でるな
「でるな」
不快感に襲われ目が覚めた。声が聞こえたわけではなく、明確に、でるな、という強烈なメッセージが脳内に響いている。
何か嫌な夢を見たのだろう。内容は思い出せない。夢は起きた瞬間から摩耗し始め、歯を磨く頃にはとっくに意識の外に行ってしまう。そんなことを考えているうちにも、夢の内容は掴みどころのないフワフワした雲のようにどこかへ行ってしまった。
今日は高校の入学式だ。幼い頃から勉強が好きだった僕は、毎日コツコツと勉強を進め、無事地元のトップクラスの高校に進学が決まった。まだ短い人生だけれど、長い時間をかけて努力してきて、それが報われた今日という日は嬉しいはずなのだ。
だから僕は不快な夢のことなんてすっかり自分から忘れて、学校にいく準備を始めた。筆箱、上履き、あぁ、初日だし必要な事項はメモしなければ。メモ帳も持っていこう。
そう思ってバックを広げると、必要なものはちゃんと全部入っていた。そういえば昨日、あらかじめ用意したんだっけな。
高校からスマートフォンの持ち込みも可能になる。中学じゃ持ってるだけで即刻取り上げだったから、ちょっと新鮮な気分だ。
充電を確かめようとスマホをポケットから取り出して、僕はそれが凹んでいるのに気がついた。
画面にヒビも入っている。画面右上はひしゃげていた。いつの間にこんなになってしまったのだろう。
電源ボタンを押すと、問題なく画面が表示された。
「でるな」
たった三文字、そう書いてあった。
スマホのメモ機能を使って書かれてある。当然僕が書いた覚えは無い。
でるな、出るな、だろうか。
意味が分からない。だが、既視感がある。見たことがあるはずなのだ。
そんなことを考えているうちに、もう八時になろうとしていた。ダメだ、八時には家を出ないと、八時半の入学式に間に合わない。どうしても八時に家を出なければならない。
...でも僕はそうしなかった。
気分じゃない、といえばそうなのだが。
どうしてもメッセージが気になった。でるな、とは家を出るなということじゃないのか。オカルト的なものはてんで信じない僕だけど、少し気になる。
別に入学式に休んだって問題はない。お腹が痛いことにして今日は休んでしまおうかな。
ベッドにゴロンと寝転がって、考えた。誰がこのメッセージを打ったのか、なんのために打ったのか。僕をからかっているのか。ぼーっと考えていた次の瞬間だった。
ドゴッ
家全体が激しく揺れた。音は外から聞こえた。
ドゴッ
慌ててベランダに出て外を見る。
トラックだった。
トラックが一階部分に突っ込んでいた。
ドゴッ
別のトラックが突っ込んで来る。
ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ
家全体がグラグラ揺れている。
トラックは止めどなくやってくる。
家の周りはトラックでいっぱいだった。
まだトラックがない家の正面、玄関付近に、トドメとばかりに猛スピードで突っ込んでくるトラックが衝突したその瞬間。
ついに家が崩壊を始めた。
グシャッ
崩壊した家の天井に押し潰された僕は身動きが取れなくなった。
そうだ...でるな、間違いない、僕が打ったメッセージ。
前回の死の間際、家から出なければ轢かれないと考えた。
無駄だ。どうやら死は必ず訪れるらしい。
どうしろ、というのだ。
グシャ、バキッ！
あぁもうダメだ。
だが何か残すべきだ。死が待っていようと僕は生き返る。
何度もやり直せば、いつかこの死を回避する方法が見つかるかもしれない。
「しぬな」
崩壊する家の中で僕は眠るように意識を失った。
