第四章 騎士入団試験②
「お待たせいたしました。これから試験の内容について説明させていただきます」
ロスの大きな声が会場に響くと、申し合わせたように参加者二百二十人全員が口を閉じた。
彼は静まったタイミングを見計らって、会場の入り口を指差す。そこには、よく磨き上げられた甲冑を身に纏うヒューア王国の騎士が、五十人ほど整列していた。銀の甲冑の胸元には、「人は皆平等」を意味する天秤のシンボルが刻まれ、顔は頭を完全に覆うヘルムによって隠れている。
「彼らは、我がヒューア王国が誇る精鋭騎士たちです。あなた方はこれから、一対一で騎士たちと模擬戦を行い、実力を証明してもらいます。必ず勝つ必要はありませんが、見込みがない方はもちろん不合格です。逆に言えば、見込みある方であれば勝たなくとも合格とさせていただく」
腕に覚えがある戦士はにやつき、自信がない者は眉を曇らせた。
シュザンは頬が紅潮するほど、興奮した様子で頷く。
「今から、会場を五つのブロックに分けます。各ブロックに試験管が一人ずつ入りますので、名前を呼ばれた方はそのブロックに入って試合を開始してください。時間は一人三分。降参、もしくは戦闘続行が難しい状態になった時は、三分を過ぎていなかったとしても終了です。
質問は? ……ないようですね。時間も惜しい、さっそく開始させていただきます」
ロスの言葉を皮切りに、騎士たちが一斉に動き出す。きびきびと統率された動きは、無駄な動作が一切なく、ある種の芸術性すら感じさせる。あっという間に暴れるには十分な広さのフィールドが五つ形成され、次々と名前が呼ばれていく。
「ち、俺の出番はまだかよ」
シュザンがもどかしそうにそう呟くと、サラリが
「馬鹿ね、初めに呼ばれなかったのはチャンスよ。他の人の試合を見れば、騎士たちの実力や特徴を把握できるわ」
と真面目な調子でいった。
「あー、そっか。お前、頭良いな」
「でしょう。もっと褒めても良いのよ」
「んー? 綺麗でスタイルが良い」
サラリは耳まで瞬時に赤くなる。
シュザンの真っすぐな視線からサラリは視線を外すと、取り繕うように指を刺した。
「あ……あ、あれを見て。さっきの男がいるわ」
各フィールドは横一列に並んでおり、試験官と参加者が互いに武器を構えて佇んでいる。
サラリが指差した男ウルフは、一番左端のフィールドでハルバートを手に持った騎士と対面していた。ウルフの手には、一般的なロングボウよりも長い長弓が握られている。
「あんな長い弓を見たのは初めてだぜ」
「私もよ。……勝負は恐らく最初の一発で決まるわね。近接になればハルバートが圧倒的に有利でしょうから」
サラリは、控えめな声で呟いた。しかし、耳ざとくサラリの言葉を聞いたウルフは、試験中にも関わらず手を振ってきた。
「あいつ、余裕だな」
「シュザン、無視よ、無視。あんな人はすぐに負けちゃうはずだわ」
ウルフの相手をしている騎士は、ヘルムの隙間から覗く目を不快気に細める。
ウルフは、涼しげにその瞳を受け止めると、矢をつがえた。
「各フィールドの準備は整いましたね。それでは……はじめ」
ロスの発した合図とともに、ウルフは、矢を放つ。
よほど強力な弦がはられていたのだろう。矢は視認できぬほどの速さで、空気を裂く。
狙いは正確。騎士のヘルムへと吸い込まれていく。だが、さすが精鋭の騎士である。
最小限の動きで矢を躱し、猛然とウルフへと肉薄する。
「終わりだ。若造」
唸るハルバートが、ウルフの胴を突く。……かに思われたが、ウルフは半身になって躱すと、あろうことか弓を騎士のヘルム目がけて振り下ろす。
「馬鹿な。弓をそんな使い方をするなど、へし折れるぞ」
「あ、へえ。これ防ぐんだ。オジサンやるじゃない。なーに、心配は無用だよ。この弓は神木から削りだした弓でね、ちょっとやそっとで壊れやしないのよ。これが」
咄嗟に弓の一撃を受け止めた騎士とつばぜり合いを演じていたウルフは、表情を緩ませたまま蹴りを放つ。
「むう」
距離が開いた両者は、互いの獲物を滑らかに突き出し、宙に火花を散らす。
「す、すげえ」
「……信じられないわ。ワイバーンやミノタウロスさえ討伐するといわれるヒューア王国の精鋭と互角だなんて。何者なのあの男? あ!」
シュザンとサラリの顔に驚愕の色が広がる。ウルフが、騎士を吹き飛ばしたからだ。
騎士は地面に倒れ、ハルバートが地面を滑り飛んでいく。頭を振り、すぐさまハルバートを回収しようとする騎士の身体すれすれに、十本の矢が放たれた。矢は地面に突き刺さり、騎士の動きを封じる。
「もう、終わりで良いよね。さー、終わった終わった。見ててくれたかい、会場のかわいこちゃんたち。あ、野郎はどうでもいいや」
ウルフは、会場を余裕たっぷりな動作で見渡し、最後にサラリを見て頬を緩めた。
サラリは、シュザンの背中に隠れると腕を手でさする。腕には鳥肌が立っていた。
「どうした?」
「あの男、絶対私を狙ってるわ。あんなに強いなら、襲われたらひとたまりもないかも。どうしよう」
「大丈夫だろ? お前防御だけは得意だし」
サラリは、白けた顔でシュザンの背中を叩く。
「うるさいわよ。居合切りだけ最高男」
銀の髪をさらりと手で払い除け、サラリはボソリと呟く。
「守るって言いなさいよ。男のくせに」
「んあ? なんか言ったかよ」
「別に」
サラリは、そっぽを向く。シュザンは、緊張しているのだろうと、見当違いなことを思い彼女の肩を優しく叩いた。




