07
暗くなってから、アレックスは潜んでいた茂みから這い出した。もともと住宅街の入り口にゲートがあることから、鋼鉄の高い塀などという武骨なものは無い。ただ生垣がすこし高いぐらいである。根元の隙間からアレックスは入り込む。この時点で美しい髪はくしゃくしゃだし拭くもドロだらけだ。
「アレックスは学者になればいいのよ」
そういった姉もいたが、多分彼女のイメージでは、学者とは白衣を着て清潔な研究室で理論を立ち上げている姿だろう。一応目的に向かってまっしぐらではある学者に似た行為だが、多分今のアレックスを見たら卒倒する。
アレックスは芝生の上を走り始めた。まっしぐらにケヤキに向かって駆けていく。屋敷は明りが灯っており人の気配が濃い。さんざめく声から今日は何かパーティが行われているのだということがわかる。庭には明りが届いていない場所も多く、アレックスはその喧騒を背に無事ケヤキにまで辿りついた。
「えっと……木の間」
そこまではわかったが、アレックスは息を飲んだ。
ケヤキの幹は相当太くなっており、根元、といっても一周分になるとかなり範囲が広い。アレックスは肩にかけていた麻袋から懐中電灯を出した。電池の供給が安定しており、長時間使えるという最新式のものである。
あまりまわりに光が響かないようにアレックスは低く照らして幹を調べ始めた。何か手がかりを残していないだろうかと念入りに見る。
『人より偉大に時を数える二人、その夕刻を見つめるものに、少女の私を託す』
あ、そうか、と思い当たった。はいつくばっていたアレックスは立ち上がりポケットから方位磁石を取り出した。この間テレビジョンでみた冒険活劇の主人公は方位磁石をいつだって大事にしていた。
夕刻というのなら西側を示しているのだろう。
「西はあっち。ということは」
西側の一本の夕日が一番当たる場所を検討つけて探す。今まで低いところを見ていたが木だって生長するのだと思い出したのだ。五十年分……確かにアレックスの目線よりはるかに高いところに何かしるしのような傷が見えた。そのままその目印を下ろしたあたりにしゃがみこんで地面を掘り返していく。
あまりにも深かったら手に負えないと思ったが、ミランダもそのころはただの娘である。それほど深くないところでスコップは何かに当たった。
「あった……?」
アレックスはそのあたりを慌てて掘り返し始めた。予想より大きいものが出てくる。最後のこまかい土を払いのけ、アレックスはそれを地中から取り出した。
水を通さないようにゴム引きの布で包まれている。おそらく中も油紙などで固くまかれているのだろう。しかし包みを解く余裕は無かった。さっさとここから逃げ出さなければならない。アレックスにも自分が不法侵入しているという自覚はある。しかも見つかったらいろいろ困りそうな相手である。
ロックハート家はあまねく世界経済の頂点に立つが、さすがにこの屋敷の主人である国交もまだ確かでない遠く離れた砂漠の国の武器商人とは相性が悪い。
アレックスは麻袋に包みを放り込んでまたこそこそと歩き始めた。パーティはまだ続いている。闇にまぎれるようにして進むと存外スムーズに生垣のところまで来ることができた。またしゃがみこんでドロだらけになりながら抜け出す。自分は通れそうだったが、中身の膨らんだ麻袋が潅木の枝に引っかかってしまった。眉をひそめて力をいれそれを引っ張り出そうとしてみるが手元が暗くどこがひっかかっているのかわからない。
と、そのあたりが急に明るくなった。麻袋の紐に絡んでいた小枝がようやく見えてアレックスは安堵の笑みをうかべるとそれを折って麻袋を取り出した。
「よし……じゃなかった」
「おい!」
荒っぽい低い声がアレックスに怒鳴りつけた。光の差したほうに視線を向けるとそこにはアレックスのものよりはるかに強い光の懐中電灯を持った男が二人、立っていた。屋敷の警備だという事は一瞬でわかる。
顔見えてる?大丈夫、帽子被っているから。袋も取り出せた。靴も脱げてない。距離は……まあまあある。よし。
逃げろ!
アレックスは無言で彼らに背を向けた。そのまま一気に傾斜を駆け下りる。
「おい待て!」
怒鳴り声はこの国の言葉ではないものも混ざっていた。しかしそんなものに頓着する暇も無く、半ば転びそうになりながら、アレックスは走り続ける。すぐに息が切れてきて、今まで屋敷にこもっていた自分を呪いたくなる。背後では警報みたいな無粋な音が響き始め、遠くで犬の声がした。
別に今の主人のものを盗んだわけじゃないのに!
なんて釈明もさせてもらえないだろうなと予想したアレックスは逃げるだけだ。潅木に突っ込んで一度転んで坂を転がったがそのお陰で距離が稼げた。ただ、銃声が何回か聞こえてさすがのアレックスもふるえあがる。
高級住宅街の丘からついに逃げ切って、道路まででた。
ようやくそこで振り返ってみれば、アレックスの後を追って何人か走ってくる上、車も住宅街の道路を降りてくるところだった。
さて、どちらに逃げようか、悩んだアレックスに、車の強いライトが叩きつけられた。まぶしさにとっさに顔に手をかざす。追いつかれた、と一瞬総毛だった。
「おい!」
しかし呼びかけられた声は聞き覚えのある物だった。ジャックが車の窓から顔を出している。
「なにやってんだ!早く乗れ!」
「ありがとう!」
どうしてここがわかったんだろう、と謎はあるがとにかくとばかりにアレックスはジャックの車に乗り込んだ。
彼はちらりと住宅街のなかを猛スピードで突き進んでくる一台の車を眺めた。そして憂鬱そうにため息をつく。
「……まあいい、説教は後だ」
そしてジャックはアクセルを踏んだ。エンジンが無理をさせられて抗議の悲鳴をあげる。
「とにかくあれからは逃げたほうが良いんだな?」
「正解!」
高級住宅街の脇の国道をつっぱしる。そのまま住宅街に出たが一気に道が混みはじめるのが見えた。ジャックは思い切りハンドルを切った。町の中ではなくその外に出る道筋だ。多少迂回になるがすいている道から行った方が良いだろうと考えたらしい。
しかし相手もぴったり追いついてきている。
助手席からふっとばされそうになってアレックスは椅子にしがみつく。
「舌噛むぞ!」
ジャックは今度はアクセルを踏み込んだ。加速でシートに押し付けられてむぎゅとアレックスは呻く。こんな運転ははじめてだ。家族に会いに行くときは恐ろしく大きな黒塗りの自動車で、白手袋の運転手が水の上を滑らせるように品良く運転していた。
ジャックの車と来たら小さいしエンジンの振動はガンガン伝わってくるし、とても快適ではない。しかも現在カーチェイス中だ。屋敷の外というのは実に刺激的である。
「ジャック!」
アレックスは叫んだ。バックミラーに映る例の車と前方に気をとられているジャックは短い生返事を返す。揺れる車内でアレックスは怒鳴る。
「拳銃貸してよ」
「はあ?!」
ジャックの背広とベストの間にはホルスターがあって拳銃が装着されている事は知っているのだ。
「この間みたテレビジョンのドラマでは一人が運転していたら、もう一人は拳銃で応戦していたわ。わたしはどうやっても運転には自信がないからあなたの拳銃を借りて応戦しようかと思うのだけど」
「……ええい、まったく。子供ってのはすぐに影響されやがる!そんな暴力的な番組は直ちに中止するべきだと俺は思うよ!」
「あら、ロボは別の意見よ」
「なんだ」
「『もっと派手になればもっといいですね』」
「あいつ、表向きと中身が違いすぎやしないか!おい、アレクサンドラ・ロックハート」
「もうめんどくさいからそんな長々と呼ばなくて結構よ。みんなわたしの事はそれぞれ好きに呼ぶの。アレク、サンディ、レックス、アリィ、レクシー、サンドラ、アレクシ……」
「アレックス!頭を下げろ!」
会話の途中だが素直にアレックスは頭をさげた。少しそれたようで、助手席側のサイドミラーが突然音を立てて弾けとんだ。破片が閉じているガラス窓に弾けて飛ぶ。
「ほら、あっちが撃ってきたわ」
頭を抱えて姿勢を低くしながらアレックスは呟いた。
「撃たせてくれれば良いのに」
「お前撃ったことあるのかよ」
「ええもちろん。射撃は資産家子女のたしなみですもの。家族に連れられて射撃場にも行ったわ」
「ってことはうまいのか」
「不思議なことにまだ的に穴が開いた事はないけれど。でもこういうときにはなんか当たるような気がしない?テレビドラマだったら当たるわよ、展開的に」
「……お前本当はバカだろ」
ジャックの言葉に重なるように、助手席の窓ガラスに蜘蛛の巣状にヒビがはいってアレックスは息を飲んだ。
あれ、うっかりすると死ぬのかな?とアレックスは不思議な気分だ。
……あの五歳のときの事件で一度死んでしまったのは間違いない。
それからどこか自分が欠けたような気分でいた。まるで夢の中みたいに。お祖母様もロボも、家族達と気を使ってくれたけどやっぱり自分は全てに実感を伴っていなかった。それは今思えば面白みのない生活だった。でも、今もう一度死ぬなんて。
つまらない、せっかく面白くなってきたのに。
アレックスは頭の中を探った。暇に任せて読み込んだあらゆる書物の知識が頭には詰まっている。この町の地図だって。最近はテレビジョンで新しいニュースを仕入れられる。
「ジャック。次の交差点を左」
「え?」
「いいから」
ジャックは一度だけ舌打ちすると、交差点につっこみ急ハンドルを切った。振り回された追っ手が曲がりきれず一瞬速度を落とす。その隙に加速してアレックスの言った道に入り込んだ。直進の道路が見えてアクセルを踏み込んで飛ばす。暗闇に浮かぶのは両脇の木立だ。
「ありがたいのかどうなのか、人の気配は無いな」
「巻き込む人がいないのはもちろん良いことよ」
ハイビームがバックミラーを貫いて、二人同時に目を細めた。少し道は傾斜して登っているようだった。一気に傾斜がきつくなる。
「加速!」
「はあ?」
アレックスの指示に、これ以上はもう無理というところまで踏み込んだ。車がぎりっと嫌な音を立てる。先を照らしたライトが見せた光景にジャックは叫んだ。
「おいこらまさか」
「この間のテレビジョンでは」
「もうそれは禁止だ!」
ジャックがアレックスの体を低く押し付けて自分も身を小さくしてそれに備えた。
アレックスが示した道は新しいハイウェイの建設現場だったのだ。ほぼ完成して、今週中には両端から作っていった最上部が繋がるだろうというのは今朝のテレビニュースで言っていた。
すなわち今は、繋がっていない。
……アレックスの好きな刑事者のドラマの主人公二人が、加速によってそういった間隙を飛び越えたのは先週の展開である。アレは作りかけのハイウェイではなく崖っぷちであったが。とはいえここまできてしまった以上もはや引き返せないと決意したジャックはアクセル全開で、自動車をその頂点に送り込んだ。
アレックスの中に無重力の不安定さが胸の不快感となって押し寄せる。あら、気持ち悪い、と考えた瞬間には向こう側の道路に自動車は叩きつけられていた。衝撃にさすがのアレックスも呻く。シートでバウンドして天井に頭までぶつけた。それでもなんとかその隙間を飛び越えたのだ。
自動車は大きく回転して制御不能になりながらも奇跡的に壁にはぶつからずハイウェイをつるつる滑っていく。背後では急ブレーキの音がした。追っ手は隙間を飛び越えるのをあきらめたのだろう。
「ジャック、あっちは止まったわ。やったわね」
「常識ある人間は間違いなくそうするだろうな!俺も自分を常識人だと三十秒前まで思っていた!」
ハンドルを押さえ、暴れる車を制御しようとしているジャックはそれを言うのがやっとだ。
「ジャック、嫌味にキレがないわ」
「黙ってろ!」
ジャックのこめかみに青筋が浮いていたがさすがにそれを突っ込む余裕はアレックスにもない。転がるようにしてハイウェイを降り、一般道にまでたどり着いて、ようやく運転が落ち着き始めた。
追っ手はもういない。一度工事中のハイウェイを降りて追いかけなおしてくるかもしれないから安心は出来ないが、少し余裕は生まれた。それでも制限速度よりはだいぶ速いまま、二人は市街地に突入する。町の光が見えてようやくほっとする。
「……一体何をしに、ミランダの生家なんて行ったんだ?」
「あら、過去を見ておくのはとても大事なことよ」
アレックスは自分の薄汚れた麻袋を抱きしめた。ミランダの日記についてはまだ自分でも目を通していない以上、黙っておくことにしたのだった。
ジャックはしばらく黙って運転していた。そのこわばった横顔に彼の怒りを感じとる。だがアレックスは気にしない。どうせ怒っているのは映画よろしくハイウェイを飛び越えさせたことだろう。たしかにアレックスだって突然やられたら怒る。しかしあれは仕方なかったと思う。そういう自分で納得していることについてはアレックスは図太いのだった。
無神経、とも言うが。
やがて二人の乗った車は、アレックスの屋敷にまで無事たどり着いた。酷使されたジャックの車がなんとなく軋むような音を立てているが、坂道を登って鉄の門を潜る。広い敷地内を通って広い玄関前に横付けする。ロボが出迎えるのが見えた。
「ありがとう、ジャック。危ない目にあわせてごめ……っ!?」
唐突にジャックに鼻をつままれた。うぎゅっと変な声が出る。アレックスの形のいい鼻をつまんだジャックは乱暴にそれをひっぱった。
「痛い!」
「いい加減にしろ!」
ジャックは車内がびりびり震えそうな勢いで怒鳴った。
「人を心配させておいてその言い草は何だ!」
「心配?」
「そうだ!家から出たことが殆どないような若い娘が行き先も告げずに急に消えたら周りがどう思っていると思うんだ。しかも探してみれば行ったのはクーパーの手下がうろうろしているようなミランダの生家で!」
鼻とれちゃうよ!とアレックスが叫ぶと、ジャックはなおさらぎゅっと握りこんできた。
「お尻ぺんぺんじゃないのをありがたく思え!」
「子ども扱いしないでよ。まだ平手打ちとか拳骨とかあるでしょう」
「女に暴力はふらない」
「キスでもいいわよ。女性を黙らせるのに、この間の見た恋愛ドラマではそうしていたわ」
「お前がキスしたくなるような女性になれたらな!」
そしてようやくジャックは鼻から手を放した。顔をしかめて痛いと文句を言うアレックスに畳み掛けていう。
「何をとりにいったんだ」
「秘密」
「人に迷惑かけておいて……」
「迷惑なんて」
と、反射的に言いかけてアレックスは黙り込んだ。
確かにジャックの言う事はあまりにももっともだ。自分が一応深窓の令嬢であることは間違いないし外に出たことも一言声をかけるべきだったということも、きちんと冷静に考えれば当たり前のことである。ただ、うんざりするのは、どれもこれも自分が後数年してきちんと大人になっていれば誰も文句は言わないだろうなと思えることばかりだということ。
いろいろ常識を知らない部分はあるが、自分はナイトウォッチとしては他の追随を許さないくらいの実力があるのに、子供だということだけでいろいろ制限されてしまう。自分で考えて検証したいこともその道筋でかならず他人の介入を受けてしまうことが少しわずらわしい。
そう考えてみれば祖母は本当に愛すべき人だった。本当に大事な時にしか口を挟まずアレックスの好きにさせてくれた。祖母が生きていたら今みたいな面倒なことも起きなかったのだろう。自分だって祖母にならいろいろ話す気になったはずだ。
ジャックの事は嫌いじゃないし、ロボも頼りにしているが、それでもまだ信頼という言葉に相応しい相手ではない。とくにロボは。
「何か考えているな?」
ジャックがすかさず踏み込んできた。
「もちろん。わたしが何も考えていない時なんてないわ」
アレックスが堂々というと、ジャックはため息をついた。それで今は説教を受けていたのだということを思い出す。
「ええと、冷静に判断して、確かにジャックの言うことはもっともだと理解しました。ごめんなさい」
アレックスの言葉にジャックは安心するかと思えば、逆に目を丸くして驚いたのだった。
「アレックス、お前素直に謝ることができるのか」
「物事にはついてはあまり感情的にならず処理したいと思っているの。自分の非を認めるのはその第一歩でしょ」
「う、うーん」
ジャックは頭を抱えてしまいそうな顔だ。
「何か間違っている?」
「いや……アレックスにとってそれが納得できる答えならばそれでいいのだろう」
ジャックは内容に比べて困惑の度合いが強い口調で答える。
「それよりアレックスは俺を追い返すことが出来るはずだがどうする?」
「追い返すってなんで?」
「いや、俺は一捜査官だ。ロックハートが何か言えば俺の首くらい飛ぶ」
「全然わからない。どうしてわたしがジャックの首をとばさなきゃいけないの」
アレックスには失礼なことをされたという認識は無い。そもそもロックハートについて世間がどう考えているのかということすら……その畏怖すら知識としてしか知らないのだ。
「俺はロックハートに頭を下げる気は無いが、それでもその権力は理解している」
「あなたが今守るように言われているのはロックハートではなくてわたしでしょう。この先もよろしくね」
アレックスはにこやかに言って手を差し出した。
気がつけばジャックは自分への言葉遣いを乱雑なものにしているし、名前もアレックス呼びになっている。相手がどう考えこちらに対応してこようが気にしないつもりだったが、ジャックのその変化は間違いなく親しみの表れであり……。
ちょっと嬉しかった。
俺を言うべきか考えているアレックスの前でジャックもなにか言葉を探していたが、窓の外を見て呻いた。
「ああ、そうだ。そりゃそうだ」
そして肩をすくめて言った。
「ロボにも謝れ。心配していたぞ」
「心配って……そういえば、どうしてわたしの場所がわかったの?」
「俺はロボからアレックスがあのあたりにいる可能性が高いと言われたから行ったんだが……」
アレックスは車外のロボを見た。彼はあっけに取られた様子で立ち尽くしている。が、アレックスと目が合った瞬間はっと我にかえったように車に近づき始めた。いつものように恭しく扉を開けるのかと思いきや、助手席には目もくれず、ロボは運転席の扉を乱暴に開けた。その手を伸ばして、想像もしないような荒っぽさで彼を引きずり出したのだった。
「ロボ!?」
アレックスが声をあげても彼は気にしない。身長はともかく体格という面では明らかに自分より頑丈そうなジャックの胸倉をつかんだのだった。
「アレックス様になにをする?」
ぎゅっと締め上げられてジャックは一瞬目を白黒させたが、さすがは中央捜査官というべきかあっさりと冷静さを取り戻す。にやりとロボに笑いかけていった。
「なるほど、そっちが本性か」
「本性もなにも、ロボは今までだって最初から最後までこうだけど」
一応ロボの普段の慇懃無礼さを説明してみたものの、ジャックもロボもそれどころではないようだ。
「アレックス様の愛くるしいお鼻に触れたな」
「悪いか」
「悪いとか良いとかの問題じゃない、それは無礼という」
……あら。もしかしてやっぱりジャックの言うとおり、ロボはちょっとどうかしているのかしらと思う。
最近熱心にテレビビジョンを見ているし、ジャックとも知り合うことが出来た。ジャックは今まで周りになかったタイプだが、ここに住めば良いのにと思う程度にはいい人だ。なんとなく普通の人々のことがわかり始めてきたアレックスは、ロボの距離の近さはちょっと奇妙なものであると理解し始めた。
そうか、あまりロボに甘えてはいけないのか。
……反省から導き出した結論は結構微妙なものだったが。
「いいのよロボ。わたしがちょっと無茶したの。ジャックはそれについてわたしを叱りつけただけよ。わたしは自分の非を認めて謝罪したわ。それとわたしのお鼻は……しかたないわ、触りたいくらい可愛かったのでしょう」
「ちがうぞ!おい、ちがうぞ!お前本当に反省したのかアレックス!」
ジャックは怒鳴っているがロボはアレックスの説明に、まあしかたなしという妥協が満ち溢れた表情を浮かべると、ジャックの胸倉から手を放した。
「おい、アレックス。俺はお前の鼻には」
「ねえ、ジャック、わたしが今日、持ってきたものはミランダの昔の日記なの。でも中身についてはまた後日お話するわ」
アレックスの言葉にジャックは迷いを見せた。ジャックも捜査局に説明しなければならない立場だ。報告として聞いておかねばならない。
「どうして後日なんだ」
「今日、わたしなりに検討してから説明したいの」
ジャックはまじめな顔のアレックスを見下ろした。
「……いいだろう。その代わり今夜はこれ以上、素っ頓狂な事は何もするな?ちゃんと飯を食って風呂に入って髪をとかして歯も磨いて、そしていい夢でも見ろ」
「最後以外は了承するわ」
アレックスは皮肉っぽい笑顔を返した。
「わたしね、夢は嫌いなの」
「おい、アレックス」
「じゃあね、お休みジャック。ロボお腹が減ったわ。夕ご飯食べたい」
「今食べるとなると夜食ですよ?」
ジャックは好きな人間という部類に入るが自分自身の夢についてはあまり話したくなかった。