幻のヌッシーを求めて
「それでは続いてのコーナーです。今日は土井中県のとある湖にカメラがお邪魔しております。土井中テレビの千葉さーん!」
「はーい! えー、私はですね、土井中県にあります小さな湖へと来ております。見て下さい、小さいとは言え視界一面水面で御座います。落ちれば足は付かず溺れること間違いなしです。しかしですよ、なんとこの湖に、ある伝説の生き物が住んでいるらしいのです……!」
地元の女性アナウンサーが、ヘルメットと救難具を着用し、湖の傍からカメラに向かって実況を始めた。真冬の湖にはカモやツルが飛来しており、地元の住民がパンの耳をあげていた。
「それでは土井中大学の名誉教授で生物学者の伊那勝弘さんにお話を伺いたいと思います! 先生宜しくお願いします」
「宜しくお願いします……」
カメラが横に動き、やや痩せ気味の中年男性が映し出される。地元では金さえ出せば誰でも入れるとして有名な大学の先生であり、伝説上の生物を愛してやまない人でもあった。
「先生早速ですが、この湖には、あのヌッシーが居るらしいですね!?」
「はい、そうなんです」
と、女性アナウンサーが湖の傍から離れ、近くに設置してあった実物大のヌッシーパネルへと近寄る。ヘルメットと救難具を外し、手を広げてヌッシーと呼ばれる水生の首長竜と自分の体の大きさを比較した。
「こちらがそのヌッシーなんですが、見て下さい! この大きさ! 先生、どれくらい大きな生物なんでしょうか?」
「そうですね、推定6mから8mと言われております。主に魚を食べており、時折水面から顔を出して呼吸をするようですが、一度の呼吸で三年は泳げますので、中々見ることは出来ないのです。私もこの目で見たことはまだありません」
と、名誉教授はパネルに並んだ女性アナウンサーの脚をジロジロと見ながら答えた。
「先生、では何故今日私達がこちらへ来たかと言いますと……」
「はい、前回の目撃情報から、今日で三年なんですね。恐らくそろそろヌッシーが顔を出すのではないでしょうか?」
「それは楽しみですね!」
「ええ」
「こちらの湖では、駐車場が約200台、トイレや水道も完備されておりまして、屋台や出店も多数御座います。是非一度ヌッシーを見に、ご家族でお越し頂きたいと思います! 名物のヌッシー饅頭やヌッシー煎餅、ヌッシーカステラにヌッシークレープなんかも御座いますので、楽しめること間違いなしです!」
と、名誉教授がスタッフに手渡されたヌッシー饅頭を一口かじり「美味しいです」と味の感想を述べた。
「それではスタジオにお返し致し──」
と、女性アナウンサーの後ろで、何やらカモやツルに餌やりをしていた地元の住民達が騒ぎ始めた。
「ヌッシーだ!!」
誰かが叫んだその声に、名誉教授が走り出す。東京スタジオのメインキャスターも「どうしたのでしょうか!? とりあえずそのまま中継を続けて下さい」とカンペ丸読みの視線を送る。
本来であれば次は爆乳お天気お姉さんのセクシーお天気占いの時間であり、全国のお父さん達が最も楽しみにしている朝の元気の源となっていた。
「私達も行ってみましょう!」
女性アナウンサーが慌ててヘルメットと救難具を着用し、湖の傍へと向かう。カメラを湖へ向けると、10m程先の水面から複数の泡がブクブクと湧き出ており、皆がカメラやスマホを向けて写真や動画を撮っていた。
「ああ! 夢のようだ……! ヌッシーをこの目で見れるなんて……」
名誉教授もカメラとスケッチブックを片手に、忙しない仕草で頻りに水面の様子を覗っている。誰しもがヌッシーの登場を期待して止まなく、カメラマンもその瞬間を逃さぬようにと、ジッ……と水面に浮かんでは消える多数の泡を映し続けた。
ザバッ、と勢い良く水面が弾け、緑色の──薄い水掻きが付いた細い手が二つ現れた。クチバシと頭に乗った皿が特徴的な上半身が顔を出し「クエーッ!」と鳴いてパンをねだった。
「なぁぁんだ、カッパかぁ~!」
住民達から落胆の声があがった。大きな溜息とカメラを下ろし白けた顔が次々とその場から去ると、女性アナウンサーもカメラの方を見て頭を下げ明るい声で笑った。
「すみませーん! カッパでしたぁ♪」
ハハハと女性アナウンサーが頭を掻くと、名誉教授が俯きながらその場を通り過ぎた。
「それではスタジオにお返し致しまーす!」
と、女性アナウンサーが手を振った。が、東京のスタジオではザワザワと騒ぎが起きており、メインキャスターやスタッフまでもがどうしてよいのか分からずにあたふたと顔を行ったり来たりをさせていた。
「えっ!? えっ!? ええっ!? ちょっ……! 千葉さん!? 千葉さーん!?」
「? はーい。なんでしょうかぁ?」
「カッパ──!? カッパですよねぇ!?」
「はいー。どこにでもいるカッパですよぉ?」
女性アナウンサーが飛びきりの笑顔で答えた。その後ろではカッパが陸に揚がり、オバチャンが投げたパンの耳をダイビングキャッチしていた。
「はぃ!? えっ!? ええっ!?」
スタジオのどよめきと、メインキャスターの困惑。しかし湖ではいつも通りの空気が流れている。女性アナウンサーの後ろでは、パンの入った袋をカッパに取られて、若い女性が怒っている。
「…………もしかして、日常?」
メインキャスターがぽつりと漏らした。
名誉教授は既に自家用車で帰っており、女性アナウンサーは夕方のテレビのコーナーに向けて、地元の住民に今夜の夕飯を訪ねてリポートしている。その後ろでは、カッパがカモやツルと戯れており、一緒に口を開けてパンをねだっていた。
ヌッシーこそ見付かりはしなかったが、カッパの存在が世間に広く認知された瞬間であった──