

 シュザンは、地図を投げ捨てると立ち上がり、大きく伸びをした。

(ぬー、街道を進めばいいって母さん言ってたけど、腹が減った時に、果物を拾えない。となれば、森からオルドを目指せばいいよな)

 シュザンは、街道の脇にある森の中に入ると、迷いなく歩いていく。

 せっかく母が用意してくれた旅衣が、枝や葉で傷つく。

なけなしの金で買った新品の旅衣だが、シュザンは気にする素振りを見せない。

 うっそうと生い茂る草木をかき分けながら、シュザンは食べ物を拾い集める。

 木漏れ日が地面に降り注ぎ、温かな風が頬をなでる。幸先の良い自然のもてなしに、うっとりと目を閉じた。

「キャアアアアアアア」

 突如、鋭い悲鳴がシュザンの耳に届く。ただ事ではない、とシュザンは背中から弓と矢を取り出すと、悲鳴が聞こえた場所に駆けた。

「ひい、くるな」

「誰か、助けてくれ」

 木の根で凸凹とした地面のせいで、思ったように速度が出ない。

 シュザンは、無事でいてくれと祈るような気持ちで歯を食いしばった。

 葉が頬を裂き、枝が体を叩くのも厭わず、シュザンはやっとの思いで辿り着く。

 随分と開けた場所だ。馬車の近くに、三人の一家が地面にへたり込んでいる。

「どうしたんだ、あ!」

 彼らの視線の先を辿っていくと、三メートルほどの巨大な魔獣が鼻息を荒げているではないか。今にも襲い掛かろうとする気配に、シュザンの背が粟立った。

「やめろ」

 矢を引き絞り、素早く連射する。二本の矢は大気を切り裂きながら魔獣の体に当たったが、分厚い体毛が体内への侵入を拒む。

「くそ、だったらさ」

 シュザンは走り出し、地面に落ちている剣を拾う。

 シュザンに剣の心得はない。

技量を気迫でカバーするように雄叫びを上げ、でたらめに刃を振るった。

「兄ちゃん、逃げろ! サイプロスは、そんな程度の攻撃じゃ効かないよ」

「あんたたちこそ逃げろよ。俺が、なんとかすっからさ」

「だ、駄目です。腰がぬけて、ああ!」

 サイプロスは、羽虫を払うようにシュザンを吹き飛ばした。数メートルは飛び、何度も地面をバウンドした。

 あまりの衝撃に目は眩み、数瞬、息が吸えなくなった。

「う、ゲボ」

 シュザンは、手放しそうになる意識を必死につなぎとめ、サイプロスを見た。

 魔獣は、前足で地面を三度叩くと、身を深く沈めた。

 ――ああ、あのままじゃ三人が死んじまう。どうしよう。なんとか……なんとかしねえと。

 シュザンは、痛みを置き去りに、引きずるように起き上がる。勝算などない。だが、逃げる選択肢だけは、まるで思い浮かばなかった。

「不細工な毛むくじゃら! 俺が相手だ。こっちにこいよ」

 足元に置いていた鞘付きの剣を拾い、柄を握る。

「グルルル。プオオオオオオ」

 何度も邪魔をするシュザンに腹を立てたのか。魔獣は猛然と、シュザン目がけて突撃する。

 前に突き出た双角が、陽光を反射し残忍にギラづく。

 迫る死の圧に、シュザンは足を震わせ、涙を零した。

(死にたくねえ。でも、逃げるのはもっと嫌だ)

 シュザンは、歯を噛みしめて叫ぶ。

「し、死ぬんだったら、テメエも一緒だ!」

 目の前に迫ったサイプロス。シュザンは、精一杯力を込めて、居合斬りを放つ。

 シュザンは死んだと、本人さえも思った。しかし、天のイタズラか、奇跡か。シュザンは死ななかった。それどころか、彼の斬撃は空間ごと抉るような威力で、サイプロスを真横に一刀両断する。

「……へ?」

 シュザンは間抜けな声を上げた。

 信じられない、生きている。え、でも、どうして?

 疑惑と疑問が、シュザンの頭を占領した。

 恐る恐る後ろを振り返ると、切り裂いた衝撃で背後に吹き飛んだ魔獣が、血だまりに沈んでいる。

 信じられない。矢すら防ぐほど頑丈で大きな魔獣が、素人の剣の一撃で死ぬのだろうか? シュザンは、狐につままれたような気持ちで空を仰いだ。

「ねえ、お兄ちゃん」

 ハッとして振り向くと、シュザンにぎこちないながらも笑顔を投げかける女の子がいた。

「あ、無事だったのか」

「うん、おかげさまで。すっごく強いんだね。びっくりしちゃった」

「強いってか。よくわかんねえってか。……あー、いいかもう、分かんねえ。とりあえずラッキー」

 シュザンは、こんがらがった思考を、まるでゴミを捨てるような感覚で放り投げた。深く考えるのは得意ではない。考えても無駄だ、とこれまでの経験からそのように判断する。

 シュザンは、剣を鞘にしまうと、他の人たちにも声をかけた。

「よ、悪いな。かってに剣を借りちまったよ」

「いやいや全然。そんな剣で良ければプレゼントするよ。いや、ホント助かった。俺たちは見てのとおり行商人でね。戦いはからっきし駄目なんだ」

「ギョウショウニン?」

「売り物を馬車とか徒歩で運びながら、物を売る商人のことですよ。……まあ、女性みたいな見た目なのに、随分と武芸に秀でているんですね」

 カッとシュザンは頭に血が上ったが、嬉しそうに笑う人たちを見て、留飲を下げる。

「ハア、じゃあ俺はこれで。元気でな」

「あ、おい。お礼がそんな剣一本じゃ、商人の名折れだよ。良かったら、食事でも一緒に食べないか」

「う、食事だって!」

 グーと、盛大にシュザンの腹が鳴る。正直、戦いの余韻は抜けきっておらず、ふらつく気がする。しかし、一刻も早くオルドに行かなければならない。

 誘惑に惑うべからず、と母の教えが頭に浮かび、シュザンは首を振った。

「悪い、急いでいるんだ。オルドに嘆願書を届けないといけない」

「オルド? それってヒューア王国の首都だろう。兄ちゃんが行こうとしていた方角じゃ、ヒューア王国の国境に行っちまうよ」

「え?」

「ははぁ。さては、迷子だな。よしよし、分かった。オルドまで一緒に行こう。こっちは馬車だから歩くより速いぜ」

 シュザンはありがたい申し出に、パッと喜んだが、すぐに暗い表情になる。

「あー、でも。あんたらはオルドに用はねえだろ。無理に付き合う必要はないんだぜ」

「大丈夫です。私たちはちょうどオルドに行こうとしていたんです。最近、このあたりも物騒になったとかで、オルドでは武器が飛ぶように売れるんですよ。ですから、問題ありません。娘もよろこびますし、むしろこちらからお願いします」

 頭を下げる女に、シュザンは照れくさそうに笑った。

「そっか。じゃあ、よろしくな。俺は、シュザンってんだ」

「シュザンさんか。うん、マルク・オーエルだ。妻のメイカに、娘のサマサ。まあ、とにかく移動しようや」

 シュザンは頷くと、一行は馬車に乗りこんだ。森の中といえど、この場所は街道から少し外れた場所だった。

 ゆっくりと興奮した馬をなだめながら、マルクは上手に街道へ出ると進路をオルドに向けた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ