ああああの顔馴染み
一話完結物です。よろしくです。
カランとドアベルの音がした。
ああああは、向かいの席に女が座るのを当然の様に待っていた。女が注文をしている間にああああはモーニングのサラダを咀嚼する。
今日のサラダはレタスの量が少ない。野菜が不作だとは聞いているがいつも食べるモーニングのサラダにまで影響があると他人事には思えなくなる。その代わりと言ってはなんだがコーンが増量してあった。黄色い粒を一つずつ口の中で噛みつぶしていると、向かいの席に髪の長い女性がコーヒーを乗せたトレイを持って座った。
半透明のガラス越しにいつも顔を合わせる相手だが名前を聞いたことも話した事もない。ただ毎日顔を合わせているうちに会釈をしたり朝の挨拶を交わす様になっただけの関係だ。
しかしこうも毎日顔を合わせていると他人とは思えなくなる。
女性がトレイを持ったまま会釈を行った。
「おはようございます」
「おはようございます」
わずか二言交わすだけ。
季節の変わり目や姿を見せなかった時にもう一言二言追加されるだけの関係だったが、妙に気になる。
こちらはいつもモーニングで、向かいはコーヒーだけ。
そして向かいの席の女性は机の上に書類を広げると朝の仕事に向けた準備を行う。
そしていつも女性の方が先に席を立つ。
飲み終えたトレイを返却口に置くとこちらに向かって会釈を行って去る。
これが朝のいつもの光景だ。
彼女が去ってからコーヒーを啜る。しばらくするとドアベルがけたたましく鳴った。
「此処にいたのか勇者ああああ。いよいよ今日こそ魔王を倒そうぜ」
店に入るなり、女戦士が朝の静けさを粉々に壊してくれた。
「そうだな、そろそろ行こうか」
勇者ああああは、向かいの席に座って居た大きな角を生やしたマントの女性の貌を思い浮かべた。
「どうした、勇者ああああ」
相変わらずこいつは人の名前を職業とセットで呼ぶ事をやめてくれない。
「いや、何でも」
明日には馴染み客の顔が見られなくなるかもしれない。そんな予感を抱きながら勇者ああああは残ったコーヒーを飲み干した。
言い様の知れない寂しさが口の中に広がった。
勇者ああああは、やけに今朝のコーヒーが苦く感じた。