友達の姉を嗅ぐ話2
前日譚
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「あ、睡蓮ちょうど。ちょっと嗅いでくれない? 新しい香水買、っ、た、……」
玄関の戸の音を聞いて、すぐさま見に行ったら、そこにいたのは吸血鬼ちゃんだった。
もちろんそれは仇名。名前が加美蘭って言うかららしい。
私はこの子が苦手だ。妹の友達で年下だけど、怖い。
「姉君、嗅いで欲しいというのなら失礼します」
「いやくんな! アンタに頼んでない!」
めっちゃ逃げたけど彼女は遠慮せずリビングにまで入り込んでくると、逃げ惑う私の頭を引っ掴んで自分の顔に寄せた。
すんすん、ふがふが、と髪の毛がくすぐったく騒ぐ。
彼女はめちゃくちゃ私を嗅いでくる。頭がおかしいのかもしれない。
「花の香りですね。ラベンダー。花言葉は…期待。なるほどそうでしたか」
「何勝手に納得してんの!? っていうかよくわかったわね…匂いとか花言葉とか」
「昔からいい匂いがするものが好きなんです。花とか、スイーツとか、姉君とか」
「昔から好かれていた記憶はないけど」
「今好きですよ」
「……最近の子は~」
すぐ好きって言ったりスキンシップが過剰だったり、少なくとも私の周りにはいない。
でも妹の睡蓮もどちらかと言えば、この吸血鬼ちゃんと似たタイプだと思う。具体的にいうと私を嗅ぐことに全然遠慮しない。
睡蓮は、睡蓮だから気にしない。けど睡蓮の友達であるこの子に対する距離感がいまひとつ掴めないでいる。
親しんで、懐いてくれているのだろうけど。
「犬みたい」
「そんなに可愛いですか、私?」
「ポジティブすぎるよ。匂い嗅いでくるしどんどん駆け寄ってくるところとか」
「でしょうね」
私はもう別のことを考え始めて、早く妹の部屋に行ってくれないか、と思う。
新しい香水を試したかったのにすっかり変な気分になってしまった。
前にこの子と絡んだ時は、私の枕を散々嗅がれた挙句に彼女はそれを足で挟んで。
しばらくの間、緊張して自分の枕で寝るのもなんだか億劫だった。
そんな緊張する必要ないはずなのに。
ぷしゅ、と小さな音が鳴る。
「これ、私のオススメです」
白い手がそっと私の鼻先に触れた。
とたん、鼻腔を甘い香りがくすぐる。
「ふぁ……、なにこれ、甘い匂い……」
「バニラの香水、自慢の逸品です。差し上げますよ」
「え……いやいやそんなの」
私はそれほど詳しいわけじゃないけど、この香水は私のより高い気がする。それなりに。
「プレゼント用に買ったのです。我慢できなくて開けちゃったけど」
「開けちゃったんだ。いや、でも、プレゼント用?」
記念日だとか贈呈されるいわれはないし、この自由奔放な子が謝罪の意を込めて、なんてこともなさそうだ。
まだほのかにプリンのような香りくすぐる白い手で、私に小瓶を握らせて彼女はまっすぐ言った。
「先輩のいい匂いと、私の好きないい匂い、混ざったら最強だと思うんです」
「……嗅ぐ気満々だ」
「そりゃそうです」
そりゃそう、だ。
そういう子だというのはよくわかった。
「受け取ってもらえますか?」
「……私、香水とかプレゼントされたの初めてだし……なんか結構嬉しがっちゃってるけど……」
「じゃあワンプッシュしてみてください」
「ええ〜じゃあワンプッシュだけだよ〜?」
なんて言いながら、自分でも顔が綻んで来るのがわかってしまう。
現金な自分で情けないけど、首元とかに香水を噴射した。
私自身が甘やかな香りを楽しんでしまう。
でもすぐに、彼女も私の首元に頭を寄せ。
「すん……すん……」
今までみたいな獣みたいに嗅ぐのでなく、ソムリエがワインを味わうみたいに、じっくりと嗅いでいる。
とったん、体が、かぁっと熱くなる。
忘れていた気恥ずかしさと、彼女の頭のつむじまで見えるような姿勢に何かやましいものを感じた。
「……うん、うん、いいですね」
「い、よかった? 満足した? じゃあこれ返すからっ」
「え。プレゼントを返すなら別の形で返してくださいよ。現品クーリングオフされるとすごい傷つきます」
「でも……そう言われても」
「私は定期的に嗅がせてもらうだけでいいですよ。お金は取りません!」
「それは……それで問題なような……」
でもお金のことを考えないで済むのは、正直助かる。
嗅がれるのは嫌だから返すのが一番だけど、妹の友達である以上あんまり悲しませるのも考えものだし。
「……じゃあプリンとか買ってあげる。この香水みたいな匂いのね」
「……プレゼントしただけなのにデートしようなんてもう彼氏面ですか? 妹の友達相手に……」
「……最近の子はさぁ……」
最近の子は、と言ったけど、睡蓮はこうじゃないからこの子が特別変なんだろう。
でも、少し似ているところもあるかもしれない。馬鹿、本当に馬鹿。
「じゃあそろそろ帰ります。デート、絶対ですよ」
「え、うん。あれ、睡蓮は?」
「今日部活です。二人きりになれるって聞いて来たので」
それだけ言うと、彼女はひらひら~とやる気なさそうに手を振って、出て行った。
後から知ったけど、私が休みで家にいるとか家族が出かけているとかをそれとなく睡蓮に聞いて、二人になれるタイミングを調べていたらしい。
掴みどころのない少女の、本気のような執念に空恐ろしいものを感じる。
怖い、どうしよう。
そういう感じの、苦しい胸の重さなはずなのに……。
彼女と一緒に出かけることを想像すると、腹の底から妙に愉快な気持ちが出てきてしまうのであった。