7-1 アルフィン・ロスガルド十二歳①
「さあ、アルフィン、開けてみろ」
「ふふ、いったい何が入っているのかしらね~」
両親に見守られつつ、俺はリボンがかけられ、丁重に包装された箱を開ける。
「わぁ………」と、思わず声が出た。
十二歳の誕生日に、両親からプレゼントされたのは、刃物でした。
まあ、正しくは刀剣ってやつだ。
それは普通の剣に比べて、いくらか刀身は短かった。
きっと、子供用にと考えたのだろう。
しかし、見た目以上に、意外とずっしり重みはある。
俺はちらりと、親父を見やる。
「ああ、抜いてみろ」
その言葉を受け、俺はじゃらり、と鞘からそれを抜き出してみた。
鈍く光る刀身に、きらりと映る自分の顔。
うん、すごく良く切れそうだ。
だが切れる、といっても、これは野菜を切る道具じゃない。
俺は思わず、ごくり、と唾を飲み込んだ。
………これは、殺人の道具なのだ。
これってアレですよね。元の世界でいったら、所持しているだけでアウト~、な奴ですよね?
転生を自覚して五年、だいぶこの世界にも慣れてはきたが、それでも抵抗を感じてしまう。
まあ、元の世界でも、欧米なんかでは、誕生日にピストルをプレゼントするみたいだけど、残念だが俺は欧米人じゃない。
いや、ここは過去形にすべきか。欧米人では無かった。
微妙な顔をする俺に、親父が心配そうに言う。
「もしかして、気に入らなかったか?」
続けて母親がむすっとした顔で言った。
「ほら、やっぱりアルフィンには、こんな野蛮な物じゃなくって、本が………」
そんな両親に対し、俺は慌てて笑顔を作る。
「そんなこと無いよ。ありがとう!」
「そ、そうか? 本当はママが言うように、本が………」
「いやいや、そんなこと無い。ほら! エランも持ってるしさぁ、欲しかったんだよ!」
嘘だった。俺は正直、剣に興味は無い。できれば本のほうが良かった。
この世界でも俺は、どちらかと言えばインドア派なのである。
だがウェインは、俺の言葉にコロリと騙され、ほっとしたような笑顔を見せていた。
「そうか、なら良かった。もう何年か先には、お前も騎士学校に入るわけだしな。そろそろ本物の剣を持つのもいいんじゃないかと思ってな。やはり本物は違うだろう? 俺としては、貴族として剣を持つ責任を感じて欲しいわけ………」
何か語りに入ってしまったので、聞き流しておこう。
もう一度、剣を抜き出し、その刀身を眺める。
剣に興味は無い………筈なのだが、こうして見ると、何だか心が躍る。
剣を見て湧き上がる、このワクワク感は、男子特有のものなのだろうか。
アルフィン君も、アラフォーヒキニートの俺も、やっぱり男の子ってとこなのだろう。
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聖王暦七五七年───、アルフィン・ロスガルド 十二歳
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「おおっ、すっげぇ!」
部屋に入った俺の、腰に帯びた剣を見るなり、エランが叫んだ。
何となく俺は気恥ずかしい。
別に見せびらかすために、付けてきたわけじゃないぞ。
だってエランだっていつも帯剣して来てるし………。
とはいえ、やや大げさすぎる反応に、俺はほっとした。
もしも、無反応にスルーされたら、悲しすぎるじゃないか。
エランは俺の机にやって来て、ニカッと笑う。
「なあ、見せてくれよ!」
少し前まで、短く刈り込んでいた茶色い髪を、今は少し長めに伸ばしている。
また、着ている服も、最近はやや刺繍の入った、洒落っ気のある物になっていた。
いわゆる、思春期に入ったせいなのだろう。
そして、刀剣も興味の的らしかった。
「なあ、これ、どこの工房のやつ?」
工房? メーカーってことか?
残念ながら、俺は刀剣に興味が全く無い。
「わかんない」と言いつつ、剣を渡す。
「ほら、ここ、ここに刻印されてるんだよ!」
エランは鍔の部分を指して言う。そして、これまた大げさに叫んだ。
「おおっ、王都の有名工房じゃん! さすがおじさん、近衛従士は違うぜっ!」
おい、反応が良すぎるぜ。さすがに気恥ずかしい。
やがて、やや赤面する俺のもとへ、ひとりの少女が歩み寄ってきた。
そうだ、忘れていたが、ここの教室。俺とエラン以外にも、いくつか机が増えている。
どうせなら、うちの子供も………と、城に仕える貴族の子弟が、新たに加わったためだ。
現在、生徒は4名。すでにちょっとした学校の体をなし始めていた。
「ねえ、私にも見せてよ」
黒のショートカットに、キリッと凛々しい顔。着ている服もドレスでは無く、男装の麗人といった風。
同性のファンができそうな、いわゆるタカラヅカ的感じの少女だった。
アニス・ノーブル 十二歳。
ロスガルド家に長年仕えた、テッドという老臣の孫にあたる。
とはいえ、両親は既に他界。兄弟もいないため、ノーブル家の命運は、彼女の双肩にかかっていると言って良い。
かつてロスガルド家がそうであったように、正騎士の称号を持つ男子を婿にもらうか、或いは、彼女自身が正騎士の称号を得て、家を継ぐか───である。
アニス自身も、騎士学校へ入るつもりで勉学に励んでいた。
騎士学校で婿を探すのではなく、自身が正騎士の称号を得て、家督を継ぐために。
「どうぞ」と、剣を手渡す。
「へえ………」と、彼女はそれを手に取った。
「これって、エランのそれより凄いの?」
「そうだな、そこに工房名と鍛冶職人の名前が刻印されてるだろう」
「メ、メル、ガイ………」
「メルガインな。当代きっての鍛冶職人だよ。知らねえの?」
「知らないよ。でも、へえ、そんなに凄いんだ」
と言いつつ、アニスはそれを鞘から抜こうとする。
「わああ、待て待て待てっ!」
俺とエランは、慌ててそれを制止した。
「何よ、見せてよ」
「ダメだって、勝手な抜刀は禁止だって、あれほど言われているだろう?」
そうだ、エランは以前、勝手に抜刀し、それをガイアンに見つかって、ちょっとシャレにならないくらいボコられた過去があった。
騎士にとって、上官の許可によらない抜刀は、それほどの重罪であるらしい。
「大丈夫よ。ちょっとくらい………」
「ダメダメダメ、やめて、マジで!」
あまりに必死な、俺とエランの仕草が可笑しかったのだろうか、後ろで笑い声が上がる。
「ははっ、あはははは」
振り向くと、そこには机に座る、かわいらしい少女の姿があった。
栗色の腰までの髪に、ぱっちりした大きい目。将来、美人になりそうではあるが、今はまだまだ可愛らしい子供といった印象。
メルティナ・オルテス 十一歳。
ロスガルド家に仕える騎士長の娘であった。
兄が一人おり、その兄はすでに正騎士の称号を得ている。
そんな彼女は、アニスとは違い、家を継ぐ必要も無いわけで、我々が剣の稽古をしている間は、別行動で淑女のマナーとやらを勉強していた。
「へえ、アルフィン誕生日だったんだね。何かプレゼントしなくちゃだね」
笑いながらメルティナにそう言われ、俺は思わず赤面した。
「い、いいよ、別に………」
そう、この娘、俺にやたらと積極的なのだ。
ただの十二歳であれば、もしかして俺に気があるのかな───と、ニヤニヤしていればいいのだが、人生二周目、トータル五十歳を過ぎている俺としては、あらぬ考えが浮かんでしまう。
こやつ、領主夫人の座を、狙っているのではないか───と。
そう、俺はベルナード伯ウェイン・ロスガルドの一人息子なのだ。
俺と結婚するということは、自動的に領主夫人の座が転がり込んでくることになる。
メルティナ自身にその自覚は無くとも、親がそれを計算し、彼女をこの場に送り込んだ可能性は、十分にありうるのではないか?
じっと見つめる俺の視線に照れたのか、メルティナは顔を赤らめ、視線を落とす。
いや、この純粋な少女に、そんな邪な考えがある筈が無い。
邪なのは、俺の頭の中だ。忘れるんだ、そんなこと考えるんじゃない!
正面を向きなおす。そこには、ニヤニヤこちらを見ている、エランとアニスの顔。
「な、何だよ?」
「いやぁ……」
「………ねぇ、仲がおよろしいことで」
「………っ、やっ、やめろよ!」
おい、しっかりしろ、五十歳!
こんな子供の冷やかしに負けるなよ。
だがきっと、俺の顔は真っ赤になっていたことだろう。
しかし、悪い気はしない。
この胸が締め付けられるような、淡い想いは、俺が久しく忘れていたものだった。
前世の俺だって、生まれてからずっと引きこもっていたわけじゃない。
それなりに学校へ行き、それなりに恋だってしたのだ。
まあ、全て俺からの一方通行で、実ることは一度も無かったが。
引きこもってからは、現実の女などクソだ───と、主に二次元萌え専門になっていた。
だが………、
それぞれが席につき、講師を待つ。
俺はふと、もう一度、背後を振り返った。
俺の視線を受け、メルティナがニコリと笑う。
だがすまん、同志よ。前言撤回だ。戦線を離脱する俺を許して欲しい。
女の子から、好意を向けられるのが、こんなに嬉しいものだとは。
いや、確かにメルティナはまだまだ子供だよ。
だけど、俺だって十二歳の子供なんだ。
そう考えれば、年相応の関係だろう?
この世界では、俺の人生うまくいきそうだ。何となく。
がんばろう。
俺はぐっと小さく拳を握った。
▽
この教室で学ぶことは、多岐に渡った。
剣術や馬術、学問に礼法といった基本的なことから、歌や料理といったものまで。
まあ、前世の学校と似たようなものか。音楽や家庭科ってのがあったし。
そして人生も二周目となると、ここで学んでいる意味も、何となく理解ができる。
俺たちは、今後、社会に出ていく上で必要となることを、ここで勉強しているのだ。
そんなこと、前世でもわかっちゃいたが、真面目に受け止めたことなど一度も無い。
俺は、勉学よりも、ゲームやアニメなど、目の前の娯楽に夢中だったしな。
この日の授業が終わり、アニスとメルティナが馬車に乗り、従者とともに帰途につく。
通常はエランもここで、皆と一緒に帰るのだが、今日は少し違った。
今日、エランはうち、すなわちベルナード城へ宿泊することになっていたのだ。
まあ、いわゆる、男子のお泊り会といったところである。
ずいぶんとガイアンに頼み込んだらしい。
そんなに、お泊り会って、いいもんだろうか?
前世では、小学生の頃、何回かあったような気がするが、あまり印象に残っていない。
まあ、とりあえず、自分の部屋へと案内する。
「相変わらず、すっげぇ本」
俺の部屋に入るなり、エランは叫んだ。
日に日に、俺の部屋の書籍は増えていた。
今では本棚二つが本で埋まっている。
「何か読む?」
「そうだなぁ、ほら、騎士が魔物をやっつけるやつ?」
「それなら………この辺かな?」
炎の剣を手に入れた騎士が、仲間とともに、氷の魔神を討伐する英雄譚。
いわゆる前世の世界でいう、王道的ファンタジー小説だった。
ちなみに俺はもう、この手の小説は卒業している。
今、はまっているのは、各国の地理や歴史、風土に関するもの。
前世の世界と比較をするのがとても面白い。
しばらく沈黙が続いた。
ふと目をやると、床に開かれた本を残し、すでにエランの姿は消えている。
開始十ページくらいで飽きてしまったようだ。
う~ん、やっぱり飽きてしまったか。
もてなす側としては、外で遊んだほうが良かったかな?
などと考えるうち、エランが帰ってくる。
満面の笑みで、その脇には一冊の本を抱えていた。
「へへ、すっごいの見つけた」
「………すごいの?」
「ああ、まあ見てみろって」
そう言いつつ、エランは俺の机に、その本を広げる。
やや古ぼけたカバーには『騎士礼法大全』と書かれてあった。
ペラペラとページをめくるうち、感じる違和感。
何かこれ、礼法の本というより、小説っぽい内容だな………。
やがてエランの手が、とあるページで止まる。
そこには、裸の女性が挿絵として描かれていた。
しばらく、その体勢のまま、俺たちは静止する。
この世界の印刷技術の限界によるものか、いささか粗い絵。
そして画風は、どちらかというと、リアル路線。
前世で、萌え絵に親しんだ俺の口には、少し合わない。
だけど、この世界にも、こういうエロ本ちっくなのってあるんだね。
俺はむしろ、そっち方向に感心した。
ふと見ると、エランはしてやった風のドヤ顔で、俺を見ている。
とりあえず、彼のためにも、何か反応しなければなるまい。
「す、すごいねぇ、これ、どこにあったの?」
「ああ、ほら、おじさんの執務机の下にさ。何かまだ沢山あったぜ!」
おいおい、そんな場所に入り込んだのかよ。
てか、親父………。
息子として、複雑な心境であった。
そしてエランは、ぐぐっと俺に顔を近付け、やや小声で尋ねてきた。
「アルフィン、お前ってさ、見たことある?」
「え、ええっ、何を?」
エランはやや顔を赤らめ、その挿絵をつんつんと指す。
「………?」
「ほら、お前ん家って、その、風呂場が二つ、あるじゃん?」
「ああ、メイド用の………」
俺の言葉を聞いた瞬間、エランはこくこくっと素早く頷く。
おい、まさか………、うちに泊まりに来た目的って………、
「見て、みたいとか、思わねぇ?」
「………」
しばらく無言のまま、俺たちは顔を見合わせる。
やがて、気付いた時には、俺たちは固い握手を、がっちりと交わしていた。
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